第6話

 何度も俺に謝りながらのシャーナの言葉をまとめると、つまり、この神殿は、表向きは原初の神と呼ばれる創生神のために作られた神殿なのだという。しかし創生神は世界創造を終えると同時にこのモーメントを去ったため、訪れる者もなく、リザー家が神殿の守人として守り続けてきた。世界の滅亡が決定的になった時、創生神に再臨を求める人間が何人か訪れて神殿で祈り、リザー家と食料や水を分け合っていたが、神の訪れもなく、ある者は飢えや渇きで倒れ、ある者は諦めて世界のどこかに安心して暮らせる場所があるのではと一縷の望みを抱いて出て行ったのだという。


「滅びゆく世界、か」


 確かに空から見下ろしたモーメントは、最早末期とも言える状態だった。緑が何処にもなく海も完全に汚れ切っていた。


 両親を埋葬したシャーナは、餓死寸前になりながら、神の伝説を信じ、今日という日を待っていたという。 


 何故か。


 それは、この神殿が、滅びゆくモーメントの最後の希望だからだ。


 この神殿は創生神の為でもあるが、創生神が去った後は、再生と創造の神に捧げられたのだという。


 世界が滅びゆく時、世界を一から創り直す神がこの神殿に降臨する。しかし、神は生きる者の篤い信仰心がなければその力を発揮できない。この神殿から、再生の神を信じる者が失われたら、再生の神も力を揮えない。だから、一人でも、この神殿に一族を遺さなければならないと……シャーナの御両親は食事や水を譲ったんだろう。


 この人もまた、目の前で両親を亡くしたのか。


 人間を生き返らせることは出来ないという決まりがなければ。真っ先に生き返らせてあげるのに。


「ごめん……俺は、あなたの両親を生き返らせられない」


「分かっています……神であっても、人の再生は成らないともまた、伝えられていました。でも、両親の苦労は報われました。私は神様の降臨に立ち会い、第一の神子と成りました。それで……満足です」


「神子……」


 神子ってなんだ、と聞こうとして思い直し、M端末をタップし、言語ヘルプを押す。


 五十音に並んでいるから、迷わなくて済んだけど、語句多すぎるだろ。


【神子:生神と契約し、属性と信仰心を与える生物のことを指す。生神と意思疎通が可能であり、不老不死で、信仰心と属性の力を生神に与える。生神が神子の期待に背くなどして信仰心がゼロになった場合、契約は解かれ神子は生物へと戻り、普通の生物となる】


 チュートリアルに出てたのとほぼ同じだけど、どうやら神子は人間じゃなくてもいいようだ。


 と、そこで、端末に【生神レベル/信仰心レベルがアップしました】と記されている。


 そこをタップする。


【遠矢真悟:生神レベル7/信仰心レベル5500

 神威:再生3/神子認定1/観察1/浄化2

 属性:水3/大地2/聖4

 固有スキル:家事全般/忍耐】

 生神レベルと信仰心が上がっている。あと、再生と浄化を使ったせいかこの二つのレベルも上がってる。


 信仰心ってなんだ。端末でヘルプを出すと、説明が出ていた。


【信仰心:生神のエネルギーとなる力。神子の依頼や信頼に応える度に増え、神子の信用を失うと下がる。信仰心の合計がそのまま信仰心レベルとなる。信仰心が大きければ大きい程生神の神威は強くなる。一方、信仰心がなければ生神は神威を使えず、ゼロとなった場合、この世界の滅亡が確定する】


「うーわ」


 すごい大事な数値じゃないか。今シャーナ一人で5500だけど、一体どこまで上がるのか。この信仰心でどれだけの力になるのかがさっぱり分からん。


 さて。


「まず、何をすればいいと思う?」


「神様の思うとおりになさってください」


 シャーナは笑顔で言った。


 いや、好きにしろって言われてもねえ……。


 シャーナは信仰心が高い分、俺に意見を申し述べたりする性格ではなさそうだ。


 しかしこちらもレベル1で降臨した生神。


 言い方を変えてみるか。


「まず、世界がどうなったら、シャーナは嬉しい?」


 それと、と付け加えた。


「俺のこと神様って言うのはやめてくれ。俺にも真悟って名前があるんだから」


「そんな! 神様の真名まなを呼ぶなんてそんな畏れ多い……!」


 こういう時シャーナは結構頑固なのだということは、本当にほんの僅かの付き合いしかないが分かっている。


 ん~……。


「神の命。名前呼んで」


「ご、御神命とあらば……」


「で、世界がまずどうなったら、シャーナは嬉しく思う?」


「そ、そうですね、えと……」


 それまで地下食糧庫で話していたけど、シャーナは振り向いて階段を登り、神殿を出た。


「うわ……」


 こりゃひどいや、滅亡寸前なだけある。


 木が立ち枯れて腐り、近くを流れる川もまるで粘液のよう。


「私は世界が滅びの道を辿る最初の頃に生まれたので、この大地の姿しか知りません。両親の話では、ここには木々というものがあり、川は透き通り、魚というものが泳いでいたと言います。私はそれが見たくて、今まで頑張ってきました。それを……」


「なるほど」


 俺は端末を取り出し、神威をタップした。


 【再生:大地】となっている。


「できそうだな……」


 俺は端末をタップする。


【現在の生神レベルと信仰心レベルでは、神殿周囲10キロまでが限界ですが、よろしいでしょうか?】


 よろしいに決まってんだろうが、10キロでも大地が戻ればマシな方だ。


 Yをタップ。


 途端、俺の身体から光る何かが飛び出し、端末に移動、そして周囲に広がった。


「おおおお」


 腐った大地が突然豊かな黒土へと変わる。生命の臭いが微かに感じられる。


 でも、木は再生しないな。あ、属性にないからか? 何か木の属性を持つ神子がいないとダメな訳ね。


 だったら今度は【再生・川】だ。


 タップすると、今度は川に光が吸い込まれ、川の水が一気に透き通った。


 そして【生神レベル/信仰心レベルがアップしました】の表記が出て。


【遠矢真悟:生神レベル12/信仰心レベル6500

 神威:再生5/神子認定1/観察1/浄化2

 属性:水3/大地2/聖4

 固有スキル:家事全般/忍耐】


「お」


 やっぱり神威を使えばステータスレベルはアップするらしい。そしてシャーナの望みを叶えて緑の大地……とは言えないけど生命溢れる大地と生き物の泳げる水を再生したのが信仰心レベルアップに繋がったんだろう。


「これは……?」


「悪い、木や森はまだだけど、とりあえず大地は耕せば野菜も植えられる。川は……魚も泳いでるな、魚、分かる? あの食糧庫に会った干物の生きてる時の姿」


「すごい! すごい!」


 シャーナは目を輝かせてはしゃぐ。


 そっと靴を脱いで、ふかふかの大地を踏みしめ、透明の水をすくい、泳ぐ魚に驚く。


「これが、再生という力なのですね! 神さ……あの、ええと……シンゴ様」


 少し赤い顔で言いなおしたシャーナに、俺は、よし、と頷いてやった。

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