第15話 本心

僕は動けない体のままで、声の方向に意識を向けた。そこには再び老人が立っていた。


「おい。起きろ。起きねば死ぬぞ」 

「もう体が動かないんです」

「じゃあ死ぬのか」

「・・・・・僕はまたあなたの記憶を思い出しました。人々に術を教えた結果、多くの人々を不幸にしてしまった記憶」

「その記憶か。だがそれは私の記憶であって、お前の記憶ではないだろう?」

「ですが、悲しいです。とても悲しくて悔しくてどうしようもない。自分が憎くて仕方ない気持ちになります」

「思い出してしまったのだな・・・」

「思い出す?」

「お前には私の後悔や復讐心は引き継がれていないと思っていたが、まだ思い出していないだけなのかもしれないな」

「・・・・・・」

「なぁ2回めの生を受けた少年よ、私が初めて人の為に自分の術を使った時、なんと言われたか覚えているか?」

「わかりません。"ありがとう"とかですか?」

「”魔物みたいで気持ち悪い”」

「それはそれは・・・」

「私は大層落ち込んだよ。だが、一人の少女が近づいて言ってくれた。ありがとうって。助かりましたって」

「よかったですね」

「ああ。今思い出してもうれしい気持ちになる。あのときは本当に本当に嬉しかった。だが、お前はこの記憶はないんだろう?」

「はい。思い出せません」

「私が人々に受け入れられた喜びも、仲間と共に旅した楽しさも、愛する人といる安心感も、裏切られたときの悲しみも記憶に無いようだな」

「はい・・・・」

「つまりお前は私の記憶の一部しか受け継がず、しかも悪い部分が多いようだ。おそらく私がそういう気持ちで死んだからなのだろう。だが、私の人生は悪い事ばかりではなかった。後悔や憎悪が心を占めて死んだとしても、それ以外の喜びや嬉しさもたくさんある」

「・・・・・」

「お前が前回、私の復讐心を引き継いでいないと言われた時。私は思った。引き継いでいないならいないほうがいい。生まれ持って憎しみを持って生きるなんて憐れなことだ」

「だけど後悔は引き継いでしまった」

「そうだな。だが、お前は私ではない。フィリップではなくセオライアという一人の人間だ。罪を感じる必要はない。その罪は私のものだ」

「じゃあなんでこんなに苦しいんですか?」

「それはお前が私のことを憐れんでいるからだ」

「憐れんで・・・?」

「そうだ。お前は私のことを憐れんで、同調してしまったに過ぎない」

「同調?」

「私が思うにお前の前世は私ではない。ただ、フィリップの記憶を持っているだけのただの少年」

「じゃあ、僕が自分のことを始まりの魔術師の生まれ変わりだと思ってるイタイやつってことですか?」

「記憶は正しいようだがな。私が言いたいのはお前はお前で、私は私。私の後悔や憎悪を気にする必要はないということだ」

「前回は復讐しろとか言っていたじゃないですか」

「いやあれは、私もお前のことを生まれ変わりだと思って・・・」

「なんだかよくわからないです・・・」

「私も今の状況がよくわからん。あ、ちなみに言っておくと、私は後悔をしているが引きずってはいない。なのに過ちを犯していないお前がなんで引きずってるんだ?」

「後悔していない?」

「過去の過ちは償うことが出来ない。だが、また同じことが起こった時、正しい行動を取ればいいと気がついた。だから別に気にしていない」

「・・・・・・」

「あと一つ。お前にいいことを教えておいてやろう。長生きする秘訣だ」

「秘訣?それは?」

「自分を許し、愛するということだ」

「・・・・どういう意味ですか?」

「おっとそろそろ時間だ。いい加減目を覚ませ」

「え?ちょっと?」

「心しておけ。自分は自分。お前はお前」

「え?え?」


 そういって老人は消えていった。そして僕も目を覚ます。

 目を覚ました瞬間、体に痛みが走った。


 「痛ッ!」


 そして、ゴブリンがどんどん近づいてくるのが見える。


 「コレはまずい」


 そう思った直後、僕の意識が完全に覚醒した。そこで気がつく。


 「腕が治ってる・・・」


 ゴブリンをぶん殴って出来た傷が完治している。体は痛いが動けないほどではない。そしてなにより体に魔力を感じる。これならまだ戦える。

 ゴブリンは僕の目の前まで近づいて棍棒を振り上げた。


 「身体強化!」


 全身に魔力がめぐる。すぐさま立ち上がりゴブリンの棍棒を飛び避けた。僕は自分の体に驚いていた。今まで少し使えばなくなっていた魔力が、今は枯渇する感覚はない。


「僕は僕・・・か」


 今までの魔力を練る感覚と、違うものを感じている。これが僕本来の魔力、本来の魔術。いける!これならいける!

