第95話 ヒュェルリーンの解説 2


 フィルランカは、ヒュェルリーンにジーッと見つめられて恥ずかしそうにしていた。


「あのー、ヒュェルリーンさん。 何で、私をジーッと見るのですか?」


 フィルランカは、恥ずかしそうに言うと、ヒュェルリーンは、言われて初めて気が付いた様子で、表情を戻した。


「ああ、ごめんなさい。 ちょっと、あなたには、とても興味がそそられるのよ」


 そう言って、ニッコリするヒュェルリーンを、フィルランカは、怖いと思った様子で、少し弾き気味になる。


 ヒュェルリーンの笑顔は、いつも通りのものだったのだが、その前の状況が、フィルランカには、普通に思えなかったのだ。


「あの、私、何か、してしまったのでしょうか?」


「そんな事はないわ。 とても素敵な女性に出会えた事が、私には至宝に思えただけよ」


 そう言うとヒュェルリーンは、一歩前に出ると、フィルランカは、一歩下がった。


(えっ! 何? なんだか、怖いのだけど)


 ヒュェルリーンは、笑顔で、また、一歩、前に出ると、フィルランカは、一歩下がる。


「こんな所で、こんな素敵な人材に出会えたなんて、カインクムさんは、とても可愛い女の子を手に入れたのね」


(え! 手に入れた。 カインクムさんが、私の事を? え!)


 フィルランカは、少し怯んだ。


 その隙にヒュェルリーンは、フィルランカに近づくと、思いっきり抱きしめた。


「ぶみゅ」


「カインクムさんは、なんて、幸せなのかしら。 自分の鍛治の技術は、エルメアーナが引き継いで、その技術を活かせる子が、もう居るなんて、……。 ああ、私達にも、こんな子供達が居たら、……」


 ヒュェルリーンは、カインクムの2人の娘達が、どんどん、能力が伸びていて、成長している。


 あと10年もしたら、カインクムの店は、帝都で1・2を争う有名店になるだろうと、ヒュェルリーンは思ったようだ。


(ジュエルイアンは、人を見る目も、先見性もあるわ。 カインクムさんは、これから、ジュエルイアンにとっても、とても頼りになるお店になるわ)


 ヒュェルリーンは、嬉しそうに抱えているフィルランカに胸を擦り付けるようにする。


「あ、あの、ち、ちょっと、く、くる、くるしい」


 フィルランカは、息がしにくかった事を訴えると、ヒュェルリーンは、自分の胸の中に顔を埋めているフィルランカに気がついた。


 ヒュェルリーンは、嬉しさのあまり、思わず抱きしめていた事に気がついたようだ。


「ああ、ごめん」


 そう言って、フィルランカの肩を持って、胸から離すと、笑顔を向けた。


 フィルランカの表情は、恥ずかしそうに赤くなっていたが、ヒュェルリーンは、フィルランカの表情を気にする事なく、話し始める。


「フィルランカちゃんは、とてもいいわ。 これから、機会があったら、商人について、色々、教えてあげるわ。 きっと、あなたは、いい商人になれるわ」


「あ、ありがとうございます」


 ただ、フィルランカは、一つ気になる部分があった。


 エルメアーナは、ブラシの力加減でヒュェルリーンの心の動きが分かったのだが、自分には、それが無かったことが、気になっていた。


(エルメアーナは、人の心を読む方法を、微妙な力加減で理解していた。 でも、私には、そんな事、私には、できないし、今の時点では、私は、エルメアーナに負けているって事なのかしら)


「あのー、ヒュェルリーンさん」


 フィルランカは、自信が無さそうに聞いた。


「ん? 何かしら?」


「さっき、エルメアーナは、ブラシの力加減で、ヒュェルリーンさんの考えに気が付きましたけど、私は、そんな事にまで、気が付かなかったんです。 私は、エルメアーナに、負けているんじゃ、ないでしょうか?」


 最後の方は、自信が無さそうに話した。


 それを聞いて、ヒュェルリーンは、考えるような表情をした。


「うーん。 エルメアーナは、もう、何年も毎日、鍛治をして、沢山、作っているのだから、お父さんのカインクムさんの出来栄えも分かるみたいだから、きっと、達人の域に達しているのよ。 まあ、一芸に長けた人というのは、それを応用して、他の事も理解できてしまうというわ。 そうね。 さっき、エルメアーナが、微妙な力加減と言ってたでしょ」


