第10話 対話

 土の檻の中で寝転がる。天井は塞がれ、夜空は見えないが考え事をするには無機質な天井で十分だ。


「何故、魔力が少ないのか・・・」


 確かに、人の持つ魔力を正確に測る方法はない。魔術を使い続けて、どれくらいで使えなくなるかという大まかな指標しか無い。だから、本当に少ないのか確定させることは出来ない。そして一つの仮説として、僕が魔力を使えていない理由は・・・。


「つまり、この体とフィリップとでは魔術の使い方が違う」


 考えてみれば有り得る話だった。人には才能というものがあり、前世の記憶でも教えたとおりにできる人間と出来ない人間がいた。体を動かすのが得意な人間と、苦手な人間がいた。人は様々な才能の種類を持つ。僕はこの体は、魔力の才能を持っていないと結論づけたが、それは才能の種類がフィリップとは違うだけかもしれない。そしてまだ知らない自身の才能の中に、魔力の鉱脈が眠っている可能性はある。あるが・・・


「本当にあるのだろうか・・・」


 この体で魔術を使い始めて約5年。期間で言えばそれなりである。その中で何回も魔力枯渇を起こして寝込んだことがある。もし使えていないということならば、魔力枯渇で倒れるというのはよくわからない。なぜなら、眠っている魔力がまだ体の中に存在したはずだからだ。


「それとも魔力が完全に眠っていると、そういうことは起こり得るのか?」


 わからない。それを確かめる方法は一つしか無い。


「眠っているだろう魔力を呼び起こすこと」


 つまり、無かったら永久に証明できない仮説というわけだ。


「よし!」


 僕は体を起こしてあぐらをかく。そして目を閉じて深く深呼吸をした。一度、深呼吸をして魔力を練ってみようと思う。その中でもしかしたら糸口を見つけられるかもしれない。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 長い時間、僕は目をつぶって魔力を練っていた。そして目を開けた僕は体に今まで感じたことのない魔力がみなぎっているように感じる。


「これなら行ける!」


 僕は意気揚々と立ち上がり、再び土の檻を両手で掴む。そして魔力を流し込む。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 渾身の魔力を檻に流し込む。心なしか檻も柔らかくなっているように感じる。


「よし!」


 僕はこのまま行けると感じ、一層の魔力を流し込む。


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 次の瞬間、僕は全身から力が抜けて倒れ込む。


「あれ?」


 典型的な魔力枯渇の症状。檻はびくともしていない。


「行ける気がした・・・だけだったか・・・」


 実際は今までとそんなに変わらない量の魔力だったようだ。僕は後ろに倒れ込み、自然とまぶたが閉じる。

 明日はもしかしたら動けないかもしれない・・・。ごめんエミリー。

 心のなかでそう呟いて、意識は遠のいた。


 だが、意識はすぐに戻った。いや、戻ったように思う。思うというのは目を覚ました場所が、右も左も上も下も真っ暗な世界だったからだ。


「これは夢・・・?」


 僕の記憶では確か、エヴァさんに監禁され、そこから抜け出そうとした直後で意識を失ったはず。それなのに、こんなところで意識を取り戻すわけがない。少なくとも檻の中か森の中、もしかしたら僕の体を村まで持っていってくれているかもれない。


「もしかして僕・・・死んだ?」


 死んだのは2回目だが、こんな場所の記憶はない。それを根拠に夢であると信じたいところだが、前回はたまたまこういう場所に来なかっただったかもしれない。


「セルオイア・ジョージ・ノーライア・・・」


 無限に続くような暗闇から声が聞こえた。僕は驚いてあたりを見回すと、ちょうど自分の後方に立っている枯れ木のような老人を見つけた。


「僕の本名・・・。父親しか知らないのに・・・・。あなたは一体誰?」

「私の2回目の生よ・・・。お前は忘れてしまったのか?」


 どうやら僕の疑問は無視されたようだ。いや、待て。2回目の生?


「あなたはもしかして・・・フィリップ?」

「お前は忘れてしまったのか!?」


老人は声を荒げながら僕の方へ近づいてくる。


「何を?」

「あの後悔を!未練をだ!」


老人は僕の肩を強引に掴んだ。


「痛い痛い痛い!」


老人とは思えないほどの力強さで握られた。あまりの痛みの老人を振りほどいた。


「忘れていない!あなたの未練を晴らすためにここまで来たんだ!」


 痛みでつい大声で叫んでしまった。僕が振りほどいた老人は地面に倒れ、うずくまっている。


「あ、あの・・・すみません・・・」

「お前は忘れてしまった・・・。私の後悔も・・・私は・・・結局忘れられたままだ・・・」

「あの、別に忘れてはいないですよ?ここに来た目的も魔術研鑽の環境づくりの一環で・・・」

「何を言ってる!違う!私を裏切った奴らに復讐するんだ!」

「え?」


フィリップは思わぬことを口にした。僕の記憶ではフィリップは自身の魔術を極められなかったと言っていた。だから、その未練を晴らすために・・・・。


「お前は私の記憶を持っているだろ!?ならなんであいつらに復讐しない!?」

「あいつら?」

「私を裏切った弟子!国王!そして私の作り上げた術を"魔術"と称して私から奪い取った全てのもの達にだ!」

「そんな・・・。1000年前ならあなたを裏切った者も当時の国王も死んでいる。魔術師はまぁいるけど僕も魔術師だし」

「お前・・・私の復讐をする気がないのか?もしかして完全には記憶を受け継いでいないのか?」

「どうやらそのようですね」

「じゃあ・・・じゃあどうして魔術を極めようとしてるんだ?」

「どうしてって・・・・」


 そこで僕は考える。どうして僕はこの老人のために魔術を極めようとしているのだろう?前世とはいえ別の人物。しかも1000年前なんてもう過去も過去。今更何かができるわけがない。たとえ、魔術を極めたとして、この老人の弔いになるだろうか?普通、魔術師なら"自分が"極めたいはず。それが魔術師としての常識だ。わざわざ僕がやる必要は無い。


