第239話 旅立ちの後


 ジュエルイアン達の馬車を、リズディアと、モカリナ、イルーミクの3人が見送った。


 一般的な見送りなら、玄関前に並んで立つだろうが、リズディア達は、金糸雀亭の玄関を開けて、玄関前を占領するような立ち方はせずに、出入りの邪魔にならないように立っていたのだ。


 すると、リズディアは、金糸雀亭の玄関の方に視線を送った。


「ジュエルイアン達は、行ったわよ」


 リズディアは、玄関の奥に居るだろうと思われる誰かに話しかけたようだ。


 だが、玄関に人の姿は、現れなかった。


 すると、リズディアは、仕方なさそうな表情をすると、金糸雀亭の中に入っていった。


 そして、扉の脇の壁に隠れるようにして立っていた、フィルランカとカインクムを見た。


「どうして、出てこなかったの? フィルランカの事も、カインクムさんの事も、エルメアーナは、恨んでいるような様子は無かったじゃないですか。 これからは、簡単に会いに行ける場所じゃないのだから、一言伝えても良かったのではないですか?」


 フィルランカもカインクムも、黙ったまま、居心地の悪そうな表情をしていた。


「今のエルメアーナは、気持ちの整理がついてないと言ったわ。 見たところ、そんな感じだったけど、でも、ジュエルイアンとヒュェルリーンが、あなた達の事など忘れられそうなモノを提供してくれるみたいよ。 まあ、その中身を知る事ができなかった事が、ちょっと、残念だわ。 きっと、とんでもない何かのために、エルメアーナが必要だったみたいね」


 そう言いつつ、リズディアは、カインクムの様子を確認していた。


 すると、そんなリズディアをイルーミクが視線を送った。


「でも、義姉様。 ヒュェルリーンさんが、工房区の機械を買ってくれるって言ってたじゃないですか。 あれは、確かに画期的な機械でしょうけど、値段が高すぎるから、買い手がつかずに飾りになってたじゃないですか。 あの機械が売れたことを、もう少し喜んだ方が、良いのではないですか?」


 そのイルーミクの言葉を聞いて、リズディアは、少し残念そうにした。


「イルーミク。 ……。 あのね、ジュエルイアンは、中金貨3枚もの金額をポンとだしたのよ」


 それを聞いても、イルーミクは、ピンとこないような表情をしたが、リズディアは、そんなイルーミクを気にする事もなく話を続ける。


「そんな大金を簡単に出せるということは、それ以上の利益が見込めると、ジュエルイアンは、踏んでいるのよ。 だから、中金貨3枚だろうと、高い買い物ではないのよ」


「リズディア様、それは、ジュエルイアン商会では、中金貨3枚程度の金額を遥かに超えるであろう、事業を検討中ということなのですか?」


 モカリナがリズディアに聞くと、リズディアの気持ちも、少し戻ってきたようだ。


「そうよ。 私たちの知らない何かをジュエルイアンとヒュェルリーンは、知っているのよ」


 リズディアとしては、仕事に関する駆け引きの面白さもだが、お互いに、相手が何を考えているのか、読み合う話は、とても、楽しい時間なのだ。


 モカリナの質問には、微かに、リズディアの心をくすぐる一言があった事が、少し嬉しく思ったようだ。


(こうやって、2人を連れて動くことで、徐々に、成長していくわ。 感性なんて、経験を積まないと、なかなか、育つモノじゃないから、少しでも、色々なものに触れさせて、そして、考え方を植え付けていけば、きっと、この子達も貴重な戦力になってくれるわ)


 リズディアは、モカリナとイルーミクをセットとして、考えているので、イルーミクが、表面的な話をして、少し、残念に思ったのだが、話をしている間に、モカリナが、自分の思っている事を言い当てた。


 それを聞いた事によって、イルーミクも、その事に気がついたのなら、それは、イルーミクの記憶の中に、刷り込まれた事になる。


 経験の一つとして、刷り込まれた内容は、次につながる。


 2人を一緒に使うことで、どちらかが気がついた事を、言葉にさせることで、もう一方にも、同じ経験を積ませるようにしている。


 モカリナもイルーミクも、リズディアのそんな思いには気が付かずにいる。


 ただ、イルーミクは、少しムッとした表情をしていた。


 イルーミクは、モカリナに、先を越され、ジュエルイアンの思惑の断片を読み取ったことが、面白くなかったようだ。


 2人は、ほとんど、一緒に居るのに、自分には、気が付かなかった事が、モカリナには、気がついたので、負けたような気分になったようだ。


 そんなイルーミクの表情を見たリズディアは、嬉しそうにした。


 それは、ただの仲良しの2人ではなく、お互いにライバルとして意識している事になるのだ。


 今回は、モカリナに軍配は上がったが、それは、今回だけの事になる可能性が出てきた事になる。


 イルーミクは、悔しいと思ったのだから、次は、自分が勝つと思ったのだ。


 そんな、お互いに切磋琢磨する様子が、リズディアには、とても、心地良いのだった。


「本当に、いいコンビね」


 リズディアは、ポロリと漏らした。

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