 フィルランカは、その時の事を思い出すような表情をした。


「だから、エルメアーナは、微妙な力加減については、非常に敏感なのよ。 だから、あの時、ブラシをかけて無かったら、ひょっとしたら、エルメアーナは、私の心の変化に気がつかなかったかもしれないわ」


 そこまで言うと、ヒュェルリーンは、少し自分の話をまとめるように考え始めたようだ。


「人と面と向かって、話したらどうなのかしら」


 フィルランカも、エルメアーナの事を思い出すような表情をする。


「ああ、そうですね。 食事の時とかに話しているエルメアーナって、そんな、敏感に人の心を感じるようには思えないわ。 むしろ、人の事は関係ないみたいです」


「そう、それは、エルメアーナが得意な部分と苦手な部分なのよ。 得意なのは、微妙な力加減で、苦手なのは、人と話をする時なのかしら、……。 ちょっと、違うかな。 でも、得意な部分は、敏感に感じるのよ」


「なるほど、確かにそうですね」


「得意な部分なら、強いけど、不得意な部分では、全く、違う反応になるのよ。 つまり、自分の得意な部分をうまく使っていたから、さっき、エルメアーナは、私の心の中を読むことができたのよ」


「なるほど、そういう事なのですか。 得意な部分を上手く使うと、通常よりも能力が発揮できるということなのでしょうか」


「そういうことね。 あれは、エルメアーナの得意分野だったからね」


「でも、私に、得意な分野って、……。 料理?」


(料理が、得意でも、それで、人の心がよめるのかしら?)


 フィルランカは、不安そうな表情をする。


「別に、それでも構わないわ。 そこから、はじまるかもしれないわよ」


「それが、さっき、話していた、一芸に長けるということなのでしょうか?」


「そういうことね。 それに、あなたは、学校は卒業したの?」


「ええ、卒業して、今、高等学校に通ってます」


 ヒュェルリーンは、少し驚いた様子をする。


「あら、じゃあ、2人で高等学校に通っているの?」


「いえ、高等学校に通っているのは、私1人だけです。 エルメアーナは、10歳の時から、学校に行かず、工房に入り浸ってました」


「ああ、だから、鍛治が得意なのね。 鍛治に使う時間が、長かったのね」


(うーん。 この子達は、カインクムさんにとって、2人で1人なのかもしれないわね)


「あのね、フィルランカちゃん。 何事も、続ける事で、色々、覚えられるのよ。 そして、反省するのよ。 今日の事がとか、今の接客が、どうだったか、良かったか、失敗が有ったかとか、考えるのよ。 ただ、作っただけだとか、話をしただけだとかだと、前には進まないわ。 必ず、終わった後に考えてみるのよ。 そうすると、徐々に見えないものが見えてくるようになるわ。 後で考えることで、完成度が、どんどん、上がっていくものなのよ」


 フィルランカは、感心したような表情をする。


「でも、それが、見えてこなくても、回数を重ねる事で、徐々に見えてくるわ。 その繰り返しが、大きな力になるわ」


「そうなんですね。 なんだか、勇気が湧いてきました」


 フィルランカは、嬉しそうに答える。


 すると、リビングのドアが開いて、エルメアーナが顔を出す。


「フィルランカ。 ちょっと、着替えを手伝ってもらえないか?」


 フィルランカとヒュェルリーンは、その声の方を向くと、下着にコルセットを着けただけの状態で立っていた。


 まだ、上手に着けられずに困った様子で、フィルランカに助けを求めにきたのだ。


 そして、2人は、エルメアーナを見た後、お互いに視線を合わせて、クスクスと笑う。


「分かったわ。 今、行く」


 フィルランカが、エルメアーナの方に歩き出す。


「ああ、私も手伝うわ。 それに、エルメアーナが、どんな服を持っているか気になるわ」


 ヒュェルリーンもフィルランカの後に続いて、リビングを出ていった。

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