第4話 今生初めての洞窟攻略 -1-
蛇を捕まえたことに浮かれながら土壁の中に閉じこもり、1日目は終了した。土壁の中は屋敷ほど快適とは言い難いが、それなりに安心して眠れた。
2日目はいよいよ、洞窟探検を開始する。目を覚ますと顔を洗い、簡単な食事を済ませた。そして、準備体操を行った後、フード付きのローブを着込む。ナイフや簡単な武器のようなものを簡単なものをポーチに入れ、村で買った松明を持ち洞窟の方へ向かう。首元からは昨日捕まえた蛇が顔をのぞかせていた。
この蛇には操魔術という特別な術を使用している。動物や魔力を持たない魔物を意のままに操れるようになる魔術だ。操魔術の難易度は、動物の持つ知能と魔術師との相性によって変わり、動物の知能が高い程、難易度が高い傾向にある。僕は今回、運がよく操魔術で蛇を扱うことができるようになったが、難易度の低い小さい動物であっても相性によってはできないことがある。その相性は、種族に起因するのか、個体に起因することなのかもはっきりとはわかっていない。
ともあれ、僕は幸運なことに操魔術が成功した。操魔術師の残した文献によると、蛇は視覚に依らない感知ができると書かれていた。真っ暗闇でも生物の場所を正確に把握できる器官が備わっており、熟練の操魔術師は、洞窟探索に行く際は、好んで連れて行くらしい。そういう知覚を持っている蛇かどうかは操魔術してみるまで分からなかったが、今回捕まえた蛇は幸運なことにその知覚をもっていた。とても心強い味方ができた。
ともあれ、探索自体は松明で洞窟内を照らしながら調べていくので、この蛇には休んでいてもらう。活躍の場は魔物と遭遇したときだ。
僕は蛇をフードの中に隠した。そして洞窟の入口まで移動すると、まずは洞窟の中を観察する。
「風の音はする。動くような音は・・・聞こえない」
とりあえず現状の安全を確認すると、松明に魔術を使う。
「火よ」
魔術によって松明に火がともる。
「よし、行こう」
そういって洞窟の中に足を踏み入れる。洞窟内はひんやりと肌寒い気温と、すこし湿気を帯びた空気がゆるやかに流れてる。とりあえず30歩程度洞窟内に進みいったん止まる。
30歩歩いた感じ、地面はしっかりしているため歩きやすい。じめじめとした空気もそこまで気にならない。下調べ段階では、洞窟の現状がどうなっているかまではわからなかったが、これならいけそうだ。そう思うと嬉しくなった。探検というのは前世のフィリップも、今の僕も大好きだ。ワクワクする。
しばらく足を止めていたが、ようやく目が暗闇に慣れていきたようなので、引き続き洞窟の奥へと足を進める。調査書や村の話で知っていた通り、洞窟はほぼ一本道になっていた。事前に仕入れた情報通りだったことに胸をなでおろす。ここまでは予想通り。
今の自分は力も弱いし、魔術的な能力も低いため、突発の出来事に対応する自信がない。だからこそ準備はしっかり行ったし、安全だと思う場所を選んだ。とはいえ本来、単身で洞窟内にはいるなんて、すべきではない。何が起こるかわからないから気を抜いては駄目だ。そう思って、気を引き締め直した。
それから歩き出して20分ほど経った時、ふと前方に気配を感じた。僕は慌てて松明の火を消し、洞窟の壁際に体を寄せる。そして、前方を注意深く探る。
ベチャ、ベチャ・・・。
不思議な物音を感じるが真っ暗な洞窟の中なので、一体何がいるのかわからない。
「よし。ちょっと試してみよう」
首元と潜ませていた蛇を呼ぶと、フードの中から蛇が出てきた。
「操魔術、感覚共有」
操魔術には、大きく分けて2つの考え方がある。一つは操った生物を完全に操り、敵を排除したり、トラップを解除したりする方法。自分の小さな分身として扱う方法。もう一つは生物と精神を同化し、乗り移ったり、感覚器官を共有したりすることができる。僕が今回行ったのは後者の方。
「よし。これで暗闇でもよく見える」
感覚共有はうまく言ったようだ。どうやらこの蛇との相性は良いようだ。偶然出会った蛇が自分が欲しかった能力を兼ね備え、かつ相性が良い。なんという幸運だと神に感謝した。
「これでオッケー。さて・・・」
僕は蛇の知覚を使って気配の正体を探った。すると前方10メートルもない場所にブヨブヨと変形する70cmほどの物体がある。その物体は動物のようでもあり、液体のようでもある存在。僕はこの物体の正体がわからなかった。が、しばらく考え込んでピンときた。
「これはスライムかな」
スライムとはジェル状の体を持つ魔物で、体の形を自由に変えながら生活するとてもユニークな生き物。一般的な個体は、体の組織は90%ほどが水分で構成されており、斬撃や打撃に高い耐性を持つ。その上、この生物は食べるところがあまりなく、素材としてもほとんどつ活用できないので、剣や拳に頼る冒険者は戦闘を避ける。ただ、一部のスライムを除けば魔術に対する耐性がほとんどないため、魔術師を連れていれば簡単に倒すことはできる。だからといって弱い部類の生物かといえばそうではなく、特にスライムの群れと戦うときは、壁に登って上から落ちてきたり、どこからともなく跳ねて接近されたりと、全く油断ならない生物でもある。その理由も含めて、スライムはとても不人気な生物なのである。
「どうやらあのスライムは一匹しかいないみたい。とはいえ、殺すのは気が引ける」
殺しても食べられないし。だけど、いなくなるのを待っていたらいくら時間があっても足りなくなる。基本一本道の洞窟なので、スライムが奥に移動したとしてもスライムの歩行スピードに合わせる形になるし、手前に来たら遭遇してしまう。
「仕方ない。ちょっと眠っていてもらおう」
そう思った僕はポーチの中に手を入れた。しばらく弄って、目的のものが手にあたったので、それを掴んで引き抜く。
取り出したのはスリングショット。別名パチンコ。”Y”の字になっている木の枝の分かれている部分に弾力のある紐をつけてその弾力で、物を打ち出す装置。仕組み自体は簡単だが、投擲よりも命中精度が高く、ちょっとの訓練で最低限は使えるようになる優れもの。
「魔術文字にキズはない。よかった」
このスリングショットは特別製で、枝には魔術文字が彫り込んである。魔術文字もしくは魔術陣は魔力をエネルギーに変換する時に使用する式で、本来魔術は魔力と意志によって、火や風などの魔術として行使される。しかし、魔術文字は行使する意志や形をあらかじめ記述することで、魔力を流すだけで自動的に特定の魔術に変換される。単純に魔術を使うだけなら、魔術文字や陣を作らないほうが手軽だが、複数人の魔力を集めて使う際や、ちょっと複雑な魔術の際は、これを使った方が安定した出力ができる。それともう一つ、僕には魔術文字を使う理由がある。僕は魔力が少ないため、正確にコントロールしないとすぐに魔力不足を起こしかねない。だから、あらかじめ計算、実施テストを行い、できるだけ無駄のない魔術を使わなければならない。
「もっと魔力が欲しい」
切実にそう思う。ともあれ、今は目の前の敵。僕は深呼吸を行い、スリングショットに、これもポーチから取り出した鉄の玉をつがえる。
そして、深い呼吸をしながら前方のスライムを狙う。するとスリングショットに彫られている魔術文字が淡く光り出す。5回深い呼吸した後、相手を見据えて玉を発射した。
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