りん子と女学校

 穏便な婚約破棄を目標にしてから二年と少しが経ちまして、私は高等女学校に入学しました。何故かあれから煌太郎様がヒロインと出会うことも無く、私と煌太郎様の間に何があるということもありませんでした。

 ゲーム開始がいつからか分からないものですからこういう季節はひやひやします。大体学校の入学式から出会いイベントが始まったりするものでしょう?ああ、でも変わり種で何でもない日に出会いイベントがあるタイプのゲームかも知れません。大正時代が舞台な時点で結構少数派のような気がしますからね。私は大正時代が一番好きなので若しこのゲームをプレイしていたら大喜びだったのでしょう。

 私は煌太郎様が入学祝いにくださった小説を読みながらお昼休みを過ごしていました。南棟にある私の教室は常に暖かいうえに、席が窓側なので日向ぼっこには最適ですが、それは淑女としてはしたないですからしません。

 因みに煌太郎様も同じく中学校に入学されましたので、私は図鑑を贈りました。煌太郎様は知識欲の塊の様な方ですので多少は喜ばれていたと思います。


「りん子さん!何を読んでるの?」

瑠璃羽るりはさん。私の好きな作家さんの新作小説ですよ」


 そう言いながら表紙を見せると瑠璃羽さんは小さく「うええ」と呟いて信じられないというような目をしてこちらを見ます。


「それも婚約者様から貰ったやつ?」

「そうですよ。まだ祖父と使用人から頂いた物が読み終わっていないのでこれが終わったら読むんです!」

「よくそんなに読めるわね。私も本は読まされたことあるけど無理だったわ。眠くなっちゃうの」

「あらら~……」


 彼女、さかき瑠璃羽さんは私が女学校に入学したその日にできたお友達です。はきはきした話し方をする方で初めは驚きましたが直ぐに良い子だということが分かりました。

 瑠璃羽さんもお顔が整っているのですが見覚えが無いのでモブキャラかりん子の取り巻きかと思われます。可能性としては取り巻きの方が高いでしょうね。こんなに素敵なお嬢さんですのに悪役令嬢の取り巻きだなんて一体全体何があったのでしょうか。


「そもそも本を読むのは女がしても意味ないじゃない。りん子さんのお父様よくお許しになったわね」

「父も母も何も言いませんよ?むしろ勧めてきます」

「だからりん子さん大人びてるのね。まだ十二歳よ?貴女」


 大人びてる。それは多くの人に言われる言葉です。初対面でも旧知の間柄でも先ず出てくる言葉はそれです。まあ精神年齢は肉体年齢より随分いってますからね……。


「それはそうとりん子さん。今度私の家にいらっしゃらない?母様かあさまにお友達が出来たことを言ったら是非連れて来なさいって」

「まあ!よろしいのですか?ええ、是非お邪魔したいです」


 そう告げると瑠璃羽さんは「よかった」と微笑みました。

 私としてもお友達のお家にお邪魔するのは楽しみです。これまであまりお友達と遊んだりしたことはなかったので。休日はどうしても煌太郎様の信用を取り戻すのと穏便に婚約破棄する計画を練るので忙しいですから。








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 ▽









「それじゃあ瑠璃羽さんまた明日」

左様さようなら、りん子さん!」


 瑠璃羽さんと別れて私は歩きだします。何時もは家から馬車が来てくれるのですが、いくら女学校で体操の授業に出ているとはいえ歩かないと太りそうで怖いので、週二回徒歩で下校しています。初めは全力で御者さんに止められましたが無理を言って歩くことを許可してもらいました。

 女学校の授業は簡単なものとそうでないものに分けられます。

 授業数の多い裁縫等の家庭に関わるものは、前世で独り暮らしを極めた私には簡単です。国語も前世の知識でどうにかなります。多少難しい言葉や現代では殆ど見聞きしない言葉が出てくると困りますがまあ許容範囲です。

 問題は理系科目。私は前世では理系科目が不得意な理系というなかなかに意味の分からない人間でしたのですが、一応いろいろ分かってはいるのです。しかしながら、この時代にはまだ知られていない公式等使ってはいけないものがあるせいでもどかしくて堪りません。もっと良い方法があるにもかかわらずちまちま計算をしたりすることに少しだけイラッとしてしまうのです……。

 とはいえ私は別に研究者になりたい訳ではありませんし、なれるとも思えませんのでちまちま計算するのです。きっと時代的に女性が研究者になるのは難しいでしょうね。どちらにせよ私の第一任務は婚約解消ですから興味は無いのですけど。

 それからこれは何となくですが、煌太郎様の中のりん子信用度は結構上がってきた様な気がします。

 私は必要以上に関わりたくないので煌太郎様との接触を極限まで減らしており、これは予想ですが煌太郎様もりん子のことを煩わしいと思っているのでしょうから進んで逢ったりしないのです。それを不安に思われた私のお母様と煌太郎様のお母様が何かの折に直ぐ私たちを逢わせようとするので、意外に会う機会はあります。因みにこの二人は昔からの友人らしいです。

 ええと、煌太郎様と私の話でしたね。私が煌太郎様のお家に行く時と煌太郎様が家にいらっしゃる時と両方あるのですが、どちらの時も煌太郎様は私とある程度の距離を取ります。ですが最近は普通の距離感を保っている気がするのです。また、元々積極的に話すタイプではお互いありませんので、酷い時は一緒にいる間ずっと各々それぞれ読みたい本を読んでいます。煌太郎様は警戒している人間の居る場所で寛いで何かをする、この場合は本を読むということは為さらないので恐らく居ても居なくても同じの、良い関係が築けている証拠でしょう。一度八重にそれが知られた時は物凄い顔をされましたが。

 そんな感じで私は順調にこのゲームから脱却しようとしているのです。

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