第2話 初めてのダンジョン攻略
僕ことセルオイア・ジョージ・ノーライアは、自分でも信じられないような秘密がある。僕はある時、1000年前に生きた男の記憶を思い出した。その男の名前はフィリップ。今なお文献で語り継がれる始まりの魔術師フィリップその人だった。
始まりの魔術師フィリップという人物は、その名の通り世界で初めて魔術を発現させ、自身で考案した術を、多くの弟子に教えた人物だ。まさに物語に出てくるような人物なのだ。魔術師ならば一度はあこがれる人物といわれる。
とはいえ、そんなことは当時の自分は全く信じられず、というか今でも完全には信じていない。大方、頭を打ったかなにかして記憶が混濁し、本で読んだ人物のことを自分だと思いこんでいるだけに過ぎないと思った。もしくは、自分の中で作り上げた人物を、これが本当の自分だと思いこんでいるだけに過ぎないとも思った。しかし、それらの説では説明できないことがある。
フィリップの記憶の中にある様々な知識は、殆どが間違っていないということ。特に魔術の基礎理論については、さまざまな文献と照らし合わせてみても、大きな齟齬が見当たらなかった。さらに、フィリップの記憶について、過去の回顧録やフィリップの考察本等には書かれていない、細かな出来事をしっかりとしたリアリティーをもって"覚えている"。ときには目の入る風景をどこかで見たことがあるという感想と懐かしいという感情がたびたび湧き上がってくる。
なにより、本の内容ではないと実感したのは、思い出す以前と以後では、思考が全く変わってしまったことだ。思考の多くが、主観的な考え方から客観的な考え方に変わり、理論的な思考が突然身についた。個人的にはこれは驚くべきことで、記憶を思い出すまでは感情的というか、わがままなだけでなんの才能もない子供だった。
とはいえ、正しい記憶かなんて確かめる術はないし、僕自身はフィリップではなく、セルオイア・ジョージ・ノーライアという自覚がある。思い出したという部分を差っ引けば、単純なフィリップファン、もしくは魔術史ファンというだけに落ち着くだろう。
だから、そのことを深く考えることは時間の無駄だろう。ただ、彼の最後の記憶として僕の頭に残る魔術の研鑽という欲求は、僕の心を大きくかき乱した。寝る間も惜しんでの読書や、人目を忍んでの魔術の研究するまでに僕はその欲求に恋い焦がれ、一部では悪魔憑きと陰口をたたかれるまでになった。しかし、ノーライア家は魔術師の家系であるため、魔術を学ぶことに対しての悪口は大っぴらに言われることはなかった。指摘さえされなければ、黙認されたようなものだと割り切って、思い出してから、10歳になる今まで、さまざまな勉強を行った。
1000年以上たった現代の魔術知識は、フィリップの記憶にある1000年前とは比べ物にならないくらい発展していた。フィリップ以上の才能を持った魔術師がこの1000年で生まれ続け、さらにそれらの知識を積み上げることによってさらなる高みに来ていたのだ。僕がフィリップの知識で対抗できるのはせいぜい基礎理論のみ。それを知ったときは本当に心が躍った。僕の知らないことがたくさんあり、それを知ることを憚れない世界。なんてすばらしいのだろう。フィリップが生前望んでいた理想の世界だ。
だが、ここで一つ大きな問題にぶつかる。現在のこの体、セルオイア・ジョージ・ノーライアには致命的に魔術の才能がないということだ。魔力量が極端に少なく、魔術回路の生育も遅い。魔術に触れたことがない人に比べてもはるかに魔力量が劣る。本当に魔術師の家系に生まれたのかと疑問に思う。そんなノーライア家の5番目の子として生まれた僕のことを、一族の恥や出涸らしと呼ばれることもあるし、両親からはほとんど期待されていないらしい。だが、そのおかげで面倒な個人教師なるものに束縛されることもなかったし、長時間、蔵書の読む見続けても咎められることもなく自由に過ごせている。この点はむしろ才能がなくてよかったともいえる。
それに僕は才能がないとか無能だと呼ばれることがうれしい。虐げられることがうれしいということではなく、魔術を使えることに対する非難ではなく、使えないことに対する非難。つまりフィリップの築き上げた魔術はこの世界に深く根付いていたということだ。さらに、陰口をたたかれることも、一種の懐かしさを感じて感傷的な気分になる。国を追われた時は陰口なんて日常茶飯事だった。
こういった僕のことを、親しい友人などから、「セオは魔術のことになると感情がイカれる」と呼ばれた。好きなことに対して"イカれる"なんて最高の誉め言葉だ。ちゃんと自分は魔術に真剣に向き合っているんだという気持ちになれる。
とはいえ、総合的にみると僕に魔術の才能がないということは事実はやはり困ったことだ。人並だったらともかく、人並以下なんて・・・。欲を言えば大きな魔力量を内包し、魔術の研究に日々邁進したかったが、ちょっと魔力を使っただけでも、内在魔力は枯渇し数日は魔力が練れないということもしばしば。これでは効率的な研鑽すら、努力すらできない。そして何より問題なのが、魔術学校への入学ができないのではないかということ。
魔術学校はこの国が運営する国家魔術師や魔術兵士を育成するための学校で、この国全土から優秀な魔術師の卵たちが集められる。魔術師の才能で言ったら、国民全員を入れても僕は下から数えた方が早い程、才能がない落ちこぼれであり、普通だったら入ることすらできないだろう。一応、貴族である父親の入学希望があれば、僕でさえ入れるだけは入れるのだが、当の親は推薦する気が全くない。当然である。僕のようなものが表に出てしまっては、家の名に傷がついてしまうからだ。貴族は常に権力争いに否応なく巻き込まれる。それはフィリップの知識からもそれは明確だ。だから父上は自分の家を守るための判断をしなければならないこともある。僕の事はそのうちの一つということだ。
だが、魔術研鑽という野望をそこであきらめることがわけにはいかなかった。今生でこれだけはやり遂げたい、後悔を抱いて死ぬのはこりごりだと思う。そういうわけで僕は早速父親に直談判にいった。結論だけ言えば結果はNOだったが、何度も会話を重ねるうちに一つの譲歩案を飲ませることができた。その案とは「学校入学に必要な魔石を自分の力で手に入れること」ということだった。
魔術入学に必要なのは、学費と魔力とやる気と魔石だ。学費と魔力とやる気は言うに及ばずだが、魔石については入学時必ず持参する必要がある。魔石とは読んで字が如く魔力が封じられた石のことだ。基本的に魔力が淀んだ場所で長い時間をかけて自然的に作られるものだ。学校入学に際し、各個人がそれぞれ魔石を持っていき、職人がその魔石を原料に使用者に合った杖をつくるということが伝統となっている。
魔石については魔力が淀んだ場所で採れる。だが、魔力を好む魔物も寄り付きやすくなるため取得難易度はそれなりに高い。そのため、入学する学生のほとんどは店で購入する。そのほうが安全で安定した品質のものを手に入れられるからだ。僕の家であるノーライア家も本来は購入するのが常なのだが、僕はそれを自分で取得することで本気であるという気持ちをアピールするつもりだ。アピールした結果、それでも言葉を翻し入学を許可してもらえなかったら仕方ないので、家出しかなくなるが、せっかくいい家に生まれたのでそれを捨てるのはやりたくない。やはり研究は良い環境でやりたい。
そういう理由で、僕は魔石のある洞窟に向けて歩いている。
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