 そう思った瞬間、視界がぱーと開けた感覚がした。頭がすっきりして、見るもの全てが瑞々しく感じる。


「そうか!そうか!これが!」


 これが初めて魔術を使うという喜び。初めて知ることが出来た。

 僕の笑顔を不気味がってか、ゴブリンが僕の方向へ突進してくる。1歩、2歩、3歩とどんどんと近づいてくる。


「土壁!」


 僕は自分の目の前に、ゴブリンの視界を遮るように土壁を出現させた。ゴブリンはすぐさま土壁に到着し、棍棒で土壁を破壊する。振り下ろした隙を付いて僕はゴブリンの後ろに回り込んだ。


「ごめん。眠ってて」


 僕はゴブリンの背中に手のひらを当てて、雷の魔術を使用。


「ガァァァァァァァ!!」


 ゴブリンは雷によって意識が寸断され、地面に倒れ込んだ。

 

「ふぅ」


 ゴブリンは完全に沈黙した。おそらく死んではいないだろう。僕は周りを見回して他のゴブリン達を見る。残ったもう一匹の大人ゴブリンが子供のゴブリンを抱きかかえて守っている。そのゴブリンたちには戦意がないことを確認し、僕は魔石の採掘場所へと向かった。

 魔石のある場所は、採掘場所と言うには憚られるほどの少量しか残っていない。この場所ではもともとあまり取れなかったんだろう。だからこそ放棄された。

 僕は魔術で魔石の塊を2つほど採掘した。そして振り返って、僕を閉じ込めていたエヴァさんの土壁を見る。


「アイスランス」


 僕は氷の魔術で氷の槍を作った。そしてそれを土壁に向かって投げる。氷のやりは土壁に深々と刺さった。


「きゃぁ!」


 エイミーの叫び声が聞こえた直後、壁はガラガラと崩壊して道が開通する。そしてその先には仁王立ちで立つエヴァさんの姿があった。


「乱暴だな」

「ちょっとぐらい意地悪しないと気がすまなかったもので・・・」

「ふふっ。子供だな」

「10才ですので」

「清々しい顔をしているな。なにか掴んだようだ」

「おかげさまで」


 皮肉を言って僕はエヴァさんのいる通路へと歩いていく。


「私はもしかしたら教育者の素質があるかもしれんな」

「絶対に勘違いです。それ」


 僕がため息交じりにエヴァさんにそう言った。


「あの・・・セオくん」


 通路の先からエイミーが出てきた。僕のアイスランスに当たらないよう、エヴァさんが下がらせていたんだろう。


「エイミー。驚かせてごめんね」

「ううん。一人で倒しちゃったの?」

「なんとかね。エイミーの分の魔石も採ってきたよ」

「ありがとう。怪我・・・とかない?」

「大丈夫。あ、エヴァさん僕のポーチ取ったでしょう?返してもらえます?」

「ああ、これか?」


 エヴァさんは手に持ってた僕のポーチを僕に向かって投げた。


「いつの間にとったんですか?」

「お前を吹き飛ばしたときにな」


 僕はポーチから怪我によく効く薬草を取り出し、ゴブリン親子の前に並べた。ゴブリン達は僕のことをギロリと睨んだまま目を離さない。

 できれば、この薬草で傷を治してほしいんだけど、わかるかな?


「偽善者な部分は治らなかったようだな」

「ええ。それが"僕"ですから」

「スライムを殺して、ノーライアウルウを殺して、ゴブリンを傷つけて。それでもお前は魔物を殺さないと?」

「僕はやりたいようにやるだけです」

「エゴイストだな」


 僕でありフィリップでもある部分。その2つを含めて僕らしさなんだと思う。いまさら僕は僕、フィリップはフィリップと言われても、フィリップの記憶は僕の思考や行動に大きく影響している。たとえ僕がフィリップの生まれ変わりで無くても、彼の記憶を利用することを自分に許そう。偽善者と言われようと、自分の本心のままに行動することを許そう。


「とりあえず洞窟を出るか?セオ」

「!」


初めてエヴァさんに名前を呼んでもらえた。僕ははい!と返事をしてエヴァさんの後ろから付いていった。

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