7.パンが無ければ買ってくればいいと思うな~

「一人暮らしをするつもりだった?」


「そうなのよ~」


 その後、私は改めて風歌ふうかさんの話を聞いていた。本当は私の話もしようかと思ったんだけど、出来ることと言えば「小学生時代に薊と知り合いだった」ということと、「先ほどから結婚してくれと迫られて困っている」ということくらいのもので、そのどちらの情報もどうやら既に持っているっぽかったので、風歌さんの話を聞くことになったのだ。


 あざみによれば風歌さんはかなりの箱入り娘らしい。私から言わせてみれば「お前が言うか」という感じだし、実際にそんなツッコミを入れはしたんだけど、それに対しての返答が結構ガチ目の「私なんか可愛いものなんだよ」という一言だったので、それ以上は食い下がらなかった。


「私ももう高校生じゃない?いつまでもパパやママの元でってのも良くないなって思って、独り立ちしようって。だから、一人暮らししたいって言ったんだけど。」


 薊が説明を引き継ぎ、


「両親に猛反対されたらしい。一人暮らしなんて危険だってね」


「そうなのよ~どう思う?」


「え?えーっと」


 コメントに困る。


 聞いた話を私目線で整理すれば、風歌さんは「独り立ちを考えている立派な高校生」という感じがするのだが、それはあくまで「一般的な家庭に育った人間」の場合だ。


 もし仮に、私が一人暮らしをしようとするなら、食事だってそれなりに作れないことはないし、洗濯や掃除もやろうと思えば不可能ではない。


 なんでも一人でやらなければならないっていうのはそれだけ負担も大きいことだから、最初は苦労するだろうし、実家のありがたみを感じることもあるかもしれないけど、やっていけないということはまあ、無いと思う。


 だけど、こと今回に限っては家庭環境がそもそもレアケースだ。なにせ相手は“あの”観音寺かんのんじ薊が「かなりの箱入り娘」と評するくらいの人間だ。


 家事全般は出来ない可能性が高いし、なんだったら、家から学校まで徒歩で通うことが出来なくてもなんらおかしくはない。


 それだって、私だったらタクシーを呼べばいいと思うのだが、この場合その「タクシーを呼ぶ」という当たり前の行為すらも出来ない、あるいはそもそも「タクシーというものの存在を知らない」という可能性すらあるのだ。


 取り合えず、その辺のすり合わせをしたい。


 私はそう思って、


「あの~……ちなみに学校まではどうやって通うおつもりで?」


「ん?あーちゃんちの車で送ってもらうつもりだけど……」


 ちなみに彼女の呼び方は結局「あーちゃん」と「さーちゃん」ですっかり定着してしまった。正直未だにむず痒いのだが、ここぞという場面で薊に囁かれるよりは大分マシなので、良しとすることにした。まあ、やめてほしいって言ってもやめてくれなさそうだけど。大分気に入ってるみたいだし。


 私は更に質問をぶつける。


「えっと……もしそれが無かったとしたら、どうやって学校に行きますか?」


 それを聞いた風歌は、


「さあ?」


 やべぇ……箱入りのお嬢様やべぇ……この人間違いなく「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」って言っちゃうタイプの人だ。私は助けを求めるように薊に視線を向けると、


「……そういうことだ。だから、親交のある私の元に預けるということで手を打ったらしい」


 といいつつ「お手上げ」というポーズをする。


 これは……確かに、薊なんて可愛いものかもしれない。


 薊も割と世間の一般からはかけ離れた感性を持っているのは間違いない。だけど、彼女ならお迎えの車が無くても「じゃあ歩いていこうか」くらいのコメントは出てくるだろうし。もしそうでなかったとしても、「タクシーを呼んでもらうよ」くらいは言えるはずだ。少なくともそれくらいの知識と行動力は兼ね備えていると思う。


 そりゃ、一人暮らししたいなんて言ったら反対されるわけだ。なんならこれ、親元を離れさせるのもちょっと怖いレベルだぞ。


 薊が更に続ける。


「まあ、そんなわけで、春からこの家に住むことになったという訳だ。すまないな、五月。隠していたわけではないんだ」


 とやや申し訳なさそうな顔をする。


「いや、別にいいけど……っていうか、その話聞いたらむしろ今の形が正解じゃない?」


 まあ、それ以前に、二人だけでこの広い屋敷に住もうってのがどうかしてる気もするけど。


 風歌さんが私に向き直り、


「そんなわけだから、不束者ですが、これからよろしくお願いします」


 と頭を下げる。


「そ、そんな、こちらこそ、大したことない人間ですけど、よろしくお願いします」


 と私もつられて頭を下げる。それを見ていた薊が、


「…………ハッ!待ってくれ。なんかお見合いの席みたいじゃないか?五月。私とも改めて挨拶を、」


「しません」


 きっぱりと跳ねのける。が、薊が「なんでだ……」とやや寂しそうにしていたのが気になり、


「まあでも、よろしく、うん」


 と言いつつ顔をそむける。いや、だって、恥ずかしいじゃないか。そんな、今更。

 それを見た薊は実に嬉しそうな声色で、


「ああ、後八十年くらいよろしく頼むよ」


 と言い切った。だから結婚はせんって。

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