第234話 旅立ちの朝
帝都第9区画は、新しく作られた区画であり、それは、ギルドのために作られたと言って過言ではない。
帝都の開発には、イスカミューレン商会が中心となって開発を請け負っていたが、イスカミューレン商会と繋がりの強いジュエルイアン商会が、下請け企業として、帝都第9区画の開発の半分を請け負っていた。
そして、南の王国に本店を持つジュエルイアン商会は、ギルドとの繋がりも強いので、ジュエルイアン商会を使う事で、ギルドと帝国との仲介も兼ねていた。
ギルドの正式な活動も始まり、ジュエルイアンの仕事も、腕の良い鍛冶屋もカインクムを当てることで、ギルドの要求にも応えられた。
最後の仕事も店の移転を任せるだけになったので、帝都の支店に任せられるところになった。
帝都の第9区画にある金糸雀亭の、4階のスイートルームを使っていた、ジュエルイアンとヒュェルリーンだが、そこは、2人だけには、大きすぎる部屋だった。
そこには、トイレも浴室も用意されており、リビングとは別に、3つの寝室が用意されていた。
上級貴族の家族が使うことも可能なほどの、高級スイートルームとなっているのだ。
大陸全土の国に支店を持つジュエルイアンにとって、金糸雀亭程度の高級スイートルームの出費は、特に問題はない。
そして、金糸雀亭もジュエルイアンが手配した業者の一つでもある。
金糸雀亭を経営しているのは、双子の姉妹と、その兄の3人となる。
兄のインセントは、無口だが、料理の腕は、死んだ父親譲りで、良い腕をしており、そして、双子の妹は、看板娘として経営をおこなっている。
姉のルイセルと、妹のアイセルが、経営を、そして、そこには、3人と子供の頃から生活していた、亜人の奴隷も一緒だった。
しかし、金糸雀亭の亜人奴隷達には、奴隷独特の目の奥に、恨みや妬を秘めたような様子はなく、常に楽し気な表情をしていた。
金糸雀亭の亜人奴隷たちは、ルイセルの奴隷になってはいるが、子供の頃に、3人の死んだ母親が、子供達の情操教育もあり、亜人奴隷を購入した。
そして、奴隷というよりも、双子の姉妹として、奴隷達を育てられた。
しかし、帝都では、奴隷商が公に奴隷販売の店を構えていることもあり、亜人の奴隷商に攫われなように、ルイセルと奴隷契約を結んでいる。
帝国は、大陸で一国だけ、亜人奴隷を認めている国なので、大陸内で奴隷を合法的に販売可能な国は、帝国だけとなっている。
帝都では、亜人奴隷を販売する奴隷商が店を構えている。
街道を移動する亜人を攫ったり、他国で捕まえた亜人を帝国で販売する。
そして、帝都を歩く奴隷でない亜人は、奴隷商達に狙われる。
そのため、金糸雀亭の亜人達は、奴隷商に攫われないようにするため、奴隷契約をしているが、金糸雀亭内では、主人達と奴隷達は、フレンドリーに過ごしている。
そのこともあり、金糸雀亭の奴隷達に、奴隷独特の目つきは無い。
ジュエルイアンは、スイートルームのリビングで、ノンビリと待っていた。
これから、南の王国の王都に戻るのだ。
しかし、まだ、ヒュェルリーンが、エルメアーナの寝室に入って、出てこなかった。
(仕方ないな。 女の着替えは、時間がかかる。 ……。 馬車に揺られて、一緒にいるのは、俺と護衛の連中だけだぞ。 そんなに、気にすることはないだろう)
ジュエルイアンは、女達の着替えが遅れていることに、少し、イラついてはいるが、仕方がないとも思ったようだ。
時間的に、次の宿場町に入る時間的には問題ないのだが、ジュエルイアンのような商人にとって、待つというのは、嬉しくないようだ。
ジュエルイアンは、ソファーから立つと、ヒュェルリーンとエルメアーナの寝室をノックして声をかける。
「おい、着替えは終わったのか?」
「今、着替え終わりましたから、リビングに行きます」
扉の向こうから、フュェルリーンの声がした。
その言葉を聞くと、ジュエルイアンは、ヒュェルリーン達の寝室から一番遠いソファーに座った。
すると、すぐに、扉が開いて、ヒュェルリーンが出てくる。
「お待たせ」
ヒュェルリーンは、寝室に入る前と同じ衣装だった。
朝早く、金糸雀亭に届いた衣装を持って、エルメアーナの部屋に入ってしまったのだが、ヒュェルリーンは、入った時の衣装と同じものを着ていた。
そして、寝室の中に声をかける。
