第5話 今生初めての洞窟攻略 -2-
スリングショットから勢いよく玉が発射され、スライムに向かって飛んでいく。
本来、僕の腕前では10メートル先の物に着弾させるというのは難しい。調子の良い時しか成功しない。視覚に頼れない暗い洞窟ならなおさらだ。
そこで、下手くそな僕でも目標に当てられるよう、魔術でどうにかできないか考えたのがこのスリングショット。スリングショットの魔術文字に魔力を通すと風の魔術が発現し、弾道補正を行うような仕掛けがある。それによって、玉は目標にめがけてまっすぐ飛び、強い横風などの外的要因がなければ、ある程度離れた距離でも高い精度で目標を射抜くことができる。さらに、追い風の魔術を使って、玉を加速し、打撃力や貫通力を高めている。また、スリングショットだけでなく、玉にもちょっとした仕掛けがある。
「当たったかな?」
蛇の知覚を使用しスライムの様子を確認すると体が飛び散っているようだ。スライムは核が傷つかない限り、いくら飛び散っても大したダメージはない。
僕はゆっくりと立ち上がり、警戒しながらスライムへと近づいた。ある程度近づいてもスライムは動かない。そこで蛇との感覚共有を解除して、蛇を再びフードの中に入れた。そして松明に火をつけて、スライムの状況を確認する。
スライムは体がはじけた状態で、ピクピクと体を震わせていた。体からはわずかながら蒸気が上っている。
「よし、玉の方も成功」
スライムに命中させたスリングショットに彫り込まれた魔術のほかに、玉に雷の魔術を詰め込んでおり、それが着弾と同時に解放されるように仕込んでいた。込めた雷の魔術自体はとても小さなものだが、スライムに対しては行動を止める程度にはなる。実際、今回のスライムも体が自由に動かず、元の形に戻ることができていない。
「でも、このスライムはどうしよう。死にはしないだろうけど・・・」
まだ死んでいないので、帰りに襲われるかもしれない。それを考えるとこのまま放っておくわけにもいかないし・・・。
色々考えた結果、とりあえず埋めておこうと思い、土魔術で穴を掘り、スライムを入れ、蓋をした。スライムが呼吸をするかはわからなかったが、念のため空気穴を開ける。
「帰りに蓋は退かすから、ちょっと待っててね」
そうつぶやくと立ち上がって、洞窟の奥の気配を探ったが特に何かがいるような気配はない。このスライムは本当に一匹でこの洞窟にいたようだ。もしかしたら迷い込んだだけなのかもしれない。ともあれ、洞窟の奥へとさらに進んでいく。
10分ほど歩くと水の音が聞こえてくる。
「水の音だ!」
僕はつい嬉しくなった。下調べの段階でこの洞窟の全体像は頭に入れている。この洞窟は当時の村人が掘ったのだが、途中で鍾乳洞にぶつかっている。資料によれば鍾乳洞にぶつかってあと、少し進めば魔石のある採掘場に到達でいると記載してあった。つまり鍾乳洞にぶつかってしまえば、もう少しで目的のものが手に入るということ。
僕は逸る気持ちを抑えながら、慎重に水の音がする方へ歩く。
しばらく歩くと鍾乳洞は見つかった。村人の掘った穴から鍾乳洞を覗き見る。松明の炎という赤く、日の光よりはるかに暗い光であっても鍾乳洞は今までとは比べ物にならないくらいの足場の悪さが見てとれた。ひんやりとした肌触りと、高い湿度、そして、足元が濡れることを考えるとできるだけ早く抜けた方がいいだろう。その上、ここは常に水の音がするので、音による気配を感じにくい。先ほどのスライムみたいにこちらが先に見つけるというのはとても難しい。
「まぁとりあえず、ここまで来たし、今回は無理せず一回キャンプに戻ろうかな」
声は洞窟内を木霊した。ここでは小さい声でも反響して洞窟内を駆け巡る。独り言も気軽に呟けないなと内心がっかりした。
「きゃぁぁぁ!」
その時、洞窟内に悲鳴が響いた。声は何度も反響する。
一体何が?突然のことで内心では取り乱したが、すぐに自分を落ち着かせて、持っていた松明の炎を足元にある水で消し、フードの中から蛇を読んで感覚共有をかける。そして遠くから迫る"声の正体"を探る。
「これは・・・まさか・・・人?」
