9.「体を洗ってあげる」っていうのは危険なシグナル。
「さて」
暫くした後、夕食の席もひと段落したころを見計らって
「食事も終わったことだし、皆で風呂でも入ろうじゃないか。なあ、
「そこで私に同意を求める理由が分からないけど……そもそも私、着替えとかなにももってないよ?」
そう。
何を隠そう私こと
薊は「そんなことはお見通しだ」とでも言わんばかりに、
「なあに心配することは無い。既に用意してある」
「用意してある……ってどういうこと?サイズとか分からないでしょ?」
薊はこちらに向かってサムズアップして、実にいい笑顔と共に、
「決まっているじゃないか。ご家族に聞いたんだよ。後はまあ、短時間で揃えられる限りのものを揃えたまでだ」
なんとも自慢げだった。一体どこにそんな自慢する要素があったのか教えて欲しい。と、いうか、私のプライバシーはどこ行った。個人情報が全く保護されていないじゃないか。
薊が、
「まあ、好みに合うものが無いかもしれないが、今日はそれで我慢してくれ。明日にはもっといろんなものを取り揃えて」
「取り揃えなくていいから!」
全く。この幼馴染、放っておいたら私のサイズに合う地球上全ての服を取り寄せてしまいそうだ。その行動力と熱意は買うけど、別のところに使って欲しいなぁ……
ただまあ、取り合えずの問題は解消された。私が本気で「入らない」と駄々をこねれば折れてくれる可能性は高いけど、そこまでするほど嫌なわけじゃない。一応幼馴染だしね。一緒に風呂に入るってこと自体はちょっと興味が無いわけじゃない。風呂事態だってあの豪華さだし。
と、そこまで考えたところで、
「あれ……?」
「どうした?私の子を孕んだか?」
「んなわけないでしょ……」
一体この幼馴染の思考回路はどうなってるんだろう。そもそも一秒たりともそんなチャンスも機会もなかったと思うんだけど。まさか意識の無い隙にとかそういうことしてないよな?信じていいよね?
と、そんなことはさておいて、
「あの……
呼びかけられた風歌さんは、それはそれは可愛らしい感じに小首をかしげて、
「ん?なぁに?」
なんとも可愛らしい人だ。だけどこの人、世間的な常識無いんだよね……
気を取り直して、
「あの、さっきなんですけど」
「うん」
「お風呂、入ってましたよね?」
「そうだよ~」
「えっと……もう一回、」
「入るよ~」
先回りされちゃったよ。薊が補足を入れるように、
「……風歌は大の風呂好きだからな。一日に二回くらいなんてことはないよ」
風歌も頷いて、
「うん。全然、大丈夫だよ~むしろ入りたいくらい」
なるほど。しずかちゃんみたいな人だな。この人。
◇
人間、いつだって過ちは犯すものだ。
大事なのはその過ちから何を学べるかだろう。
「ちょっ……薊さん?」
「大丈夫だって悪いようにはしないから……ふふ……悪いようには、ね」
「そのフレーズは絶対悪いようにするときに言うフレーズですよね!?」
夕食を食べ終わった私たちは一度別れ、風呂場の入り口で再度集合することになった。
別れる、と言っても、自前で着替えを用意できる風歌さんやメイドさんと違って、私はまだこの家の間取りも把握しきっていない状態な上に、一体どこに薊の用意した着替えがあるのかも分からないので、実際には薊と二人きりという、最初と全く同じ状況に戻っただけだった。
「この部屋さ」
薊によって招待された部屋にはそれはそれはずらりと洋服が並べられていた。そのジャンル構成はと言えば、寝巻に使うようなラフな服と、下着類がほとんどだ。多分、今日使う分を取り合えず揃えてくれたんだろう。
「すまないね。本当はもっとバリエーションを揃えたかったんだけど」
と謝る薊。いや、そもそもこれだけのものを揃えるだけでも十分異常だからね?
取り合えず、今日の夜を過ごすためということで、ラインナップの中でもひときわ地味な下着と、ジャージに近い上下セットの部屋着を選んだ。薊は「本当にそれでいいのか?このふりふりとか可愛くないか?」と執拗に迫っていたけど断った。だってそんなフリフリは私に合わないと思うから。
と、まあそんな感じで、着替えを選び、風呂場に到着し、風歌さんと、メイドさん。二人とも合流した(ちなみにメイドさんは私と薊が無理を言って一緒に入ってもらうことにした)。
脱衣所でだって、特段変なことは起きなかったし、せいぜいあったことといえば、私が風歌さんの胸を見て思わず「おっきい……」と口走ってしまったせいで、「え?そんなことないよー」というちょっと照れ気味の謙遜を引き出して、薊から再び「浮気女」という意味の分からない称号を携わったことくらいだったんだ。
それがどうだ。
一枚のすりガラスを挟んで浴室に入った途端、薊の鼻息ががぜん荒くなってしまったじゃないか。
「ほら、あそこに座って?ね?私が洗ってあげるから。ね?」
「どう聞いても洗うだけで済むとは思えないんだけど!?」
「大丈夫。信じてくれ。私は観音寺薊。嘘はつかない。五月のためにならないことなんてやらないさ」
そう言い切る。
その瞳は確かにまっすぐだった。
だけど鼻息は荒かった。
疑心暗鬼。
突っ撥ねてもいいとは思う。だけど、彼女は彼女なりに考えてのことなんじゃないか。久しぶりに再会した幼馴染との距離感を掴むための、スキンシップなんじゃないか。もしそうだとしたら、突っ撥ねるのはかわいそうだ。
「分かった分かった。お手柔らかにね?」
繰り返しになるけど、人間って言うのは過ちを犯すものだ。
大事なのはそこから何を学べるかだと思う。
そう。
私はこの後誓ったんだ。
金輪際、
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