第4話

 タブレット端末、知ってはいるけど持ったことはない。他に親戚がいないからと押し付けられた小学生を引き取ってくれたおじさんに、スマホやタブレットが欲しいなんて口が裂けても言えるはずがない。ただ、おじさんが連絡が取れないと困るだろうからと、携帯ショップに連れて行かれて、最新鋭のスマホを選んでいるのをそれじゃああんまりにも申し訳ないと最終機種らしきガラケーにしたのだ。ちなみにおじさんは亡くなるまで俺の携帯代も払ってくれていた。良いおじさんだったなあ……。


 と、おじさんの思い出に逃避している暇はない。


 友達が持っていたタブレット端末と、少し形は違って透明だけどほぼ同じそれを、恐る恐る手に取る。


 ぴ、と音がした。


 ひゅっと息を飲んだのは俺じゃない。さっきから俺に向かって頭を下げ続けている女の子。


 そっと画面にタッチして見ると、文字が現れた。


【生神認識:遠矢真悟】


 あ、生神って、こういう字を書くのか。


 生きる神様?


 なんじゃそりゃ。


 タブレットを手に持って、スライドして見る。


【ワールド・モーメント専用神威具現端末(通称:М端末)は遠矢真悟を所有者として認識します。よろしいですか?】


 Y/Nと出た。多分、YESとNOだな。


 NOを押すとどうなるかちょっとだけ好奇心が湧いたけど、変な好奇心は身を亡ぼす、と教えてくれた叔父さんに教えに従って、素直にYを押した。


【了解しました。遠矢真悟をM端末の所有者として認識します。これより遠矢真悟はワールド・モーメントの生神として登録され、ワールド・モーメントとそれにかかわる全ての創造権、破壊権など、全権を委託するものとします】


 ワールド・モーメントの権利?


 あの職員の人も言ってたし、ワールド・モーメントは多分……落ちてくる時見た、あの荒れ果てた大地で間違いないな。しかし全権って? 売り払ってもいいってことか?


【新矢真悟の生神レベルと1と認定。生神レベル1専用M端末チュートリアルを実行しますか?】


 またY/N。チュートリアルって……あれだ、友達んちに遊びに行って、ゲームやらせてもらった時、お手本みたいなプレイがあった。その事か。


 このM端末とやらで何ができるか分からないので、Yを押す。


【では、これよりチュートリアルを開始します】


 ぴ、と、ボロボロの建物が映し出された。


 既視感。


 そして思い出す。俺が落ちてきた真下にあった建物じゃないか。この先端の細長い尖塔は、俺が串刺しを覚悟したものだ。


【まずは、この建物の再生から始めましょう。ここは生神が降臨する神殿で、本拠地ともなります。まずはこの液晶画面を、指示通りに動かしてください】


 はあ。ゲームなんてほとんどやったことないけど、まるっきりそれだな。


【一から設定することも、再生することも可能ですが、これはチュートリアルなので、再生してみましょう】


 どーすんだ。


 ここを押せ、と【本来の形に戻す】の選択肢が光ったので、言われるままに押す。


 次の瞬間。


 ぱあっと柔かい光が広がった。


 タブレット? 光ったの、何?


 光だけど目に痛くはない。優しい光は広がって……。


 次の瞬間、光景は変わっていた。


 朽ち果てた墓場にも似た部屋は、白い石で作られた、中世欧州の城とか神殿みた

いな造りの部屋になった。


 タブレットを見ると、【神威・再生成功】とあった。


【これが、神威の第一です。生神はこの世界にある自然・建築物を自由に再生できます。神威・創造ならば、一から世界を創り直すことも可能ですが、その場合はレベルを上げて属性を増やすことが必要です。レベルが上がるまでは再生で信仰と経験値を増やしましょう】


 信仰心? なんのこっちゃ。


「あ……本当に……神様が……降臨、してくださった……!」


 その声に振り向くと、女の子が手で顔を覆って肩を震わせていた。髪も服もボロボロのまま。


 なるほど、神殿を素の姿に戻したんであって、彼女は神殿じゃないから。


 しかしあんな格好じゃあんまりだよなあ。俺も決して恵まれた環境じゃなかったけど、彼女はどう見ても俺以上に大変な目に遭っている。


【次に、神子認定をしましょう】


 神子? 何それ。


【神子とは、信仰心を持って生神に仕える聖なる存在です。聖女の信仰心が高ければ高い程、生神の力となります。様々な属性があり、その属性がそのまま生神の力となります。信仰心と属性を持つ神子を増やせば増やすほど、世界は豊かになっていきます】


