第6話 魔術見習いの少女エイミー
どのような場所で、誰と出会うかは予想できないこともある。たまたま酒場で意気投合した人物が親友になったり、退屈なパーティで話が弾んだ人物が権力者だったり。
それらの可能性を考慮しても、今回の出会いは驚きだった。まさか、何年も放置された洞窟の中にたまたま同じ日に入り込む人がいて、中でばったり出会ってしまうなんて。しかもそれが年齢の同じくらいの女の子だとは。なんというかちょっとした運命みたいなものを感じる。恋愛という色っぽい話な抜きにしても。
僕と少女は話し合いの結果、一旦外に出ることで了解がとれた。僕らは焦らず洞窟を出口の方に進んだ。お互い一言も喋らない。そして、何事もなく洞窟から脱出完了。太陽は真上を過ぎていた。
「はじめまして。私はエミリー。エミリー・トーマスと申します。危ないところを助けてもらってありがとうございます」
洞窟の中で出会った少女は、その洞窟を出ると真っ先にそういった。見た目の年は僕と同じくらいで10才前後、身長は僕よりすこし低い。栗色の髪とつぶらな瞳の少女だった。その少女がおさげを揺らして僕に頭を下げて、自己紹介とお礼を言ってきた。僕の第一印象は”何故こんな少女がこんな洞窟に?”という疑問だった。
「僕の名前はセオ・ノーライア。セオとお呼びください。どうぞ頭をお上げください」
少女は僕の言葉で頭を上げて、僕の姿を頭から足先まで見る。そして不思議そうな顔を浮かべている。彼女の疑問はおそらく"何故こんな少年がこんな洞窟に?"というものかもしれない。
「エミリー様、おゲガはございませんか?」
実は僕は、曲がりなりにも爵位を持つ家の子供であるため、初対面の人には年齢関係なくこんな仰々しい挨拶をするようにしている。それは貴族の体面でもあり、また、相手の身分がわからない以上このようにしておいたほうが無難だからだ。
「様!?様なんて私!?あ、いえ!怪我はありません!」
エミリーという少女はあからさまに動揺していた。前後の文脈から考えて、おそらく"様"付けされることに慣れていないのだろう。ということはこの子は貴族の令嬢ではない可能性が高い。初対面でとてもキッチリした言葉遣いでお礼を言ってきたので、念の為こちらの言葉遣いも気をつけたのだが、そもそも身分のある家の子供が一人でこんな洞窟にいるというのは意味不明だ。
「あの・・・あなたも・・・お怪我はありませんか?」
「ああ、セオでいいですよ。僕はこの通り、ピンピンしています」
エミリーの服は、そこまで設えが良いとは言えないので、おそらくどこかの令嬢というわけでもなさそうなので、こちらもちょっと砕けた言葉遣いをする。正直、仰々しい言葉遣いは肩がこる。
「よかったです!」
エミリーは心底ほっとした表情を浮かべた。
「ところでエミリー様は・・・」
「あの!"様"とかはいらないです。背中が痒くなっちゃう。あと敬語も必要ないです!」
「なるほど、じゃあ僕にも様や敬語はいらないですよ」
「え?そ、それは・・・」
エミリーはもじもじしている。引っ込み思案なのか、そもそも敬語抜きで話す機会がないのか。僕もこの姿になってからは敬語以外で話すことは殆どない。屋敷の侍女にも基本的には敬語で話しているし、交流のある同年代は基本的に身分が僕より上。なので僕も実は敬語抜きで話せる相手というのはちょっとドキドキしている。
「わかりました、あ、いえ、わかった。セオ・・・さん・・・くん」
「ありがとう。エミリー。それで、どうしてこんな洞窟に入っていたの?」
「それは、この洞窟にある魔石を取ってくるように師匠に言われているからです」
「です?」
「い、言われているから」
僕がちょっとした悪戯心でエミリーの語彙を指摘すると、エミリーはちょっと恥ずかしそうに訂正した。なんかかわいいな。こういう素朴な子は最近会ってない気がする。ともあれ、師匠に言われたってことは、この子は10才にして弟子入りしているのか。
「その年で弟子入りなんてすごいね」
「いえ!そんなことは・・・。セオくんも私とおんなじ年ぐらいなのに魔物を追い払えるなんて!」
「たまたま運が良かっただけだよ」
「でもあんな状態で助けようとしてくれた。私だったら逃げ出してる」
エミリーは心底嬉しそうな笑顔で僕の顔を見てくる。僕は思わずたじろいでしまった。こんな純真無垢ともいえる笑顔があっていいのか。最近の若い子はみんな顔は笑顔でも、内面には一物持つような子ばかりじゃないのか?僕の周りだけそうなのか?
