第9話 魔術訓練

 食事とその片づけが終わると、僕とエイミーで簡単な連携訓練を行った。明日に備えて少しでもお互いの魔術について知っておきたかったからだ。

 僕もいくつかの魔術陣を描き、エイミーにはその内容を自由に使えるようにしてもらう。このほうが魔力を温存できるし、狭い洞窟の中ではある程度、力を抑えないと洞窟自体が崩れる可能性がある。


 「セオくんの魔法陣はすごいね!」


 エミリーは喜びと驚きの表情で僕を見る。エイミーは僕の魔術陣で、次々と新しい術をマスターしていった。エイミーは見たこともない魔術が自分の力で発現したことに驚いている。


「エミリーの力だよ」


 僕はエミリーにそういった。エミリーは嬉しそうにニッコリと笑った。

 実際、魔法陣があったとしても1日で何個も使えるようになることは無い。エミリーは本当に天才と呼べるかもしれない。


「さて、今日はこのくらいにしておこうか」


 エミリーが5つほど魔術を習得したタイミングで、僕がエイミーにそういった。


「え?まだできるよ?」

「本番は明日だから、今日は早めに寝て明日に備えよう。もし物足りなさを感じたならイメージトレーニングをしておくといい」

「わかった・・・」


 エイミーは悲しそうな表情をした。新しい魔術がどんどん使えるようになるのはだいぶ嬉しかったのだろう。だが、そういうときは注意が必要。嬉しさのあまり自分の限界を超えている事に気が付かない場合がある。

 エイミーは渋々自分の荷物を持ってエヴァさんとエイミーが泊まるテントに入っていった。僕はちょっと後片付けをしたいエイミーに告げて、この場に残る。日はすっかりと落ち空には満点の星が浮かんでいる。


「ふぅ・・・」


 僕はため息を夜空を見上げた。正直な感想を言えば、ちょっと安心した。正直僕一人では難しいかもしれないと不安だったが、エミリーの卓越した才能があればなんとかなる。というか、そこまで苦戦すらしないだろうと思う。


「調子はどうだ?」


 突然の声にびっくりして、声の方を振り向いた。そこにはエヴァさんがパイプを吹かしながら立っていた。


「おかげさまで。なんとか魔石を手に入れられそうです」

「お前のためじゃない」

「そりゃそうですよね・・・」


 まぁエヴァさんから見たら僕は知り合って間もない赤の他人だし、僕がどうなってもいいと思うのは当然か。


「そういう意味じゃない」


 エヴァさんは僕の心を読んで、僕の考えを否定した。


「お前なら一人でも簡単だったんじゃないのか」


 突然の言葉に僕は驚いた。


「と言っても僕の魔力量じゃあ・・・・」

「ああ、お前の今の魔術量はカスだ」

「これでもそのことは意外と気にしてるんですけど・・・」


 あけすけに言われると正直傷付く……。


「だが、いくら効率的に魔術を使っても、今のお前の魔力量では、第2魔術は使えるはずがない」

「はずがない・・・って実際に・・・」

「おそらくだが、お前は魔力量が少ないんじゃなくて使えていないんじゃないか?」

「使えていない・・・?」

「そもそもどうしてお前は自分の魔力が少ないと判断したんだ?正確に魔力量を図れるものなんてない」


 僕は前世の記憶を流用して魔術訓練を行っている。前世で掴んだコツをそのまま使用して魔術を行使していた。その結果、フィリップだった頃と比べて、明らかに魔力の放出が少ないためこの体では魔力量が少ないと仮定して、それでも使えるよう工夫を行っていた。

 だがもし・・・。もし、前世で掴んだコツが間違っていたなら?前世の魔術はフィリップ自身のもので、この体には合っていなかったら?もし、この体に適した魔術の使い方が見つかったなら?


