りん子と黒猫、それから邂逅
前世を思い出したあの日から季節は変わり、今は秋でございます。私は屋敷の広間にある大きな窓から庭を眺めていました。庭師が毎日手入れをしてくれているそこは美しく季節の花が咲き乱れます。勿論花だけでなく
「何かしら、アレ……猫?」
猫。それは前世の私がこよなく愛していた生き物です。
私は急いで玄関に向かい、楓の木の下へ。いました。黒猫です。黄金色の瞳にピンと張った形の良い耳。首輪をしているので捨て猫のようですが毛並みもあまり汚れてはいないので恐らく捨てられたばかりなのだと思います。
そうっと手を伸ばしてみると少しだけ警戒した様子でしたがすりすりと擦り寄ってきます。
「か……可愛い!!」
最近はどのようにして煌太郎様の信用を回復するかということばかり考えていて、心の余裕が無かったのです。癒し供給ありがとうございます!!
そのまま撫で続けているとびゅうと冷たい風が吹きました。私も猫さんもぶるりと震えます。寒いです……。
私は猫さんを抱えて屋敷の中に入ると階段を上ってある部屋に入りました。ここは私がお父様にお願いして使わさせてもらっている私専用の書庫です。
もともと狭い物置のような所だったのですが、八重と一緒に掃除をして四方に本棚を置いて書庫にしました。本はお父様の持ち物だった物から気に入った物を頂いたり、買ってもらったりした物です。本邸のお祖父様や叔父様から頂いた物もあります。
私は前世から
私は猫さんを部屋の中央にある小さな机の上に乗せると一度部屋を出て八重を探しました。
「八重?」
「如何なさいましたか、りん子お嬢様」
私が呼べばどんなに小さな声でも気付いて来てくれる八重の聴覚は一体どうなっているのでしょう。こちらとしては有難いですが少し怖いですね……。
「柔らかい布を持ってきてくれますか?私は書庫にいますから」
「承知致しました」
部屋に戻ると猫さんが机から下りようとしていたので急いで止めます。
「駄目ですよ猫さん。もう少し待ってください」
「なぁ~ん」
猫さんは大人しく机の上に留まってくれました。
「猫ですか?」
「ひゃあ!」
突然聞こえた声に驚いて奇声を発してしまいます。扉の方を見ると八重が立っていました。
「すみません驚かせてしまいましたか」
「いいえ、大丈夫ですよ」
八重から手渡された布で猫さんを
「この仔、飼っても良いと思いますか?」
「どうでしょう。旦那様に訊いてみないと分からないですね」
「そうですよね……」
そうと決まればお父様に直談判です。私は猫さんを連れてお父様の書斎へ向かいます。後ろから八重が付いてきてくれました。
「お父様?今よろしいですか」
ノックをしてから尋ねると「ああ」と深い声で返答がありました。
「どうしたんだい、りん子」
「お父様、私この仔を飼いたいのです。許可をいただけますか」
そうしてお父様に猫さんを見せるとジッと見つめ合う一人と一匹。
「…………」
「あの、お父様?」
「うむ……まぁ良いだろう」
一分程してから恐る恐る声を掛けるとお父様が忌々しげにそう呟きました。
「まあ!本当ですか!?有難うございます!」
「だがなりん子。こいつは雄猫だ。気を付けるんだぞ」
「気を付け……?はい、分かりました」
お父様からよく分からない忠告を頂きました。とりあえず頷いて書斎から出ます。外で待ってくれていた八重に許可が下りたことを伝えると僅かに微笑んでくれました。
「貴方の名前を決めないといけませんねぇ~。んー……楓の木の下で見つけたから『楓』とかどうですか?」
え?そのままだって?私のネーミングセンスの無さを舐めてはいけませんよ。
「楓。貴方の名前は今日から楓ですよ」
「みやぁう」
楓は満足げに鳴くとするりと私の腕から脱け出してどこかへ行ってしまいました。
「追いかけますか?」
「いいわ。自由にさせてあげたいの」
多分ですけど屋敷から出ることはないと思います。この日、私に新しい家族ができたのでした。
▽
▽
それは何の前触れも無くやって来ました。
「煌太郎様!?どうなさったのですか?」
「いろいろあったんだ。その前に何か拭くものを借りても?」
「え、ああそうですね。八重!」
「りん子お嬢様、これを」
何か言うよりも前に八重が濡らしたタオルを持ってきてくれました。流石と思いますが、まあ傷だらけの煌太郎様を見たら私が持ってきて欲しい物なんて直ぐに想像が付くかも知れませんね。
「それで、何があったのかお訊きしてもよろしいですか?」
一段落付いてから例の書庫に煌太郎様を招いて説明を求めます。
煌太郎様によればここへ来る前に事故に合いそうになっていた女の子を助けたのだとか。私と同い年くらいで風に飛ばされた帽子を追いかけて車道に飛び出してしまった所に丁度馬車が来てしまい、煌太郎様はその身を
その話を聞いて何故か私はとても嫌な予感がしました。
その少女は若しかしてヒロインなのでは……?何故そう思ったのかは分かりません。ただ、私は少女がヒロインであると確信していました。
「みゃー」
いつの間にか部屋に来ていた楓が私の足首に体を擦り付けていました。
「それは猫か?」
「はい、この間から飼い始めたのです。どうも捨て猫のようでして」
「捨て猫……」
煌太郎様は楓を眺め、その後ぐるりと部屋を見渡しました。
「君は本が好きなのかい」
「ええ!何よりも好きです」
若干食い気味で答えたのでびっくりしてしまったご様子の煌太郎様。
そのまま何時ものようにぽつりぽつり話してから煌太郎様はお帰りになられました。
私は楓を撫でながら思考の海に沈みます。若し今日煌太郎様が助けた女の子がヒロインなら私は身を引く必要があります。ゲームでは煌太郎様とヒロインが恋をするのですから彼らの幸せは生涯を共にすることに決まっているのです。その時、障害は少ない方がきっと良いでしょう。
「なるべく穏便に婚約破棄、ですかね」
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