第8話 歓談
僕が3人分の肉を焼いた後、エヴァさんとエイミーのもとへ戻ると、すでに何品か料理が出来上がっていた。エイミーは慣れた手付きで次々と作業を進めている。僕がその光景に驚いていると、エイミーが僕の存在に気が付き、笑顔を浮かべる。
「あ、お肉焼いてきてくれてありがとう。私はもうしばらくかかるからもうちょっと待ってて」
エイミーはそう言うと自分の作業に戻った。僕は焼いてきた肉をまな板と包丁でスライスし、3っつの皿に盛り付けた。
その後はエイミーを手伝おうと思ったが、料理に集中しているエイミーの横顔を見て、かえって邪魔になりそうだと判断し、エヴァさんが魔術で作った机と椅子に座った。そこには酒を呑んで眺めているだけのエヴァさんもいる。
「おお、少年。ご苦労だったな」
「まさか旅の途中で、こんなにもちゃんとした料理が食べられるとは思いませんでしたよ」
「そうだろうそうだろう。私に感謝するんだな」
「こればっかりはそうですね」
「ふん。小憎たらしい言い方だな。貴族ってみんなそうなのか?」
「大体10才前後になると、このような言葉遣いになります」
「肩がこりそうだな」
そういってエヴァさんはグラスを傾けた。この人の魔術師としての腕前はかなり高い。低く見積もっても上位ランク、もしかしたら最高位に匹敵するほどかもしれない。
「あなた程の実力があれば、貴族に召し抱えられてもおかしくないと思いますが」
僕は疑問に思ったことを口にした。
「美貌もだろ。ペットになるのはゴメンだね」
エヴァさんは忌々しげにつぶやいた。どうやら反権力というか、貴族自体をよく思っていないらしい。エヴァさんは煙管を取り出し火を点ける。
「確かにあなたは美しいですが、それより実力の方を重宝されるのでは?」
「お前、世辞の使い方が子供っぽくないな」
エヴァさんがそう言うと、煙管の吸口に口をつけ紫煙を吸った。
「10才になれば分別もついてくるものです」
「貴族のガキにしとくにゃもったいないかもな」
「貴族でなかったら、弟子にしてもらえますか?」
「私は弟子は取らない主義なんだ」
「じゃあ、エイミーは・・・?」
「成り行きだ。まさか魔術の才能があるとは思っていなかったが」
「もしかして、身の回りの世話をさせるために奴隷として?」
「買っちゃいない。あんな下品なシステムは嫌いだ。押し付けられたんだ。今では重宝してるがな」
「なるほど」
この国には奴隷制度がある。借金が返せなくなった人が子供を差し出したり、子供が多い家庭が口減らしを兼ねて奴隷商人に売ったりする。奴隷は大きな村や街に必ず存在し、農村の手伝いや、人手がほしい家の家事、美人なら体を売らせたりする。ただ、奴隷と言っても国家のシステムとして組み込まれているため、むやみに傷つけてはならないという法がある。もちろん役人の目の届かない部分で迫害を受ける場合もあるが、大抵の場合は、衣食住は約束され、少ないながらも賃金が出る。それ以外にも魔術師なら、自身の魔術を継承する相手として、素養のある子どもを買って育てることもある。エヴァさんはその気がないようだが。
僕が考え事をしていると、エヴァさんが僕の顔を覗き込み、意地悪そうな顔を浮かべた。
「さて、お前も聞きたいことは聞いただろ?代わりにお前がどうやってノーライアウルフを追い払ったか知りたい」
僕が洞窟内で出会った四足歩行の生物は確かにノーライアウルフという魔物に似ていた。だが・・・。
「あれがノーライアウルフかどうかは・・・」
「そこは重要じゃない」
ノーライアウルフとはノーライア地方に生息する狼型の魔獣。魔力を有した黒い体毛が特徴で、昼間は洞窟内に身を潜め、夜は闇に乗じて狩りを行う。素早い動きと鋭い牙により、毎年多くの人々が被害に遭っている。魔物としては強い方ではなく、魔術に精通したものなら苦戦はしない。だが、魔術師見習いが倒せるような魔物ではない。
「それを聞きたくて、僕の質問に答えてたんですか」
「ああ。魔術師は自分の魔術を隠す。普通に聞いても教えてくれないだろうからな。どう見てもお前の体格と魔力量でどうにかなる相手じゃない」
僕は、なるほどと言って自分のポーチに手を伸ばした。そしてその中からスリングショットと玉を数個取り出して、机の上に乗せる。どうせ隠すほどの魔術ではない。