「なにやら思い当たる事がある・・・という表情だな」

「い、いえ・・・確かに僕は何で魔力量が少ないと考えたんでしょうか」


 正確には何故、"この体に適した魔力運用"という可能性に気が付けなかったのか。


「さぁな。私はお前に対しては常に読心術を使っているが、半分ぐらい読めない時がある。まぁ読心術自体、考えのすべてが読めるというものではないが・・・」

「読めないもの中に、僕が無意識にレジストしているところがあると?」

「お前が無意識に行っているなら、私にはわかりようもない」


 そう言ってエヴァさんはパイプから煙を吸った。この人はクール系の美人だからこういう格好がよく似合うなぁ。


「よし。じゃあやるか」


 エヴァさんが突然そういった。


「やるって何を・・・?」


 エヴァさんの言葉を僕が理解する前に、エヴァさんは魔力を発動させた。僕の周りに棒状の土が地面から出現し、上は土の天井が蓋をして、僕を閉じ込める。その形はさながら・・・


「・・・檻」

「そうだ。お前を封じる檻だ。だいぶ手心を加えた檻だから、普通の魔術師なら抜け出すのは簡単。一定以上の魔力を流せば自壊するように作っている。それ以外の方法は跳ね返すから気を付けろよ」

「水で柔くしたり、火で溶かしたり・・・?」

「気を付けろ。魔術は反射する。純粋な魔力だけ受け入れる」


 なるほど、魔術で壊そうとしたら自分の使った魔術で怪我をするようになっているらしい。


「ちなみにこれ。出れなかったらどうなりますか?」

「どうもならない」

「どうもならないって・・・」

「一生そのままだ。この森の生き物たちと仲良くやるがいい」

「あの・・・解いてくれたりは?」

「必要か?」

「え?」

「本当に必要か?」

「そ、それは・・・」


 エヴァさんの言葉に僕は心は少し乱された。


「冗談だよ。どうしても出来なかったら解いてあげるよ」


 エヴァさんは笑いながらそう言うと、自分の寝床へ歩いて行った。

 僕はというと少々複雑な気分。個人的にこういった手ほどきというのはありがたい。エヴァさん程の魔術師の教えとなればそうそう受けられる話じゃない。だが、"簡単"、"出来なかったら解いてやる"という言葉は僕のなけなしのプライドを刺激した。


「我ながら子供っぽい・・・」


 とはいえ、できなかった場合、毛布も何もないこんな場所で一晩を過ごさなければならないというのは少々堪える。明日はエミリーと洞窟探索に行く予定なのに、寝不足で行ったらエミリーの足を引っ張ってしまう。


「ちょっと気合を入れないとなぁ・・・」


 今はこの檻を解くことに集中しよう。この土製の檻は魔術が練りこまれており、指定の攻撃以外は反射するらしい。こういった魔術は本で読んだことがあるが、実際に見るのは初めてだ。たしか本によると反射系の魔術は、攻撃を反射できる代わりに燃費が悪く、魔術の中では繊細なため、大出力の魔術には弱い。つまり、もしこの檻が本当に反射魔術が練りこまれたものならば、解除する方法は3つ。エヴァさんの言う通り、魔術を通してこの檻を解除するか、大出力の魔術で破壊してしまうか、朝まで待って開けてもらうか。


「3つめは屈辱だからそうなりたくないにしろ、他の方法はある程度の魔力が必要・・・か」


 僕にとってどんな魔術でも、魔法陣や魔法文字を使用しないものはリスクだった。どれぐらい魔力を持っていかれるかわからないので一気に枯渇し、数日は歩けなくなる可能性がある。とはいえ、僕の魔力を絞り出すために作った檻。本意に沿うならば僕はエヴァさんの方法で抜け出すのが一番だろう。


「とりあえずやってみないと」


 僕は檻を両手で掴んで魔力を流し込む。すると檻がすこし柔らかくなったと感じる。


「よし・・・」


 僕はそのことを確認するともっと魔力を注ぎ込む。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 自分の持てる魔力のほとんどを使用した。だが、檻はびくともしない。


「これでは駄目か」

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