第237話 旅立ちの朝 4


 リズディアは、大事そうにエルメアーナを抱いている。


 ただ、エルメアーナは、呆然と、リズディアにされるがままにされていた。


 そのエルメアーナの、無機質な表情をリズディアも、両脇に居るモカリナもイルーミクも、悲しそうに見ているが、それは、カインクムとフィルランカの行為に至ったことについてで、エルメアーナのトラウマは知らない。


 エルメアーナのトラウマについて、ヒュェルリーンは、理解していたので、3人の悲しそうな表情が、耐えられなかったようだ。


 ヒュェルリーンは、リズディアとの付き合いは、南の王国に留学していた時からになる。


 モカリナもイルーミクも、フィルランカを通うじてとなるが、高等学校時代からになるので、大学を卒業しても、イスカミューレン商会で顔を合わせる事もある。


 ヒュェルリーンにとって、リズディアもエルメアーナも、そして、モカリナもイルーミクも、フィルランカと同様に大事な友人なのだ。


 その3人にも秘密にしなければならないような事があり、ヒュェルリーンは、3人に申し分けないと思ったようだ。


「こんなエルメアーナだと、誰も楽しくは無いわ。 きっと、元のエルメアーナに戻してみせるから、今は、何も言わないで、このまま、南の王国に連れて行かせて」


 リズディアは、ヒュェルリーンの言葉を聞いて、ヒュェルリーンを見た。


 ヒュェルリーンの表情には、全て分かっているといった様子で、リズディアを見ていたこともあり、リズディアは、自分の知らない何かを、ヒュェルリーンは、知っていると思ったようだ。


 そして、納得した表情をすると、エルメアーナの肩に手を当てて、体を離し、エルメアーナを見た。


 しかし、エルメアーナは、リズディアを見ようとはしない。


「エルメアーナ。 行ってらっしゃい。 きっと、向こうには、あなたの気持ちを落ち着かせる何かがあると思うわ。 フィルランカ達2人は、私も気にかけておくわ。 だから、あなたが帰ってくるまで、陰ながら見ているから、安心して行ってらっしゃい」


 そう言うと、エルメアーナの両隣にいる、モカリナとイルーミクを見た。


「モカリナも、イルーミクも、一緒だから、2人は、安心して暮らせるようにしておくわ。 だから、2人の事は気にせず、安心して行きなさい」


 モカリナもイルーミクも、思いはリズディアと一緒と言うように、エルメアーナを覗き込んだが、エルメアーナは、2人に視線を返す事もせずにいる。


「ありがとう、リズディア様。 それにモカリナもイルーミクも。 2人の事は、お願いする」


 エルメアーナは、寂しそうに答えた。


「今は、気持ちの整理がついてない。 多分、一緒に居たら、きっと、私は、嫌な娘になってしまうだろう。 フィルランカに、酷いことを言ってしまうかもしれないんだ」


 自分の過去の記憶と、カインクムとフィルランカの情事が重なってしまい、そして、自分の親友が、父親であるカインクムの嫁になったという事実に関して、エルメアーナは、自分の気持ちの整理がついてないのだ。


 リズディアは、そのカインクムとフィルランカの話だけを聞いて、2人の行為というより、フィルランカが、自分の母親の立場になることに、ショックを受けているのだろうと思っていることから、エルメアーナの心の傷は、それ程大きくないと思っているようだ。


「そうね。 きっと、時間が経てば、フィルランカを許せる日がくると思うわ。 それまでは、ヒュェルリーンに甘えているといいわ」


(きっと、エルメアーナも、夫にしたいと思う男ができれば、フィルランカの考えも理解できると思うわ。 エルメアーナは、まだ、その辺りを理解してない、……。 ああ、小さい時に、お母さんを亡くしたから、女の営みは、フィルランカとしか共有できなかったのね)


 リズディアは、金糸雀亭の食堂の入り口を見た。


(そうか、フィルランカは、……。 娼館に孤児院出身の仲の良かった女の人が居ると言ってたわね。 最近、その人とも顔を合わせていたと、報告を受けていたから、夜這いの方法は、その人から教わったのか)


 リズディアは、納得するような表情をした。


(そうよね。 成人したお祝いと言って、出したお酒に、フィルランカは、口も付けなかったのに、夜這いをかけた時は、お酒を飲んでいたみたいじゃないの。 それも、全て、教えてもらったのね)


 リズディアは、1人で納得していると、モカリナとイルーミクの視線が気になった。


 2人は、自分から何か気の利いた言葉を掛ける術を知らないので、今日はリズディア頼みだと思っていたようだ。


 リズディアが、黙ってしまっている事で、この間を、何とか埋めてほしいと思っている様子で、2人はリズディアを見ていた。


「あ、ああ、ごめんなさい」


 リズディアは、フィルランカの事を考えていたので、次の言葉が思い浮かばなかったようだ。


 一言、入れることで、場の雰囲気を繋ごうとしたのだ。


 そんなリズディアを、ジーッと見ていたヒュェルリーンは、その様子から、全てを察したような表情をリズディアに送っていた。


「ありがとう。 リズ。 今のエルメアーナは、気持ちの整理がついていないだけだから、こんなだけど、落ち着いて考えたら、リズのしてくれた事は、きっと、エルメアーナも感謝するわ。 それにフィルランカも、きっと、喜んでくれると思うわ」


 リズディアは、ヒュェルリーンの言葉に、わずかだが、表情に変化が有った。


「エルメアーナは、今日、旅立つわ。 でも、それは、お別れじゃ無いのよ。 フィルランカとカインクムさんから、少しの間だけ、距離をとるだけなの。 だから、気持ちの整理さえつけば、きっと、フィルランカ達の事も祝福してくれるわ」


 ヒュェルリーンは、周りに聞こえるように、少し大きな声で答えた。


「そうね。 今度、戻って来る時は、エルメアーナも、夫となる男を連れて、会いに来るかもしれないわね」


 リズディアには、少し感慨深いものがあったのか、目が少し潤んでいた。


 ただ、ヒュェルリーンは、リズディアの返事に、微妙な表情を浮かべていたが、当のエルメアーナの表情は変わる事は無かった。


「ありがとう。 リズ。 色々、気を利かせてくれて」


 ヒュェルリーンは、真剣な表情で、リズディアにお礼を言った。


 そして、モカリナとイルーミクを見る。


「エルメアーナは、私が、面倒を見ますから、安心してください。 出資者は、うちの主人ですから、何でも揃えさせます。 何でしたら、イスカミューレン商会の新型の機械をエルメアーナの工房に入れさせますわ」


 それを聞いて、リズディアの表情は、嬉々としたものに変わったが、その背後のソファーに座っていたジュエルイアンは、顔を引き攣らせて、椅子から滑り落ちそうになっていた。

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