熱元は3つ。二足歩行1つと四足歩行2つ。二足歩行の生物が、四足歩行の生物に追われているようにも見える。それにさっきの甲高い叫び声。今ある情報だけで、判断すると人間が魔物に追われていると推察はできる。だが、こんなところに人間?僕も人のことを言えないが、こんな長い間放棄されていた洞窟に人間がいるのは不自然だ。魔物同士の縄張り争い、もしくは、魔物が偽装して僕という獲物を狩るための罠・・・ないか、こんなところでそんなことをする必要があるとは思えない。
いや、今はそんなことを考えている時間はない。そういうことは助けてから考えよう。
僕はポーチからスリングショットを取り出す。目標は四足歩行の生物が2つ。その生物の種類はわからないがもし魔物だったらなら、正攻法で僕に勝機はない。
「だけど先手を取れれば勝てる」
その生物は今、魔物を追って走っている状態。つまりスキを突くチャンスはあるということ。勝てる根拠があるわけではない。もし失敗すれば、叫びながら逃げている人間と僕、二人共がただの餌になってしまう。だが、今はやるしかない。僕はできる限り素早く、スリングショットに魔力を流し玉をつがえる。そして深呼吸を2回。
「シッ!」
そして玉を打ち出す。弾は風の魔術で誘導され、二足歩行生物を掠めた後、吸い込まれるように熱源の一つに突撃する。
「ギャン!」
玉は見事命中。そして悲痛な叫び声をあげながらその生物は吹き飛ぶ。突然の出来事に、残り2つの熱源も驚きで足を止めた。
「え?」
人間の声が聞こえる。やはり人間、しかも少女のようだ。
「足を止めないで!走り抜けて!」
僕がそう叫ぶと、今度はその叫び声に驚き委縮している。無理もないか。突然、暗闇でこんなふうに声をかけられたら僕だってそうなる。
僕は蛇との感覚共有を解除して、蛇をフードに滑り込ませ、次に少女(仮)の元へ走り出す。それと同時に液体の入った容器をポーチを取り出しながら、少女の脇をすり抜ける。
そのタイミングで、四足歩行の生物がこちらを認識し、襲い掛かってくる。僕は液体の入った容器の蓋を開けて生物に投げる。続けて液体のこぼれるその容器に向かって魔術を使う。
「火よ!」
容器に入っていたのは油。使用した火の魔術に油が引火し、一時的に大きな炎が立ち上る。炎の明かりは太陽の下では弱いが、洞窟の暗闇に目が慣れている生物にとっては衝撃的なくらい明るい。大きな炎となればなおさらだ。生物はその炎に驚いて、再び足を止めた。そしてその時点で生物は僕の姿を見失った。僕はその瞬間を見逃さない様に、ポーチからナイフを取り出し、ナイフに彫り込まれた魔術文字に魔力を流す。ナイフの刀身はわずかに赤く光り、そのナイフを生物の首元であろう場所に突き刺した。
瞬間、ごわごわとした毛皮とぬるっとした生暖かい液体を感じる。
「ギャン・・・」
生物は叫び声をあげてのけぞる。セオは次の瞬間のけぞる生物を感じ、ナイフから手を離し生物の背を向けて走り出した。
「走って!」
少女(?)に向かって叫んだ。相変わらず少女はわけもわからず立ちすくんでいる。僕はそのことを確認すると、少女(?)の手首をつかんだ。
「洞窟から出るからついてきて!」
その言葉を聞いて少女の足に力が戻る。セオは魔術で火を作り出すと、その明かりを頼りに今まで来た道を走った。か細い火の明かりしか頼りがないが、一度来た道なのでどういった足場の場所なのかは理解している。しばらく走ったところで体力が続かず、足が止まった。
「ちょ!ちょっと待って!」
少女が息絶え絶えになんとかそうつぶやくと、僕は足を止めた。
「はぁはぁ。ご、ごめん」
蛇の知覚で得たこの少女の背丈、声、腕を握ったときの感覚でこの少女が今の自分と同じ年齢であると推察する。ならば、走りっぱなしはきついのはわかる。第一僕自身も限界に近い。だが、後ろから先ほどの生物が襲ってきているかもしれない。一刻も早く洞窟を出たいというのも本心だった。
僕は再びフードから蛇を呼びだして感覚共有の魔術を使用する。そして今は走ってきた道の方へ蛇の知覚を伸ばしていく。
「・・・大丈夫そうかな」
後方から先程の生物が襲ってきていないことを確認すると、僕は深呼吸をしてできるだけ早く呼吸を通常に戻そうとする。
「とりあえず、ちょっと休憩したら洞窟の外へ出よう」
僕がそう少女に提案する。
「ハァ・・・ハァ・・・わかりました・・・」
少女は乱れた息のままそう返事をした。
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