「大した事じゃないですが、あいつらを追い払ったのはこれです」
「これはスリングショットか。まぁ弓よりは力がいらないかもな。ん?魔術文字が彫ってあるな。これは風か。しかしこんな組み方初めて見る」
「一目見ただけでそこまでわかるんですね。これは風の魔術で飛ばした玉を誘導と加速させるためのものです」
「なるほど。魔術文字の組み方は上手いな。変わったやり方だが」
「弱い魔術で対抗するにはたくさん工夫しなければならなかったですし、基本独学ですので。あと、一応玉にも魔術文字を彫ってあります」
なるほどと言いながらエヴァさんは玉をつまんで持ち上げる。
「これは封印魔術か。その年で封印魔術も使えるのか。中に入ってるのは・・・雷だと!?」
面白がっていたエヴァさんの表情が、驚愕へと変わる。
「中に火や風、雷などの魔術を封印。その封印魔術は着弾時、玉が潰れて文字が崩れることで封印が解ける仕組みに・・・」
「いやいやいや!その年で雷を使える魔術師なんて聞いたことないぞ!」
魔術には基本魔術と特殊魔術がある。基本魔術は火、土、風、水があり、大体の魔術師はこの4属性を使う。また、基本魔術では分類できない魔術を特殊魔術と呼び、操魔術や封印魔術がこれに該当する。特殊魔術は基本魔術とは違い、特別な素養がなければ使えず、使えるものもその人によって様々だ。エヴァさんが行っていた読心術は操魔術をさらに極めたもので、これは誰もが使える類のものではない。
「雷は必要にかられて訓練しました。といっても出力は大したことないですが」
基本魔術には、一つ上の段階があり、"第2魔術"、"セカンド"などで呼ばれる。雷はこの第2魔術の一つ。基本魔術より、難易度は高く、成人した魔術師でも到達していない人間もいる。
「その年齢で、第2魔術に到達したということが珍しい」
「でも、子供でも魔術学校生なら使える人もいるそうですよ」
「使えても学校後半、もしくは卒業後に訓練してやっと使えるようになる代物だ」
「僕が弓やスリングショット、投石などを魔術的に強化しようと考えたとき、一番最初に思いついたのがこれです。そして、この魔術に相性が良い魔術が雷だと思ったので、集中して覚えました。もちろん苦労はしましたよ」
エヴァさんは持ち上げていたスリングショットの玉を机に置き、僕の目を見た。
「なるほど。ただの少年ではないということか」
「ただの少年ですよ。生まれが貴族なだけの」
「ふん。少なくとも普通の少年たちより生意気ではある」
エヴァさんはそう言ってまたワインに口を付けた。
「ところで、もう一つ聞きたいことがあるんですが・・・」
僕がそう口に出すとエヴァさんは即答する。
「だめだ。もう私から聞きたいことはない」
思わず苦い笑みを浮かべてしまった。僕の事を信用してくれてないんだなと感じる。出会ったばかりなので当然と言えば当然。しかし、自分の手持ちの素材を分け与えたり、料理の一部を作らせたりするあたりはどういうつもりなんだろうか。僕が毒を振ってたらどうするつもりなんだろう。ちょっとやってみようかな。
「お待たせ!師匠、セオくん」
僕が考え事をしているうちにエイミーが料理を完成したようだ。エイミーが机の上に料理の乗った皿を並べていく。
「運ぶの手伝うよ」
「ありがとう」
僕が席を立ち配膳を手伝う。新鮮なサラダや豆とトマトのスープ、温めたパンなどどれも見ているだけでよだれが止まらない。あらかた料理を並べ終わったら、3人は席についた。
「さぁ食べよう」
エヴァさんのその一言で食事がスタートする。
「おいしい」
僕の口から思わず言葉がこぼれた。見た目からしておいしそうな料理の数々は見た目以上においしく感じられた。僕が急いで料理を頬張っている様子を見て、エイミーはぱっと笑顔になり、楽しそうに料理に手を伸ばしている。
「おいしいだろう。エイミーの料理は」
エヴァさんはとても自慢げだ。
「本当においしいです」
「そんな!普通だよ!」
エイミーは口では否定していたが、まんざらではない様子だ。
「すごいだろ?これでも私は全く教えてない」
「でしょうね」
「なんだお前。私が料理できないとか思ってるんじゃないだろうな」
「できるんですか?」
「できるわけないだろ!バカかお前!」
「一体なににキレたんですか?」
