5.客人をもてなす要素も含まれているらしい。
それから、薊は意外なほどに真面目だった。
二人きりになったということもあったし、実際メイドさんがいなくなってからすぐに仕掛けてきたから、正直言ってかなり警戒をしていたんだけど、実際のところはかなり真面目に屋敷内を案内してくれていた。
途中には子供のころの話なんかも出来たし、私としてかなり満足だった。ドタバタな再会過ぎて忘れていたけど、やっぱり薊は友達として好きだ。結婚って言うのはまあ私の主義的には無いんだけど、恋人としてでもちょっといいなって思わなくもない。
でも、それは最終的に絶対別れを告げる前提だ。私は薊と結婚は出来ないし、薊が言う「私の子供を孕んでくれ」というのも無理難題が過ぎる。
それ以前に、薊と結婚なんてしたら、私の平凡な日常は無事に音を立てて崩壊していくに違いない。それだけは何としても阻止したい。私はもっと平穏に、植物の心みたいな人生を歩みたいんだ。
と、そんなことを考えていると、廊下が突き当りになる。前には割と大きめの扉があった。薊はそれをなんの躊躇もなく開けて、
「ここが、風呂場だね」
「風呂場……」
目の前に広がる光景は一般ご家庭の風呂場ではなかった。
まず一般のご家庭には、脱衣所の洗面台についている鏡があんなに横に長く大きくないし、その手前の流しも複数あるというのは考えにくい。
体重計があるのはまだいいが、それが何種類もあるのはよく分からないし、マッサージチェアなんて一つあればいい方なのに三台ならんで置いてある。
脱いだ服を入れるカゴのようなものはなく、代わりに銭湯やなんかにありがちな木の棚が置いてあった。それら全てにカゴが入っていて、中にはタオルだろうか。布が入っていることが確認出来るカゴまであった。あの、本当にここ、個人の邸宅ですよね?旅館・観音寺とかじゃないですよね?
そして、それらが占有する、けして少なくない面積を差し引いてもまだ、私の家にある脱衣所の数倍の面積があるように見えた。
洗濯機と乾燥機は横並びに置いてあり、それらは流石に一個づつだったが、随分と真新しいものだった。私の視線がそこに向いているのに気が付いたのか、
「ああ、洗濯機と乾燥機か。五月が生活するのに旧式では良くないと思ってね。買い換えてもらったんだよ」
買い換えてもらった。
旧式では良くないと思って、
「あの、薊さん?」
「なんだろうか?」
「つかぬことをお伺いしますが……その、前の洗濯機とか、乾燥機っていうのは、いつ購入されたものでしょうか?」
薊は首をひねり、
「わからん。一年前くらいだろうか」
「いちねん」
つまり。つまりだ。このトンデモお嬢さまは「五月のため」という理由で、買ってから一年の洗濯機と乾燥機を買い替えたというのか。おかしい。金銭感覚がおかしい。うちの洗濯機なんか大分ボロが来てるって言うのに。
「……ちなみに、その洗濯機と乾燥機っていうのはその後どうしたの?」
「その後か?一応この屋敷の物置きに置いたままになっているな。場所を取ってもいけないから処分しようかという話になっていたはずだが、」
「駄目―――――!!!!」
「うおっ」
なんてことをするんだこの幼馴染は。買って一年の、バリバリ使える家電を処分するだと。それを捨てるなんてとんでもない。
「そんな……勿体ないよ」
薊はやや困り顔で、
「ううん……とはいっても実際使う場所がないからなぁ……」
私はやけくそに、
「私!私の家!洗濯機とか、もうボロくなってるから!うん」
事実だった。家にある洗濯機は大分ガタが来ていたはずだ。それの代わりに薊からもらい受ける……というのは平凡から足を踏み出しているような気がするが、まだ使えるものがみすみす捨てられるのはどうしても我慢がならなかった。
うん。貧乏性なんだと思う。いや、対象が対象だから誰でももったいないって思うだろうけど。
そんな私の言葉を聞いた薊は「そ、そうか?」とひるみながら、
「でも旧式だからな……それを五月にって言うのは」
私は勢いで、
「ほら、両親への親孝行的な!うん!そういうのだよ!ね?」
と押し込む。薊も処分にはそこまで前向きではなかったようで、
「分かった。五月のご両親は将来の父上母上だからな。親孝行と考えれば悪くないかもしれない。処分するよりずっといい」
大分余計な言葉が含まれていたような気がするがまあいいや。これでまだ使えるものがあっさり処分されることは無くなった。
それと同時に実家の家電がバージョンアップするという副産物もついてきた。多分……というか絶対喜ぶと思う。そういう「タダで得する」みたいな話大好きだし、あの両親。
話は終わったとばかりに薊が、
「さて、次に行こう。と、言ってもここまできていれば紹介するまでもないとは思うが……」
と言いながら、部屋の最奥にあるガラス戸に手をかける。曇りガラスになっているため、中からも外からも様子は見えない作りのようだ。
(……ん?)
違和感。
なんだろう。別に何も問題は無いはずだ。薊はただ、自宅の浴場を紹介しようとしているに過ぎない。それになにか問題なんて、
「あ」
振り返る。視界に木の棚が映る。全ての箇所にカゴが備え付けられ、
一か所だけ、布が入っている。
「ちょっ、薊。まっ、」
「ん?」
遅かった。
薊の手は既に、浴場への扉を思い切り開いてしまっていた。
そして、その先には、
「わっ!?……びっくりしたぁ……」
それはそれは立派な浴場と、そこにつかる、それはそれは立派なお胸の持ち主がいた。
薊が、
「また、昼からお風呂かい。
そう言う顔は呆れつつも、仕方の無い子供を見るような、そんな目をしていた。
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