「さあ、エルメアーナ。 あなたの新しい門出よ。 その為の衣装も靴も用意したのよ。 まあ、本当なら、髪の毛も何とかしてあげたかったのだけど、外に出れなかったから、出来なかったわ」
そんな事を言っていると、恥ずかしそうにエルメアーナが、寝室から出てきた。
エルメアーナは、新しい衣装を着ていた。
それは、ミルミヨルの衣装と、カンクヲンの靴を履いていた。
「ミルミヨルさんが、話をしたら、間に合わせてくれたのよ。 今朝、金糸雀亭に届いていたので、きっと、ミルミヨルさんが、徹夜でエルメアーナのために作ってくれたみたいよ。 靴は、カンクヲンさんが、衣装に合わせて用意してくれたみたいなの。 衣装と一緒に届けてくれたわ」
エルメアーナの衣装は、帝国風のものではなく、南の王国風にアレンジしたものだった。
「ミルミヨルか。 リーシェルリアに話をしてなかったら、ミルミヨルに、第9区画に来てもらいたかったな」
ジュエルイアンは、少し惜しいというような表情をした。
そんなジュエルイアンを、ヤレヤレといった表情で、ヒュェルリーンは見た。
「そんな事をしたら、イルルミューランに嫌な顔をされるでしょ。 ミルミヨルさんは、イルルミューランのお陰で、大陸中に名前を知られるようになったのだから、イスカミューレン商会の傘下と言えるでしょう。 そんな商人を、うちの商会で引き抜いたら、イルルミューランだって、黙っていないわよ」
ジュエルイアンは、ヒュェルリーンに指摘されて、嫌そうな表情をした。
ジュエルイアンとしても、そんな事は、理解しているのだが、フィルランカの噂を使って、鳴かず飛ばずの店を、今の状態まで大きくしたのだ。
そんな事もあり、第9区画へ入ってもらう話もあったのだが、イスカミューレン商会のこともあって、その話は無くなったのだ。
そんな事をジュエルイアンは、考えていると、ヒュェルリーンが、ムッとしたような表情をした。
「さあ、エルメアーナも、あなたの女の1人ですよ」
ヒュェルリーンが、変な言い方をした。
「おい、俺は、嫌がる女を無理やり犯す趣味はないぞ」
「そうですね。 あなたが、手を出せない女の1人ですね」
ヒュェルリーンの、いい加減な言葉に、ジュエルイアンは、ムッとした様子で応えたが、それをヒュェルリーンは、面白がっているようだ。
ただ、エルメアーナは、怯えるようにヒュェルリーンの影に隠れてしまっていた。
「ほーら、エルメアーナに、何か、言ってあげて。 あなたの娘の晴れ姿よ」
ヒュェルリーンは、ジュエルイアンが、エルメアーナに何の言葉もかけてくれない事が、気に食わないようだ。
「おい、エルメアーナは、俺の娘じゃないぞ」
そして、ジュエルイアンは、エルメアーナを娘と言われて、ムッとしたようだ。
「俺は、エルメアーナとは、14歳しか違わないんだ。 娘はないだろう」
それを聞いて、ヒュェルリーンは、おかしそうな表情をした。
「それじゃあ、エルメアーナは、あなたの妹ですね。 こんな可愛い妹が、綺麗に着飾ったのですから、兄として褒めてあげるべきだと思いますよ」
ヒュェルリーンは、ジュエルイアンをからかっているのだろうが、ジュエルイアンには、面白くなさそうだった。
だが、エルメアーナのトラウマの事もあるので、このままではいけないとも思ったようだ。
ジュエルイアンは、ため息を吐くと、仕方なさそうに口を開いた。
「エルメアーナ、とても綺麗になった。 きっと、ミルミヨルも、相当に気合を入れて作ったんだろうな。 似合っているよ」
ジュエルイアンは、とても、優しく伝える。
エルメアーナは、少し恥ずかしそうにしたが、ジュエルイアンの言葉に答える事は無かった。
ただ、嬉しそうな表情を隠すように、ヒュェルリーンの影に隠れつつ、ヒュェルリーンの腕を掴んでいた。
その様子から、ジュエルイアンは、ホッとした表情をする。
「まあ、時間をかけて、トラウマは、改善させるしかないな」
「そうね。 きっと、治ると思いますから、それまでの辛抱です」
ジュエルイアンの言葉にヒュェルリーンが答える。
「それじゃあ、出発しようか」
そう言うと、ジュエルイアンは、2人から離れるように歩いて、スイートルームの出口に向かうと、ヒュェルリーンが、エルメアーナを伴って、その後に続いた。
3人は、帝都を出発するため、金糸雀亭を立つ為、1階に降りるのだった。
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