第233話 商人の顔を持つイスカミューレン


 リズディアから、イルルミューランとの、初めての話を聞いた3人は、この話の、どこにツッコミを入れて良いのか困っていた。


 そして、何より困ったのは、イスカミューレンだった。


 息子が、留学中に、当時、第1皇女だった、リズディアを傷物にしていた事が発覚してしまったので、この話を、どうしようかと思ったようだ。


 現在は、イルルミューランの嫁としてのリズディアだが、当時は、第1皇女だったのだから、その当時に、2人には、そのような関係が結ばれていたとなると、周囲の上級貴族から、どんな横槍が入るか判ったものではない。


 特にナキツ侯爵家のモカリナに聞かれたことで、ナキツ家から、情報が漏れた場合の事を考えると、非常に厄介な問題に発展する可能性があると考えたようだ。


 そして、リズディアが、スツ家に入った裏の理由として、兎機関トウキカンの表の顔としてのイスカミューレン商会がある。


 兎機関トウキカンは、皇太子である第1皇子であるクンエイが、進めており、国内と国外の情報を集めるための連絡機関として運営されている。


 この事が、発覚して公爵家や三大公家のような大物をバックにした、貴族達から、責任問題を追求されるような事になってしまうことを嫌ったのだ。


 兎機関トウキカンは、発足して間もないが、成果は上がっているので、皇帝エイクオンもそれを利用して、今後の後続の婚姻関係を作るための道具として、そして、貴族たちの不正の証拠集めのために暗躍させていた。


 その兎機関トウキカンのこともあり、爵位の無いスツ家に、帝国の第1皇女を嫁に出したのだ。


 今後、第22代皇帝として君臨する、ツ・リンケン・クンエイのために、第21代皇帝である、ツ・リンクン・エイクオンが、クンエイに、エイクオンの祖父にあたる、第11代宰相のツワ・リンデル・リョウクンの日記を渡した。


 その日記には、三大公家の乗っ取りのための一部始終が書かれていた。


 そこには、情報の重要性が高いことと、それを迅速に伝えることで、対処に先手を打てることが書かれていた。


 それを元に、クンエイが、兎機関トウキカンを組織して、その表の顔をイスカミューレン商会に託したのだ。


 そのため、リズディアとイルルミューランの件は、少しでも不安要素を表に出すことは出来ないのだ。


「あ、ああー。 すまない。 今の話は、聞かなかった事にさせてもらえないだろうか。 それに、モカリナとイルーミクも、今の話は、忘れて欲しい。 そして、誰にも話さないようにしてくれないか」


 イスカミューレンは、深刻そうな表情で告げた。


 イスカミューレンの話を聞いて、リズディアは、黙っていなければならない事を喋ってしまった事に気がつき黙っていた。


 そして、一番、情報が漏れては困るであろう、モカリナをイスカミューレンは見た。


「モカリナ。 今のことは、ナキツ家の方で、絶対に話さないで欲しい。 場合によっては、皇帝陛下を含めた皇族の一大スキャンダルになりかねないのだ。 君に帝国を思う気持ちがあるなら、お願いできないだろうか。 この通りだ」


 そう言って、イスカミューレンは頭を下げた。


 それを見て、モカリナは驚いた。


「イスカミューレン様、頭を上げてください。 私は、リズディア様と一緒に仕事がしたかったのです。 もし、今の話が、外部に漏れて、スキャンダルになってしまったら、今の私の状況が崩れる可能性があるわけです。 ですので、今の話は、ここだけの話、いえ、聞かなかった事にさせていただきます」


 イスカミューレンは、ホッとしたようだ。


「それにしても、リズディア様もフィルランカと同じで、誰にも言わず、ただ、ひたすら、イルルミューラン様の事を思っていたのですね」


「そうよね、義姉様もフィルランカも、思い人に積極的にしたからだったのですね。 殿方を口説くときは、女が積極的にならないとダメなようですね」


 モカリナとイルーミクは、リズディアの話とフィルランカの話を重ねて考えていたようだ。


「でも、フィルランカは、カインクムさんの事が好きなことを、誰にも知られずに、ひたすら慕っていたのね。 ちょっと、素敵だわ」


 モカリナは、リズディアもフィルランカも、思った人に実力行使をしたことで、結ばれたように思えたようだ。


 積極的な行動が、自分の思いを遂げたのだろうと理解したようだ。


「そうね。 義姉様は、自分の気持ちは誰にも知られてないと思っていたみたいですけど、家中の使用人達まで知っていて、それを応援してくれていたというのにも、びっくりしましたわ。 やはり、後宮で仕事をするような人達は、主人の微妙な仕草だけで、主人が考えている事を理解できないと、務まらないという事なのですね」


 それを聞いたイスカミューレンが、モカリナとイルーミクに、ニヤリとして、何やら楽しそうな表情をした。


「イルーミク、それにモカリナ。 人の考えている事を理解できなきゃいけないのは、お前達も一緒だぞ」


 それを聞いて、モカリナもイルーミクも、何でといった様子でイスカミューレンを見た。


「お父様、それは、どういう事なんですか?」


 イルーミクの質問にモカリナも同意というようにイスカミューレンを見ていた。


 その様子をイスカミューレンは、少し、困ったようでもあったが、知っておいてもらいたいとも思ったようだ。


「商人というのは、相手との交渉が必要なんだ。 だから、相手の様子から、交渉が上手くいっているか、……。 いや、相手の微妙な仕草を見つつ、自分達に有利になるように交渉を進めなければならない。 だから、毎日、同じ人を見ている皇城の使用人達より、毎日、違う人と会って、相手がどんな事を考えているのか、初めて会う人でも、同じように探らなければならないんだ」


 イスカミューレンの話に、モカリナも、イルーミクも真剣に聞いていた。


「そうですね。 私達は、初めて出会う人とでも、相手の考えていることを、読み取る必要があるのですね」


 モカリナは、自分の立場について、考えさせられたようだ。


「我々は、商人だ。 中には、金を騙し取ろうとする輩もいる。 そんな連中は、新しく出会う人に多い。 それに、新しい仕事も、初めての人が多い。 商人は、初めて見る人を見て、新しい仕事か、詐欺なのかを、しっかりと見極める必要がある。 初めて会う人が、そのどちらなのかを見極める必要があるから、宮廷の使用人達より、人に対する見極めは、商人の方が鋭くなければならないはずだ」


 モカリナも、イルーミクもイスカミューレンの話を聞いて納得し、これから、自分が、それを見極める必要があるのかと思ったようだ。


 真剣な面持ちで聞いていた。


 ただ、そんな中、リズディアだけは、顔を真っ赤にして、俯いていた。


「どうした、リズディア?」


 そんなリズディアに、イスカミューレンが声をかけた。


「にゃ、にゃんでも、にゃいです」


 そう言って、両手で顔を覆ってしまった。


(わ、わた、私は、な、なんて、恥ずかしい事を、言って、しまったのかしら)


 リズディアは、とても恥ずかしそうにしていた。


 しゃべってしまった事を、後から思い出して、自分の発言にとても恥ずかしいと思ったようだ。

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