第121話 カインクムとリズディア達
エルメアーナの部屋に、リズディア、ヒュェルリーンと、娘のエルメアーナの3人が部屋に入って、エルメアーナの着替えを行っている。
カインクムとしたら、父親が、年頃の娘の着替えを手伝うわけにいかない。
着替えをヒュェルリーンが手伝うのなら、自分も知っている、ジュエルイアンの連れ合いでもあるので、それなら、納得もできるのだが、リズディアが、着替えを手伝っているというのは、なんとも言えない気分になっていた。
(リズディア様は、皇族だった人だぞ、その人が、エルメアーナの着替えを手伝う? これって、本当に大丈夫なのか?)
カインクムは、落ち着かない。
リビングをウロウロしたと思ったら、店に行って、意味もなく、置いてある武器や防具を手に取っては、また、戻していた。
気持ちが、全く落ち着かず、今度は、工房に行くが、今日の鍛治の予定も思い出せず、あたふたとしていた。
(だめだ、このまま、仕事を始めたら、怪我をしそうだ。 怪我をしなっかったとしても、失敗しそうだな)
仕事に集中出来ないと思った様子で、手に持った金槌を戻すと、また、リビングに戻り、自分の椅子に座る。
座るのだが、何もする事がないので、ただ、座っているだけになってしまった。
(だめだ、何も、思いつかない)
そんな中、テーブルの上に置いてあるポットが目についた。
(あ、せめて、お茶位は、出さないと、申し訳ないな)
カインクムは、落ち着かない様子で、また、立ち上がると、台所に向かった。
ヤカンを手に取り、水瓶から水を汲み、カマドにかける。
ただ、カマドは、フィルランカが、家事を全て賄ってくれたので、火をおこすためのものが、どこにあるか見つけることができない。
結局、カマドにヤカンをかけただけで、お湯を沸かすことができずにいる。
(こんな事なら、時々、フィルランカの料理を手伝っておけばよかった)
お湯を沸かそうと思ったのに、台所の何処に火を付ける道具が置いてあるのかも分からずにいた。
(あー、どうしよう、皇女殿下が、家に来てくれたというのに、何もおもてなしができない)
カインクムは、カマドの近くに置いてある火打ち石にも気付かないし、必要ならば、工房のカマドに置いてある火打ち石を持ってくれば良いのに思いが及ばないほど、緊張していたのだ。
(困った。 どう、もてなせばいいのだ。 皇女殿下だった人だぞ、結婚したとはいえ、その家だって、下級ではあっても貴族なんだ。 しかも、帝国一の商会だぞ。 何もせずに、帰したら、……)
カインクムは、顔から血の気がひいたようだ。
慌てて、戸棚などを物色して、何か出すものを探すのだが、要領が掴めてないことと、フィルランカが、何処に何をしまっているのか、全く知らないので、ただ、扉を開けては閉めるだけだった。
(下手に物を動かして、後で、フィルランカに叱られても困るからな)
カインクムも工房に置く道具は、すべて場所が決まっており、使う場合も、置き場所は必ず一緒にしている。
位置を変更すると、次に使う時に道具を探す必要があるので、小さい頃の修行中から、その癖を付けさせられている。
フィルランカにも子供の頃から、指導をしていたので、下手に台所の物を動かそうとは思わないのだ。
特に、棚に置いてある物を無闇に動かすのは、厳禁だと思ったのだ。
(困った。 このままでは、不敬にあたるのではないのか!)
