第14話 戦闘

 突然のことで時間が止まったような感覚を覚える。僕はゆっくり見回して大人ゴブリンと2体と子供ゴブリン3体の顔を順に見る。ゴブリンたちも何が起こっているかわからないよう様子だ。

 僕が立ち上がって壁で塞がれた入り口へと走り出す。大人ゴブリンはそれに反応して動き出す。一匹は子どもたちをかばう行動を行い、一匹は棍棒に手を伸ばす。


「エヴァさん!出してください!」

「命がけで考えろ。どうすべきかを」

「なにを・・・」


 その瞬間、僕に大きな影がのしかかる。後ろにゴブリンが迫ってきていることは、振り向かなくてもわかる。


「身体強化!」


 僕は自分の体に身体強化の魔術を施し、今まで立っていた場所から飛び退いた。その直後、混合が振り下ろされる。


「あぶなっ!」


 振り下ろされた棍棒は地面を抉っている。それを見た僕は思わず足がすくむ。

 あんなのに一発でもあたったら即死、運が良ければ重体。いや運が悪ければ重体といったほうがいいか・・・。

 エヴァさんは僕のことをどうしたいんだろう。僕が覚悟も力もない軟弱者といいたいのだろうか。ならば直接言えばいい。僕はそれに対する反論を持ち合わせていない。たしかに僕は力がないことを理由に、エミリーに力を使わせて魔物を殺した。確かに僕は自分の手を汚さず、人に手を汚させる卑怯者だ。


「グォォォォ!」


 ゴブリンは叫び声を上げて、僕ににじり寄ってくる。決して慌てず、じっくりと獲物を仕留めるために。


「くそっ!」


 僕が悪態をついて自分の腰にあるポーチに手を伸ばした。だが、僕の手は空を切った。


「えっ!?」


 僕の腰にはポーチを下げていたはず。そう思って自分の腰に目を落とす。だが、あるはずのポーチはなくなっていた。


「なんで!?」


 誰にでもなく疑問を叫んだ直後、ゴブリンが僕の目の前に到着した。そして大きく振りかぶった棍棒を振り下ろしてくる。


「くっ!」


 僕が再び身体強化の魔術を使用し、ゴブリンの棍棒を避けた。連続の魔術使用により、体が裂けるように痛みだす。


「痛ッ!」


 慌てて魔術を使用したため、過剰に魔力を使う。その結果、少ない魔力が大幅に減少した。体の痛みはもうすぐ魔力が底を付くときに起きる症状の一つだ。


 「だったら!一か八か!」


 僕はゴブリンの攻撃を避けた直後、自身の魔術を絞り出す。


「うぉぉぉぉぉ!」


 自分を鼓舞するために叫び声を上げて、ゴブリンに突撃する。ゴブリンは僕の反応を視認すると、再び棍棒を振り上げた。

 その直後、僕がゴブリンの間合いに入り、ゴブリンの棍棒は振り下ろされる。だが、その棍棒が潰したのは地面のみ。僕は棍棒を避けると、攻撃の直後で隙ができたゴブリンの顔に向かって拳を振るう。


「グォォォ!」


 身体強化を乗せた拳が、ゴブリンの頬にクリーンヒット。ゴブリンは驚きのあまり、倒れ込もうとする。が、その場で踏ん張って倒れ込むまでにはならなかった。

 僕はゴブリンを殴った直後、バックステップで距離を取る。ゴブリンから追われている途中に拾った小石を右手で持ち、軽く右手を縦に握りその上に小石を乗せた。ちょうどコインを弾くような指の形。そして、その手をゴブリンに向け、親指で小石を弾いて石を発射した。小石には風の魔術を付与し、飛んでいく途中で追い風により加速する。


「グッ!」


 ゴブリンは小石の攻撃に手をかざしてガードした。ゴブリンを貫くほどの力は無いが当たれば痛い。その程度の威力にはなっているようだ。僕は続けて2発、3発と小石を発射。


「グッ!グッ!」


 小石はゴブリンは的中。ゴブリンは痛みのあまり短く叫んでいた。


「グォォォォ!」


 4発、5発目を食らった後、ゴブリンは叫び声を上げた。そして、飛来する小石に構わず、棍棒を構えて僕の方へ突進してきた。

 僕が6発目を当ててもゴブリンの突撃は止まらない。ゴブリンは棍棒を振り上げ、そして振り下ろす。

 僕はこの時を待っていた。ゴブリンが怒りで突撃し、僕に攻撃するタイミングを。僕は渾身の身体強化魔術を体に施し、棍棒を振り下ろすゴブリンに接近。


「炎よ!刺し貫け!」


 僕が右腕に魔力を右手に集中し、ゴブリンが棍棒を振り下ろすために加速させた右肩に向けてカウンターの貫手を放つ。

 ゴブリンの突撃力と僕の身体強化、そして炎をまとった右手の貫通力がゴブリンの右肩に炸裂する。


「グォォォ!」


 僕の右腕はゴブリンの方に突き刺さる。だが、刺さったのは指の第2関節ほど。第2関節まで刺さったタイミングで僕の指はゴブリンの体に負けて、指の骨だけでなく、右腕自体がバキバキに折れた。