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
僕が内心の動揺を隠しながら話をしていると僕らに声をかける人間がいた。
「おい。エミリー。魔石じゃなくてボーイフレンドを捕まえてどうするつもりだ?」
僕とエミリーが声の方を向く。そこには身長170cmは優に超える女性がこちらをにらんでいた。大きく野暮ったい三角帽子をかぶり、長いローブを肩に羽織り、その下には白いブラウスとすらっと伸びる黒いボトム。右手には大きな杖、左手には長いキセルを持ち、口から紫煙を吐いている。
「師匠!ボーイフレンドじゃないです!洞窟内で助けてもらったんです!」
「ふーん?」
女性はエミリーの言葉を聞いて、なおさら不機嫌そうに僕を見下ろす。
「同年代の少年に助けられるなんて、少々私の鍛え方が甘かったかな」
「セオくん!すごかったですよ!オオカミみたいなやつを2匹も追い払いました!」
「つまりこいつも含めてオオカミは3匹か」
「どういうことですか?師匠?」
どうやらこの女性はあからさまに僕の事を嫌悪しているようだ。ともかく、挨拶だけはちゃんとしなければ。
「あの、僕はセオ・ノーライアと申します」
僕は自分の名前だけを言って頭を下げる。その様子を見てその女性は興味深く眺める。
「"ノーライア"ということはノーライア家の者か。フルネームを名乗らないとはいい度胸だ」
「これでも魔術師志望なので」
魔術師同士には、古くから行われる慣例がある。それは家族であっても信頼のおけない相手には自分のフルネームを明かさないというもの。フルネームとは別に、名乗る名前を用意しておくというもの。魔術には"呪い"を司る魔術師がおり、その者たちが手っ取り早く呪いをかける方法として用いられるのがフルネームだからである。フルネームさえあれば国の端と端にいても、影響を及ぼすことができるので、一度"呪い"の条件を満たしてしまえば解除の方法はほとんどない。とはいえ、そんな"呪い"では精々腹を下す程度の呪いしかならないので、”念とためやっといたほうがいい”程度でしかない。
「え?フルネームって言わない方がいいんですか!?ていうかセオくんもフルネームじゃなかったの!?」
僕と女性との会話を聞いて、エミリーが動揺しだす。そのエミリーを見て女性がため息をついて諭す。
「エミリー。落ち着け。この少年は魔術師の貴族だ。貴族は災い除けにミドルネームを付けるのが通例となっているが、この少年はそれを名乗っていない」
「え?え?セオくんって貴族なの!?私そんな人に"くん"付けで、しかも砕けた言葉遣いしちゃった!」
それでもエミリーの動揺は止まらなかった。おろおろとする姿はかわいかったが、同時に少し可哀そうな気がする。僕の方がそういう言葉遣いを望んだのに。
「エミリー落ち着け!」
女性はエミリーを一喝する。
「いいか。こいつが誰であってもこの程度のことで目くじらを立てる詰まらない男なら、私がこいつを家ごと滅ぼしてやる。私はお前の師匠エヴァ・トーマスだぞ。できないことはない」
「師匠!ありがとうございます!大好き!」
「やれやれ・・・」
エミリーが女性に抱き着き、女性はエミリーの頭を撫でている。エミリーの事は一段落ついた。
「ん?でも師匠。師匠もフルネームじゃないんですか?」
「そこに気が付いてしまったか・・・」
僕は仲睦まじい師弟愛溢れる風景を眺めて心癒されてはいるものの、完全に声をかけるタイミングを失って、若干の居づらさをも感じる。
「おい。そこの少年」
「はい!」
不意に声をかけられたので驚いて声が上ずってしまった。
「威嚇して悪かったな。エミリーを助けてくれたこと、礼を言う」
尊大な態度の魔術師は、僕にそう言った。
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