あの小さな魔女と眠りに落ちよう

kiruki

第1話

1000年の命を持つ魔女としてこの地に生まれてから、随分と時間が経ったようだ。


同胞は既に、魔女狩りによって全滅した。親も友人も私には誰一人として残っていない。


最後の生き残りの友人が十字架のもとで散ったとき、私は人間の前に絶対に姿を表さない事を決心した。


友人の分まで生きなければと、そんな焦燥感に駆られたのだ。


それからというもの私は森の奥深くで自分の屋敷を守りながら生きてきた。


自給自足の生活。けれど特に困ったことなどなく過ごせていた。


魔法があれば大抵どうにかなるし、暇な時間は大好きな森を散歩して、魔法薬の材料に目ぼしいものを持って帰れる。


ここでは何をしても、何を取っても誰も文句を言わない。そうやって自分なりにこの生活を謳歌していた。


けれどずっと一人ぼっちだったわけではない。


日課の森の探索中に見つけた、捨て子に小さな男の子を気まぐれに拾ってから、私の生活は常に人間とともにあるものになったのだ。


久しぶりに誰かと過ごす日々はとても充実したものだった。


ただ、やはり他人を気にしながらの生活は慣れていなくて、厄介事が起きてしまうことも何度かあったが。


当初、子供は怯えた様子で部屋の片隅で震えていた。


だが本来は破天荒な性格の持ち主だったようで、私に心を開いてからの暴れぶりがすごかった。


それこそ初めの怯えぶりが嘘であったかのようだった。



あれから15年。



小さな子供だったあの子は今ではすっかり大人になって背丈もいつの間にか抜かされていたし、体つきも男らしくなった。


出会った時点での年齢はわからないが、もう立派な大人の男性の仲間入りをしたと言えるだろう。


そう思って、何度か人里に下りて人間社会に戻ることを薦めたのだが、何故か私に懐いてくれた彼は今もこの屋敷で小間使いとして動き回っている。


彼とそばにいれることは嬉しいいが、本人の幸せを考えるとどうにも複雑な気持ちである。


今のところここを出るつもりは無いらしく、日々穏やかな生活を過ごしている。



そして今日は森の散策に付き添ってくれる予定───のはずだった。






薄暗い自室に入った途端、カチ、カチといった時計の秒針の音がやけに耳に入った。


お気に入りの、鈍い金色に白銀の針が付いたアンティークな置時計の音。


けれども今は、それをゆっくり鑑賞する余裕がない。


おぼつかない足取りでよたよたとベッドに近づくと、少し高めの位置のマットレスに手をかけてよじ登る。


手に力が入らなくて何度か失敗したが、魔法を使う余裕が無いので成功するまで繰り返した。


これは私が軟弱である訳ではなく、この10歳程度の幼児のような低身長せいである。


やっとのことで登り切ると、ふかふかのベッドにうつ伏せにぼふっと倒れ込む。


枕に鼻と口が塞がれないように少し顔を壁側に傾けると、カーテンで締め切られた窓が目に入る。


カーテンから白い光がチラチラ漏れている。


まだ真っ昼間の最中だというのに体は泥のように重くて、今にもベッドに溶けてしまいそうだ。




「ああ?部屋に行ったのか?…おいおい、まだ寝るには早すぎだろ」


あっという間に眠りに落ちそうになっていたその時、呆れているような苛立っているような、そんな声が遠くから聞こえた。


廊下の遠くの方から図々しい足音と共に、慣れ親しんだガラの悪い声が近づいて来る。


ガチャッという音で顔を向けなくても部屋のドアが開かれたことがわかる。


そして同時に私のよく知る青年が部屋に入ってきた。


「おーい、起きろって。つーか、一人で動くなって言ったじゃねーか……何で返事しねぇの?」


無視を決め込んでドアの方に背を向けたまま目を瞑っていると、青年は寝そべったまま動かない私の肩を優しく揺すってきた。


「こらぁ、弟子の分際でこの偉大な大魔女様に触れないでちょうだい」


冗談めかした口調で返すと、返事をもらえたことが嬉しかったのか、青年が生き生きしだしたことが気配でわかった。


「大魔女様ぁ?こーんなにちっちゃいのに、大魔女とか言うんだー」


「ちょっと、人がめちゃくちゃ気にしていることを……身長くらい魔法でどうにかカバーできるしー」


「うーわ、何でもかんでも魔法に頼ろうとする癖が出ちゃってる。魔法に頼らず健気に生きてる人間様を見習ったら?」


そのくすくすという笑い声に、普段の意地悪い顔がすぐさま脳裏に浮かぶ。


仮にも恩人相手であるというのに、失礼な男である。


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