「ああああああ!」


 僕は激痛で思わず大声を上げた。右腕は火傷と複雑骨折により激痛が走る。だが、ゴブリンも思いがけない激痛に驚き、尻もちを付いた。


「うぉぉぉぉぉ!」


 僕は痛みを無視して動き出す。めちゃめちゃ痛いが、僕の腕が負けることや激痛に見舞われることはある程度予想していたため、ゴブリンより早く動き出すことができる。

 僕は残った力で身体強化を施し、ゴブリンの後ろに移動し、首を左手で掴んだ。そして僕はありったけの魔力を左手のひらに集中させ、炎の魔術を使用する。


「はぁぁぁぁ!」


 炎は指先に集中させ、ゴブリンの頸動脈をえぐり取ろうとする。だが、思うように炎が集まらない。


「くそっ!魔力切れか・・・」

 

 僕が悪態を付いた直後、ゴブリンの腕が僕を掴んだ。そして僕の体を持ち上げ壁に投げつけられる。


「がっ…!」


 僕の体は壁に激突した後、床に落下した。今練ることができるありったけの魔力を風に変えて衝撃を和らげようとしたが、残った魔力では衝撃をすべて殺すことが出来ない。


 「ゴホッ!ゴホッ!」


 衝撃で一瞬気道がふさがったような感覚。咳には血の気が混じる。体はもう動かない。だが、不思議と痛みは殆どない。


――――ああ、なるほど。僕はここで死ぬんだ。


 ゴブリンは僕がうずくまっているのを確認すると、ゆっくりと立ち上がり棍棒を拾う。そして歩いて僕の方へ向かってくる。


 もうあんまり目も見えないが、ゴブリンが近づいてくることはわかる。僕はここで2回目の死を迎えるんだ。前世でも今生でも、魔物が人を襲ったという話は耳にするが、実際そういう場面になってみると想像とちょっと違うもんだなと思う。自分より強い相手に蹂躙され、もう死ぬってなると痛みも恐怖も消えて諦めだけになるんだ。知らなかったな。自分は偉そうに魔物退治の術を教えていたくせに、襲われた者の気持ちにさせ、思いを馳せた事はなかった。


 前世では、沢山の人に生き残るための術を教えた。狩猟に便利な術、農作物を豊かに実らせる術、そして身を守る術。だが、それらの術はやがて、人々の諍い使われるようになる。特に身を守る術は、人々が自身で術を開発するようになったらその効果は鋭く、効率的に生物を殺せるように進化していった。人を救いたいと願って作った術は、人を不幸にする術に切り替わる。フィリップはそのことを良くは思っていなかった。

 だが、フィリップは見て見ぬ振りをした。人が人を殺すことに術を使うのは当然のことだ。自然の摂理なんだと思っていた。だが、魔術がどんどん生み出されると、より多くの人間が術の餌食となっていた。やがてある魔術師が大量殺人を侵してしまう。フィリップが生み出した魔術は、より多くの人を効率的に虐殺してしまった。

 そうなってしまえば、国家が看過できるものではない。当時の国王はすぐさまフィリップの術を"魔術"と呼び、撲滅しようと動き出す。


 そうなって初めて自分の過ちに気がついた。自分があの時彼らを止めてさえいればこんなことにはならなかった。多くの人間が死ぬことがなかった。だけどフィリップは怠慢でかつ想像力が欠如していたので、さらに人が離れていくのではないかということのみを恐怖していた。私が皆を殺してしまったようなものだ。いくら後悔をしても、行動しなかったという事実は残る。今から動き出しても過去の過ちを帳消しになんか出来ない。


 だから、今生では人や動物、魔物達の命を奪うような真似をしないと決めた。前世では出来なかった生き方を今生では達成しよう。そう思っていた。だが、結果はどうだ。僕はこの洞窟を探索するためにスライムやノーライアウルフを殺した。そして目の前のゴブリンを殺そうとした。

 最悪なのは、スライムを殺した時、命を奪わないという決意を忘れてしまっていたことだ。ちょっと追い詰められただけで、その思いを忘れてしまうなんて。


「ははっ」


 僕は意図せず笑ってしまった。自らを嘲笑する笑み。

 前世で出来なかったことを今生でやろうなんて愚かしい。生き返ったから前世の罪はリセットされるから、今生では頑張ろうなんて馬鹿馬鹿しい。僕はなんて頭が悪いんだろう。僕の罪は人々を不幸にしてしまった術を広めてしまったこと。フィリップの術が人を殺すことに特化する時、止められなかったこと。動けなかったこと。


「ふふっ」


 前世の動けなかった罪が、今生で身動きもできず殺されるというのはなんとも皮肉が効いてて笑える。

 ゴブリンがゆっくりとこちらに近づいてくる。僕は目をゆっくりと閉じる。もうすぐ来る死を受け入れる準備をした。


「・・・・・・おい」


 まぶたの裏の暗闇の中から声が聞こえる。

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