6.おっとりぽわぽわ

「紹介するよ五月さつき。彼女は天野あまの風歌ふうか。私の友人だ」


「どうも~風歌で~す。よろしくね~」


「あ、ど、どうも」


 あの後私たちは、風歌が風呂から上がってくるのを待ったうえで、あざみの「お互いに自己紹介をしたほうがいいだろう」という判断の元、リビングと思わしき部屋に移動していた。


 思わしきというのは、その広さや内装が規格外だからだ。少なくとも一般的なご家庭には動物の剥製が飾ってあったり、暖炉が備え付けてあったりはしない。


 薊が「暖炉は冬以外は使わないことにしているから今は使えないんだ。すまないね」と詫びを入れていたが、正直言ってそんなことは全く気になっていなかった。この調子だとクリスマスには本物の樫の木が運び込まれても全く不思議ではない。少なくともそれくらいのスペースと天井の高さはある部屋だった。


 薊が「うむ」と頷いて、


「それから風歌。こちらが烏丸からすま五月さつき。私の妻だ」


「わぁ~」


「おいこら」


 私は思わず平手でツッコミを入れる。なんでやねんって言った方がそれっぽかっただろうか。


 薊は首を傾げて、


「どうした。ハッ!もしかしてフィアンセと呼んだ方がよかったか?それとも旦那の方が」


「そうじゃない」


「ではなんだ」


「はぁ……」


 幸運が逃げていく音がする。どこかで補充しないとそのうち運が悪すぎて隕石にでもぶち当たって死にそうだ。


「あのね……そもそも私は薊と結婚したつもりはないから」


「でも将来的には結婚するだろう?」


「なんでそこで断言できるのかが不思議だよ……」


 風歌が何かに納得するようにしてぽんと手を叩き、


「ああ、なるほど。あっちゃんの運命の人ね?」


「そうだ。あとあっちゃん呼びはやめようか?」


 聞いちゃった。


 聞いちゃったぞ、今。


 これは使えるかもしれない。


「へぇ~……あっちゃんって呼ばれてるの?」


「ぐ」


 薊は実に都合が悪そうに、


「いや、うん。子供っぽいし、そろそろやめようと言っているんだけどな。うん」


 私はそんな言い訳をすっぱりと無視し、


「えっと、天野さん、でいいのかな?」


 風歌さんは、


「ん?なあに?あ、風歌でいいよ~」


 そういってにこっと笑顔を浮かべる。実に優しそうな人だ。


 腰ほどまで伸びた明るめの茶髪は癖っ毛なのか、パーマをかけているのかは分からないけど、ふんわりとしたウェーブがかかっている。


 顔立ちは整っているけど、「美人」というよりは「可愛い」というイメージが先行する感じ。


 全体的におっとりとしたイメージだけど、その身体に関しては出るところは出て、引き締まるところはしっかりと引き締まっている。きっと海水浴なんかに行って一人でいたら、速攻でナンパされるんだろうなぁ。


 そんな彼女に私は、


「風歌さん。私ね、昔薊のことあーちゃんって呼んでたんですよ」


「ちょっ」


 風歌さんは止めようとする薊を無視して、


「あーちゃん!いいなぁ……確か五月ちゃんがあーちゃんと知り合ったのって、私よりもずっと前なんだよね?」


「え、そうなんですか?」


 漸く隙を見つけたとばかりに薊が会話に割り込み、


「ああ、そうだ。私と風歌は中学生からの付き合いだからな。その点、五月と知り合ったのは小学生時分だ。つまりは五月の勝ち。どうだ?安心したかい?」


 なにに安心しろというのだろうか。もしかしてこの幼馴染は、私が風歌さんに嫉妬でもすると思ったのか?


「安心って……別に心配なんかしてないけど」


 そこに風歌さんが、


「えー……私はちょっと嫉妬するけどなぁ」


「ふ、風歌さん?」


「だって、さーちゃんは、あーちゃんの小さいころのことを知ってるってことでしょ?私の知らないことも。それはちょっと、嫉妬しちゃうかも~」


 と言い切った。っていうか、


「あの、風歌さん?」


「ん?なあに?」


「そのさーちゃんっていうのは……?」


「ん、薊があーちゃんだったなら、五月ちゃんはさーちゃんだったのかなって」


 なんと鋭い。


 いや、ちょっと考えれば分かる話か。ただ、その呼び方は、


「あの……普通に五月でお願い出来ませんかね?」


  風歌さんがやや不満げに、


「え~……いいじゃないさーちゃん。可愛くて」


「いや、それは……」


 薊が「今が好機」とばかりに、


「そうだぞ、さーちゃん。恥ずかしがらなくていいじゃないか。さ、一緒にベッドに行こうか、さーちゃん」


「いかねえよ」


「ぁいたい」


 びしっとツッコミを入れる。


 全く……油断も隙も無い。しかもこれで顔が良いもんだから、強引に迫られると、ノーとは言えなくなってしまいそうなのがまた辛いところだ。うう、しょうがないじゃないか。イケメンに言い寄られたくたって。相手は生物学的に言うと雌だけどさ。


 それを見ていた風歌さんが「ふふっ」と笑い、


「なんだか夫婦漫才みたいね~」


 と一言。それを受けた私たちはと言えば、


「いやいや、それはない」


「ホントか?よし、今すぐ結婚しよう!」


 沈黙。


 私はじっと薊を眺め、


「……こういう時だけ息が合わないんだね」


 当の薊は髪をふぁさぁ……とかきあげて、


「仕方ないじゃないか。私と五月は婚約者同士なんだから」


「ちゃうわ」


 それを見て再び「ふふっ」と笑う風歌さん。あの、笑ってないで止めてください。ホントに。お願いします。

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