第2話


「アンタの今着てる服、魔法で作ったものなんだけど?」


「……お前が勝手に作ってきただけだしー」


喜々とした様子で得意の煽り口調で人の揚げ足取りをすることも、ちょっと言い返されるとタジタジになることも、いつもの光景だ。


彼のそれは出会った頃から既に身につけられており、今に始まったことではない。


だから私もいちいち苛立たないし、普段はぶっきらぼうな態度を取っていても実は彼がとても優しくて常日頃から私に心を砕いていることを知っているので、こういう言葉の会話は嫌いではないのだ。


けれど今は、疲労感のあまり彼のテンションについていくことができない。


そのため普段の調子が出なくて弱々しい語尾になってしまった。


目ざとくそれに気づいた彼は、‘‘なんでそんなに調子悪そうなんだよ‘‘、という不服そうな声を上げる。


顔を上げて青年を見なくてもバツの悪そうな顔をしていることがわかった。


なんだかんだで結構心配してくれているらしい。


「ほら、さっさと魔法で体調直せってば」


「さっきと言ってること全然違うじゃない、ふふふっ」


彼の掌の返しようをからかうと、"だって......"とボソボソ言いながら拗ね始めてしまった。


「早く元気になれってばー…………くそっ、」


やり場の無い悪態と共にやるせないというような溜息が近くで聞こえた。


ふと体の下に腕が差し込まれる。


"動かすぞ"と頭上から青年の声が聞こえた。


されるがままにしていると、視界がくるりと反転する。


「ずっとうつ伏せになってるけど苦しくねぇのかよ」


うつ伏せになっていた体を優しい腕が抱きかかえられたかと思うと、次の瞬間には仰向けでベッドの上に横になっていた。


ゆっくり目を開けると、黒髪に金色の瞳を持った青年が私を覗き込んでいる。


なんとなく見つめていると、彼の手がこちら側に伸びてきた。


額に冷たい掌がすべる。ひんやりした温度が気持ち良くて再び瞼を閉じた。


しばらく額に留まっていた青年の手は、するりと頬を滑り顎の位置まで降りてくる。


「熱はねぇんだけどな…」


どうやら私の体温を確かめていたらしい。


「おいおい、今までお前体調崩したときなんてなかっただろ。僕、お前が風邪を引いても看病できる自身が……」


「別に、大丈夫だよ」


「嘘つけ、こんなにぐったりしやがって。目も開けることさえできてねぇじゃねーか」


「きょーはもう疲れただけだって」


「ああ?まだ真っ昼間だろうが。いつもなら今頃森に散策に行く頃だろ……」


大丈夫だからと繰り返すが、どうしても不安が払拭できないのか青年は私の側を離れようとしなかった。


どうすればいいか思案していたそのとき、再び強い眠気が襲ってきたため思考が止まってしまう。


そぼ眠気に抗えず、もう青年を無視して寝てしまおうと目を閉じると、不機嫌な彼が再び体を揺すってきた。


「なんで目ぇ閉じるんだよ。起きろってば」


「ちょっと……珍しいじゃない、アンタがこんなにごねるなんて。何かあったの?」


「どうもしてねぇよ」


どこか焦ったようなその様子に、違和感を感じる。


話は明日ゆっくり聞いてあげるから、今は寝かせて欲しい。


そんな切実な願いは届かず、‘‘起きろ‘‘と頬を指先でつつかれた。


「おい、まさかもう片方も見えてねぇんじゃねえだろうな」


その静かな一言で、彼がやけに焦っている理由が分かった。


反射的に片目に着けた眼帯に手をやりながら思い瞼を上げる。


眉をハの字に下げた彼を見つめながらついこの間の事を思い返した。


数日前の早朝のことである。


いつもの時間帯に起床し、ベッドから起き上がったとき、私は右目の視力を完全に失っていた。


原因がわからないの突発的な盲目になってしまった。それはすぐに彼にも伝えたことだった。


『うわっ、その目の色どうしたんだよ。魔法薬の実験に失敗しちまったのかァ?……は……?目が、見えない?』


『え、うそ、だろ、……まさか……いや、そんなことはどうでもいい』


『おい、何か他に体に異変があったりしてんのか?なにかして欲しいことがあるんだったら言え』


それから彼は、片眼じゃ歩きづらいだろと言ってお姫様抱っこをして部屋を移動させてくれたり、やけに過保護になって私につきまとうようになったり。


片目しかない世界でも彼がかなり狼狽していて、私のことを心配していることがひしひしと伝わった。


あのときの狼狽え方を見るに、もっと気遣ってやるべきだったのかもしれない。


しまったと後悔した。



マットレスに手を置いて、ゆっくり上半身を起こす。そのまま青年の方に顔を向けた。


普段は勝ち気なその眉は今では頼りな下げに吊り下がっていて、いたたまれない気持ちになって、


青年の顔を包み込むように頬に両手を添えてそのまま覗き込む。


「大丈夫、君のその綺麗な金色がはっきりと見えているよ」


その青年の切れ長の金目をしっかりとらえてはっきりと言うと、予想に反して本人は目つきが悪いと気にしているらしい切れ長な目が、ムッとしたように細くなる。


褒めたつもりだったのだが、揶揄られたと感じ取られてしまったのだろうか。


いつになく素っ気無い態度で"あっそ"という言葉が帰ってきた。


……いや、もしかしたら照れているのかな。


彼がどう思っているのかわからない。


けれどこれで、私が言っていることを一旦は信じてくれるようだった。


「ほんとに見えてんだな?」


「左はちゃんと見えてるよ。本当本当」


「そんなにぐったりしてんのは、……単に疲れているだけだと?」


「そうね。こんなに体調を崩すことが今までに無かったから、体が慣れていないんでしょ。少し休んだら元気になるわよ」


「…………」


納得してないと言いたげな顔が睨んでくる。


「何よ、私が嘘を言ってるとでも?」


「……いーや、べつに」


「だったら早く部屋から出てって。あ、言わなくてもわかるだろうけど、今日の散策は禁止。家事はもう全部終わってるから。夕飯までには起きると思うけど、もし起きなかったら勝手に適当に作って食べてていいから」


「…………」


「ああ、それと……前から言ってるけど、そろそろ私から自立して、自分だけで暮らした方がいいと思うの。だから、近いうちに人里に降りて───」


「……はいはい」


気怠げな返事が部屋に響く。


まだ、ここを出ていく気はないらしい。


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