りん子とヒロイン
今年は私が女学校を卒業する年です。普通は四年間で卒業するのですが、私の通っている所は五年間あるのです。ということで今年十七歳になる私ですが未だにヒロインには出会っていません。
「りん子さん、門の所に高等学校の学生さんがいらしてるって。貴女の婚約者様じゃない?」
そう言うのは瑠璃羽さん。女学校は一クラスしかありませんので私と瑠璃羽さんはこの四年間殆どずっと一緒でした。
「煌太郎様が?何かの間違いではないですか。私を迎えに来てくださるなんて事があるとは思えませんが……」
「もう!そんなことないでしょう。ほら、ここから見えるわよ」
瑠璃羽さんは窓から外を指差します。よくよく目を凝らすと確かに学生さんがいますね。
「煌太郎様……ですかね?」
見えないこともないですが、ちょっと遠すぎて何とも言えません。
「絶対そうよ!」
「瑠璃羽さん煌太郎様のこと数回しか見ていないじゃないですか……」
「もおおおお!!良いから!早く逢いに行きなさいな!」
半分押されながら教室から出されピシャンと扉を閉められてしまいました。
「あらあらまあまあ」
仕方が無いのでそう呟いて階段を下りて外へ向かいます。あら、本当に煌太郎様ではないですか。瑠璃羽さん凄いですねぇ。
「こんにちは煌太郎様。どうかなさったのですか?」
声を掛けると読んでいた本を閉じてちらりとこちらに視線を寄越す煌太郎様。
「母上に君を迎えに行くよう言われたんだ。俺の高等学校入学を祝ってくれるそうで、君を連れてくるよう言われてな」
「まあそうなのですか。……ああそうでした、煌太郎様これを受け取っていただけますか?」
私が風呂敷から出したのは細長い箱に入れられた万年筆です。煌太郎様への入学祝いとして買いました。
「ご入学おめでとうございます」
「ああ有難う」
煌太郎様は素っ気なく仰っていますが実はこれ、半分は照れ隠しなのです。何となく彼の気持ちが分かるようになってきていると思います。
さて帰りましょうかとなったところへ一陣の風が吹きました。
「あ、待って!!」
声が、します。
煌太郎様が、それを、拾います。
「これは貴女の物ですか?」
「そうです!すみません、有難うございます!!」
笑顔の、少女。
ヒロインの、
▽
▽
どうやって家に帰ってきたのか覚えていません。ただ震える唇で煌太郎様に謝罪をした事だけは分かります。きっと私の分まで料理を作ってくださっていたであろう煌太郎様のお母様と、次は
今日が出会いイベントだったのです。余りにも来ないのでその存在をすっかり忘れてしまっていました。
春乃さんはとても可愛らしい方でした。ラジオ巻きという二本の三つ編みを両方の耳の辺りでくるくる巻いた、まるでヘッドホンのように見える髪型をしていて、目は垂れ目で優しい印象を与えます。肌は透き通る程白く、赤く小さな唇が良く映えていました。
正直に言って、あんなに動揺するとは思ってもいませんでした。きっとヒロイン――春乃さんが現れたら私は直ぐ様煌太郎様の表情を
これは恐らく巣立って行く雛を見送る母鳥と同じ気持ちでしょう。明日になれば全て噛み砕いて飲み込むことが出来るに違いありません。
私は幾分かすっきりしてきた頭でこれからどうやって煌太郎様と春乃さんを引き合わせるか作戦を練っていくのです。
▽
▽
「おや、りん子ちゃん?」
「あら
女学校からの帰り、今日は例の歩いて帰る日でしたので本屋さんへ寄り道をしたら柊人様に会いました。
彼――
「神崎は?一緒じゃないのかい」
「一人ですよ。煌太郎様と帰ったことなど殆どありませんねぇ」
「え?君たち婚約してるんだよね??」
「? はい」
そう答えると柊人様は心底理解できないとでも言うように首を傾げます。何か可笑しな事を言ったでしょうか?
そのまま柊人様とは店内で別れて、私は小説が置いてある場所へ足を運びます。最近お気に入りの作家さんの新刊が出ています!買いましょう買いましょう。あ、
宮嶋
「柊人様?何をしていらっしゃるのですか」
「何ってりん子ちゃんを待ってたんだよ。ほら、雨が降りだしたもんだから雨宿りの
「まあ、有難うございます」
確かに
店先で柊人様とぽつりぽつり言葉を交わします。主に高等学校での煌太郎様のお話とか煌太郎様が
「……柊人様は、煌太郎様が恋をすることがあると思いますか」
「恋……?りん子ちゃんにしてるんじゃないの?君たち別に政略婚約じゃないだろう」
「親が決めた結婚であることに変わりはありませんよ」
煌太郎様が私に恋をしている。
余りにも有り得ない事柄に、曖昧に笑みを溢してしまいます。私と彼の間にあるのはただ婚約しているという事実だけであることを柊人様が知られたらどう思うのでしょうね。ゲームの方がりん子から煌太郎様へ恋の矢印が出てた分幾らかマシでしょう。
私の自虐的な微笑みを見たであろう柊人様はそれ以上何も言わず雨が止んだことを告げ、有難いことに家まで送ってくださいました。因みに何時もより遅い時間に帰ったので家中の皆から心配され、お母様や八重から大目玉を食らってしまいました……。
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