「どうしてだろう?」


 僕はいつからフィリップの未練を晴らそうと考えたんだろうか。確かに、記憶があったからこそ今の自分の魔術を作り上げることが出来た。いわばフィリップは僕の師匠とも言える。


「あなたは復讐をしたかったんですか?」

「そうだ。私を裏切って、私の積み上げてきた物を奪い取った奴らを同じ目に合わせてやる」


 復讐。確かに僕の記憶の中のフィリップは裏切られて、失意の中でなくなった。復讐を望んでいてもおかしくはないかもしれない。だけど最後には、復讐を忘れて自身の不甲斐なさを悔いていたと僕は感じた。全く恨めしい気持ちがなかったとは言えないが・・・。


「復讐自体の良し悪しは置くとして、1000年経った今からできる復讐なんてたかが知れてますよ?それこそ挑戦するとしたら魔術を滅ぼすぐらい」

「何に復讐するかなんて関係ない。復讐こそが2回目の生を与えられた私の使命」

「使命か・・・」


 この世に全て理由があるという考え方がある。起こった事象は何らかの原因、あるいは望まれる結果を持つ。もし、フィリップの記憶が何らかの原因を持つものなら、それは一体なんだろう?復讐のため?


「いや、ないない。人の復讐なんて興味ない・・・。だったらなんでこんなに才能のない人間に引き継がれたんだ?僕よりもっと才能豊かな人間はいるはず」


 エミリーくらいの才能があっても魔術を滅ぼすなんてできるわけがない。僕程度だったらなおのこと不可能だ。


「お前は復讐を望んでいないのだな・・・?」

「はい」

「そうなったか・・・」


 老人はブツブツとつぶやき始めた。


「なるほど。2回目の生には復讐心は引き継がれなかったのか・・・。無念だが、それはそれでよかったのかもしれん」

「あの・・・大丈夫ですか?」

「お前は復讐しないというのだな?」

「今のところはする気はありませんが」

「じゃあ私の記憶を使って何をしたんだ?」

「何をって・・・。あなたが死ぬ前に感じたこと。魔術を極めたいという気持ちを引き継ごうと。でも、だめかもしれませんけど」

「どうしてだ?」

「僕に魔術の才能はありませんでした」

「才能は関係ない」

「関係ない?」

「ああ。私だって、魔術の才能は乏しい。お前の時代の魔術師とは比べられないくらい非力だ。だが、だからといって魔術を諦めることはしない。なぜだかわかるか?」


 僕は首を横に振った。


「私は初めて魔術を使った日のことが忘れられないからだ。あのときの興奮を。お前だってそうだろう?私の記憶の中から、復讐の気持ちではなく、魔術の研鑽を感じた。お前がそれを選び取ったんだ。なぜだかわかるか?」

「なぜって・・・。あ、」


 僕は思い出した。フィリップが初めて魔術を使ったときのことを。


「そっか思い出した。思い出した時、魔術の存在にワクワクしたんだ!思い出した!」


 理解した僕はとても晴れやかな気分になる。そしてその瞬間、黒い空間は青空と湖の美しい風景に変わった。目の前の枯れ木のような老人はいつの間にか立ち上がり、微笑みを持って僕を見つめていた。


「そうだ。私もお前も復讐なんて肩の凝るものを持ち続けられるほど頭が良くない。お前は未練を晴らそうとしたわけではない。私の記憶を利用したんだ」

「利用した・・・?」

「忘れるな。初めて魔術を使ったときのことを」


 そう言って老人はだんだんと透明になっていく。


「ちょっとまって!まだ聞きたいことが!」

「嬉しいぞ。私の知識を引き継いでくれるものがいる。それだけで私は満足だ。それが私の望みの一つ」


 そう言い残し、ついには老人は消えた。


「ちょっとまって!なんで魔力が扱いきれないのか教えてくれ!」

「教えてやってもいいが・・・知りたいか?」


 自分ひとりとなった空間に、老人の声だけが木霊する。


「いや!やっぱりいい!自分で考える!」

「それでこそ。私の弟子だ」


 顔は見えないが、おそらくフィリップは笑っているだろう。


 そして僕は檻の中で目を覚ました。目覚めて一番最初に思った。


「死んでなくてよかった・・・・」


 僕が慌てて体を起こすとそこにはエヴァさんの姿と、一部分が壊された檻。


「おはよう少年。いきなり閉じ込められたからってふて寝するのは子供っぽくないか?」


 エヴァさんが僕を見下ろしてそう言ってきた。


「いや、ふて寝じゃなくて魔力枯渇で気を失ってたっていうか、僕はまだ子供ですっていうか、いきなり閉じ込められたら普通に怖いですよ!」

「まぁまぁそういうな。もう朝だ。今日も洞窟探索に行って来い」


 僕はため息を付いた。良かった何日も眠っていたわけじゃないようだ。そう思って僕は立ち上がり、檻から出る。

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