僕があきれ顔でエヴァさんの顔を見る。その様子見てエイミーが笑い声を漏らす。
「セオくん。師匠とあっという間に仲良くなったね」
「そうかな?」
第一印象は怖い人だったが、たしかに今では先ほどより話しかけやすい気がする。エヴァさんがあえて壁を感じられない言葉遣いを行い、僕が過度に緊張しない様にしているのかもしれない。そう考えると、必要以上に上から目線で話してくる理由も納得できる。なるほど、エヴァさんは実は気を使ってくれているのだろう。
「エヴァさんって、実は優しいですね」
僕が唐突にお礼を告げると、エヴァさんはあきれ顔になった。
「お前、私が一番言われたくない科白を選んで言っただろ。なめてんのか」
「かなり正直な感想なんですけど」
「ムカつく評価ありがとう」
エヴァさんが忌々しそうにそう言ってワインを呑む。僕はその様子に苦笑いを浮かべて、目の前の料理に目を落とす。
シャキシャキのレタスや小さな野菜を盛り付けたサラダは彩りにトマトが乗せてある。特製のドレッシングの味も絶妙。この体はまだ苦手な食べ物が何個かあるし、野菜も苦手だがこれならいくらでも食べれると思えるほどおいしい。トマトをふんだんに使用したトマトスープも塩や胡椒の加減が絶妙で、焚き木で温めた外側はカリカリ、中はモチモチのパンと相性は抜群。正直、おいしい以外の言葉を忘れるほどだった。
「セオくんが焼いてくれたお肉、焼き加減が絶妙だね」
「エイミーの料理に比べたら、全く大したことないよ。というかエイミーに料理美味しい。美味しすぎる」
「そうだろそうだろ?」
「なんで、エヴァさんが自慢げなんですか・・・」
「そりゃ自分ちの子が褒められたら嬉しくなるだろう?」
「2人ともありがとう」
エミリーは心底嬉しそうだ。3人はしばらくの間、会話をしながら料理を食べていたが、突然、エヴァさんが思い出したように言った。
「あ、そうだ。お前ら。明日は2人で洞窟に行け」
「え?」
エイミーは突然の言葉にきょとんとした顔をした。僕も同じ表情だろう。
「なんでそんな顔してるんだ?別に難しい話じゃないだろ?」
エヴァさんはそう言ってワインを呑んでグラスを空にした。そしてまた、グラスにワインを注ぐ。
突然の言葉に数秒間、沈黙が流れる。その後僕はハッっと正気を取り戻し、改めて思考を始める。僕としてはエヴァさんの話はありがたいかもしれない。僕は魔力が少ないのでどうしても行動が制限される。それが、エイミーという魔術師がいることで魔物が出てきても採れる選択肢は増えるかもしれない。そうなれば、魔石の獲得がグッと簡単になる。ただ、エイミーの実力がどのようなものかわからない点は不安要素ではある。どのような状況でも”僕が守る”と断言できるほどの実力があればよかったのだが・・・。
「その点は気にするな。エイミーは自分の身は自分で守れる。ただ、状況判断という点で経験不足なだけだ」
エヴァさんは僕の心を読んでそう言ってきた。エヴァさんのこの言葉が事実なら、この申し出は僕にとってとてもありがたいものだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
「よろしい。エイミーもいいな?」
「あ!は、はい!」
「エイミー。一つだけ覚えておけ。この男の魔力はカス同然。襲われたら魔術で吹き飛ばせ」
エヴァさんは至って真剣な顔でエイミーにそう言った。
「え?それってどういう・・・?」
「大丈夫だよ。エイミー。そんなことにはならないから」
首をかしげているエイミーに僕はそう言った。というかこの人、10歳児相手に何言ってんだ?
「え?え?どういうこと?なんで、セオくんが私を襲うの?」
エイミーは事態を飲み込めていないようすだ。
「さて、私は腹も膨れたし今から寝る。片づけを頼む。それと、2人とも今日のうちに、お互いの自分に魔術について話しておけ」
「はい」
「わかりました」
エヴァさんはそう言って机を離れた。そして魔術で土の家を作り出すとその中に入っていった。汚れた食器だけを残してさっさと引きこもっていった。それを見てエイミーは苦笑いした。
「とりあえず・・・片づけよっか」
僕は頷いて席を立った。
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