8.同じ食卓、同じ目線。
「なんじゃいこれ」
驚いた。
もはや驚くことにも疲れたくらいだけど、それでも驚いた。だって、ここで「まあそういうもんだよね」って思っちゃったら最後な気がするから。
慢心は駄目。そういう心の隙間からするりと入ってこられて、最終的には「まあ結婚してもいいかな」とか思うようになっちゃうんだから。
そんな私の葛藤など一ミリも知らない
「どうだ。好みが分からないから色々取り揃えてみたんだ!」
そう。
ある程度の親交を深めた私たちは今、薊が「力を入れてもらったんだ」という夕食が準備されたテーブルの前に立っているのだ。
そして、そのテーブルの上には、和食に洋食。中華にエスニック料理と、様々な種類の料理がずらりと並べられていた。
一体これだけの種類を揃えるのにどれくらいの労力と金銭がかかったのかはちょっと聞きたくない。恐らく
そんなトンデモ万国博覧会な食卓を見た
「わぁ、美味しそ~」
うん。知ってた。知ってたよ。あなたはそっち側の人間でしたね。畜生。ここには味方はいないのか。無理を言って妹だけでも連れてきてもらえばよかった。きっと喜んだだろうし。
後ろからポンと肩を叩かれ、
「諦めてください、烏丸様。これが日常なんです」
と言われた。その声の主はメイドさん。いつの間にか戻ってきていたらしい。
薊がパンと両手を合わせて、
「さて。それでは、席に着くとしようか」
音頭を取る。それに従うようにして、風歌が「わ~ご飯だ~」と幼稚園児のようなテンションで椅子に座る。
ちなみにテーブルは当然のように超縦長だ。きっと多くの人間が並んで「晩餐」という表現が正しい、テーブルマナーのうるさい食事が催される時用のものなんだろう。今日の参加者は三人なので、その大半は使わないことになるんだけど、
どこに座ろうか。これだけあると悩んでしまう。
取り合えず薊の隣というのは避けておきたい気がする。流石に食事の時くらいは自重してくれるとは思うが、一体どんなちょっかいを出してくるか分かったものではない。
「この料理を君に食べてもらいたくてね。ほら、あーんしてごらん(イケボ)」なんてことをされたら、その瞬間脳の機能が停止する自身がある。顔は大変よろしいからなぁ……薊。
と、そんなことを考えてテーブルを眺めていると、
「なにをしているんだ。早く座った座った」
最初、私に向けて言っているのかと思った。
が、すぐに違うと分かった。
何故なら、
「……私、ですか?」
メイドさんが反応していたからだ。よく見れば薊の視線もメイドさんの方を向いている。その目は暖かさに満ちている。
メイドさんは淡々と、
「お客人のいる食卓にというのは流石に……」
薊がすっぱりと、
「いい。私が許可する」
メイドさんの言い分を切り捨てる。メイドさんはそれでも、
「しかし……」
と逡巡する。
どういうことだろうか。
今この部屋にはこの銀髪のメイドさん以外の使用人は一切姿が見えない。料理人も調理場に待機しているのだと薊が言っていた。と、すると「使用人も一緒に食事を取るシステム」にはなっていない可能性が高い。
つまり薊は、使用人としての彼女ではなく、単なるひとりの人間としての彼女と一緒に食事を取りたいと思っているのではないか。
恐らく、いつもは一緒に食事を取っているのだろう。だけど、今日は風歌さんに加えて私がいる。客人がいる時に一緒の食卓で食事を取るというのは遠慮したい。そんなところだろうか。
だけど、
「私が許可するんだ。ほら、席について?ね?」
「で、でも……」
薊は一緒に食事を取りたい。それは世間知らずだからなのか、彼女の優しさ故なのか、そのあたりは分からない。だけど、このままだと話は平行線だ。それなら、
「ね、メイドさん?」
「は、はい」
「私も、一緒にご飯食べたいんだけど?駄目かな?」
そう告げる。恐らく彼女が気になっているのは、他の客人についてだ。だとすれば、その客人である私が「一緒に食べたい」といえば良いんじゃないだろうか。幸いにして、
「あ、私も~」
と風歌さんも賛同してくれた。こういうときにああいうおっとりした人は頼もしい。メイドさんはそれでも少し迷っていたが、
「分かり、ました。それなら」
と承諾してくれた。私は、彼女の手を引いて、
「ほら、こっちこっち」
「む」
「あ」
薊と対岸の席に座り、その隣の椅子を引いて彼女を座らせる。
「これで、よし。ね?」
「……はい」
最初は気が付かなかったが、よくよくみると彼女も私と同年代に見える。だったら関係性は「主人の客人」と「メイドさん」より「友達同士」の方がずっといい。少なくとも私はそうありたい。
「なあ、風歌。妻が不倫をしてしまった場合、どうしたら取り戻せると思う?」
「う~ん……「あなたを殺して私も死ぬの!」とか~?」
「なるほど……」
「おいそこ。不穏な会話をやめろ」
全く……とんでもない幼馴染だな。
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