 説明されてもよくわからん。


 そこに、目の前のボロボロな女の子が映し出された。何で目の前にいるのにわざわざ液晶に映すんだ。


【神子候補:シャーナ・リザー 信仰心レベル5000 属性:水/大地/聖】


 どうやらこの女の子はシャーナ・リザーというらしい。信仰心と属性はよくわからない。


【高い信仰心を持っています。シャーナ・リザーを神子に認定しますか? Y/N】


「しないと話が進まないんだろうが……よっと」


 Yを押す。


 また、あの柔かい光が満ちる。そこで気付いた。


 この光、俺が出してるっぽい。


 しゅるるる、と俺が知らないうちに出している光が渦を巻いて、女の子に吸い込まれた。


「わたくしは……神に……お仕え、します」


 光に包まれた女の子の声が聞こえた。


 すぅ、と光が収まると、そこには相変わらずボロボロ姿の女の子。


【神威・神子認定成功】


 そして、


【生神レベル/信仰心レベルがアップしました】


 なに。神様にもレベルあるの。そう言えば最初の時俺をレベル1に認定するって出てたよね。それかな?


 その時、タブレットの液晶に【ここをタップ】と【ステータス】が示されたので、タップする。


【遠矢真悟:生神レベル5/信仰心レベル5000

 神威:再生2/神子認定1/観察1

 属性:水3/大地2/聖4

 固有スキル:家事全般/忍耐】


 ……俺のステータス? ていうか固有スキルって何?


【生神レベルと信仰心レベルを高めれば、世界を思うままに動かすことができます。まずは、世界を再生することによって、生神レベルを高め、神子を増やして信仰心レベルと属性を増やし、神威を増やし、そして世界を思いのままに創り変えましょう】


 ……再生? だっけ? この部屋をぱぱっと変えてしまった、あれ。


 あれだけでもすごいのに、好き放題できるってわけか? この世界を?


 ……とりあえず、どうしよう。


 タブレットに再び目を落とすと、また別の文字が浮かんでいた。


【レベルアップに従って使える神威も増えていくので、使用可能神威を常に確認してください】


 まだいろんな力があるってわけか?


 タブレットがすごいのか、俺に宿った力なのか。


 分からんが、とにかくすごいのはよくわかった。


【なお、神子以外の人間を生き返らせることはできません。神子は、生神の力を行使するのに必要な存在の為、契約している間は不老不死です。ただし、神子の信仰心が低くなると契約が切れ、ただの人間に戻ります。そうなったら再び契約を結び直すことはできません。神子の信仰心を常に確認して、立派な生神になりましょう】


 なるほど、信仰のない神様なんて、意味がないってわけか。


【以上でチュートリアルを終わります。M端末は体内に同化し、必要な時に引き出して使えます。M端末を喪失することはありませんのでご安心ください。それでは、善き生神ライフを!】


 そして、端末は静まり返った。


 ふと、俺は思いついた。


 「神威」ってのは俺がタブレットを使って使える力で、何かを元通りにできるんだよな。


 人間は再生できない……じゃあ、服とかは?


 試してみるか。


 タブレットの【神威】を起動して、再生を選ぶ。


 シャーナという女の子に向けると、【衣服】と出た。これだこれ。


 【再生】をタップする。


 すると、ボロボロで彼女を辛うじて覆っていた衣服が、光に包まれた。


【神威・再生成功】


「神様……?」


 ありゃ失敗か。いや成功はしたんだけど。白い、女神のコスプレみたいな……いやこれはシャーナさんに失礼だな……とにかくそういう神聖な感じの服を着てはいるけれど。髪の毛とか長い間洗っていないだろう体はそのままだ。


 神威の所をよく見て、さっきレベルアップした時についたらしいものがあった。


 【神威・NEW】と記されている。


 説明欄を見てみると、【神威・浄化:穢れ、汚れなどを全て清浄な状態に戻す】とある。


 おう、これだこれ。


 もう一度シャーナさんに合わせて、【神威・浄化】を押す。


 伸びきったばさばさの髪がキレイな黒髪に、


 洗っていなかったであろう薄茶色かった肌が透き通るような薄桃色に。


「神様……」


 シャーナさんは俺を見て。


 手を組んで跪いた。

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