カインクムは、焦り出していた。
リビングで、カインクムがオロオロしていると、2階から3人が降りてきた。
エルメアーナは、フィルランカが、いつも学校に制服として使っている衣装と色違いのものを着ていた。
それは、一番最初にエルメアーナが着せられた衣装だったが、すべての衣装を着せられた後に、また、この衣装を着せられたのだ。
「カインクム様、エルメアーナさんの着替えが終わりました」
「あ、ああ、あり、ありがとう、ございます。 では、こちらで、少し寛いで、いって、くだ、さい」
カインクムは、自分で何か用意しようと思ったのだが、全く何もできずにいた。
社交辞令的に話してしまって、途中で、自分が何も用意ができなかった事に気がついたようだ。
カインクムは、困ったような表情をする。
「ありがとうございます。 それでは、少し、お邪魔させてもらいます」
リズディアの一言で、カインクムは、青い顔をした。
(どうしよう。 何も用意できてない)
その様子を後ろに居たヒュェルリーンが、気がついたようだ。
「それなら、私が、お手伝いさせていただきます」
カインクムの表情を見て、ヒュェルリーンが、声をかけた。
「エルメアーナ、私と、お茶の用意を手伝ってもらえるかしら」
「わかった。 ヒェル」
そう言うと、2人は、台所に移動して行った。
リズディアは、カインクムに笑顔を向けると、カインクムは、その笑顔に自分が何もできない事に、恥ずかしさを覚えたようだ。
「すみません。 台所は、全て、フィルランカに任せていたので、私は、お湯も沸かすことができませんでした」
カインクムは、ヒュェルリーンに詫びたが、ヒュェルリーンは、笑顔をカインクムに向けた。
「大丈夫です。 この前、台所は、使わせてもらったので、大体わかりますから、座って、待っててください」
「あ、ああ。 ありがとう」
エルメアーナとヒュェルリーンが、台所に行くとカインクムは、ホッとしてテーブルを見ると、そこには、リズディアが、座っていた。
それを見て、カインクムが、また、固まってしまった。
すると、リズディアが、カインクムをテーブルに座らせるように右手で促した。
カインクムとしたら、一難去って、また、一難といったところなのだろう。
(何で、俺が、リズディア様と、2人っきりになるんだ。 俺じゃあ、話し相手なんてできないぞ!)
カインクムは、思うところがあるはずなのだが、座るように促されて、仕方なさそうに座った。
リズディアは、その様子を見つつ、カインクムが座ると同時に声をかけた。
「エルメアーナさんは、とても、元気に育ったのですね」
「い、いえ、男手一つで育てたので、ガサツに育ってしまいました。 お恥ずかしい」
「そうですか? フィルランカさんと一緒だったからでしょうけど、とても、良い子だと思いますわ」
「あ、ありがとうございます」
カインクムは、恐縮した様子で答えていた。
ただ、話は、中々、進まなかった。
結局、場の雰囲気を壊さないために、リズディアが話を投げるのだが、結局、一言二言で終わってしまうような会話になってしまった。
ただ、リズディアとしたら、特にこのような状況は、慣れたもののようだ。
会話が止まると、すぐに、別の話題を投げかけて、会話を持たせるようにしていた。
台所の準備が終わると、ヒュェルリーンとエルメアーナが、お茶とお茶菓子を持ってきてくれた。
全員に配り終わり、2人が座ると、エルメアーナが、嫌らしそうな笑いをカインクムに向けた。
「父、リズディア様と、お話しはできたかか? こんな機会は、後にも先にも無いぞ」
カインクムは、エルメアーナの頭を叩いた。
「バカタレ、そんな言葉遣いが、あるか!」
「痛いぞ、父」
その様子を見ていた、リズディアが、クスクスと笑い出した。
その笑い声を聞いて、カインクムは、恥ずかしそうにする。
「すみません。 リズディア様。 変なところを見せてしまいました」
「いえ、構いません。 とても、仲がよろしいのですね。 でも、エルメアーナさんは、女性ですから、頭を叩かない方がよろしいと思いますわ。 口で説明してあげれば、理解してくれるはずです」
「はい、次から気をつけます」
カインクムは、恐縮した様子でリズディアに答えた。
「そうだぞ、父。 父が、そんなだから、私が、こんななんだ。 子供は、親を見て育ったんだぞ」
カインクムは、エルメアーナを睨むと、手が出そうになるのを、グッと堪えていた。
「バカタレ。 お前は、場所柄を弁えろ!」
カインクムが、エルメアーナを叱ると、リズディアが、また、クスクスと笑い出した。
「その辺にしておきましょう。 今日は、エルメアーナをリズディアの家に連れて行くのだから、カインクムさんも、その辺で終わりにしましょう」
ヒュェルリーンが、仲裁に入ってくれた。
「あ、そうでした。 この度は、娘達を招いていただき、誠にありがとうございます」
「いえ、お構いなく。 学校で優秀な成績の、フィルランカさんと、モカリナさん、それに、この歳で、エルメアーナさんの鍛治技術は、大したものだと聞いております。 私も頑張っている女性から、話を聞きたいと思っていましたので、丁度良いタイミングだと思います。 今日は、とても楽しみなんですよ」
「そうですか。 こんな娘でも、お役に立てるなら、なんでも聞いてやってください」
「ええ、女性の鍛冶屋は、珍しいので、きっと、お役に立てると思います」
リズディアは、カインクムと少し話をする。
お互いの仕事関係の話をするが、お互いにさわり程度の話となっていたので、盛り上がる事は無かった。
数分の軽い雑談をするが、話が続かない。
それをヒュェルリーンが、間に入り、エルメアーナを連れて、カインクムの店を出て、次は、学校に向かう事になった。
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