第90話 フィルランカとヒュェルリーン


 エルメアーナに抱きつかれたまま、リビングへ移動していたヒュェルリーンは、小さな子供が母親に甘えるような様子なのだが、その後ろを、フィルランカが、ついていく。


 フィルランカとしたら、エルメアーナの初めて見る一面について、どうしたら良いのかと悩みつつも、前を行く2人を見ている。


 リビングに入ると、さすがに、エルメアーナが抱きついた状態では困ると思ったのか、ヒュェルリーンは、エルメアーナに話しかける。


「ねえ、エルメアーナ。 また、抱いてあげるから、少し離れてくれないかしら」


「うーん、もう少しだけ。 もう少しだけ」


 エルメアーナは、ヒュェルリーンの胸に顔を埋めながら答えた。


 その仕草は、母娘と言っても良いような状況であるのだが、フィルランカは、声を出すこともできずに、その様子を伺っていた。


 時々、エルメアーナが、顔を左右に振るので、ヒュェルリーンは、少しくすぐったそうにしている。


 女性としては、長身のヒュェルリーンなので、160cmのエルメアーナは、少し膝を曲げて、エルメアーナは、ヒュェルリーンの胸の柔らかさを味わうように顔を埋めていた。


 ヒュェルリーンは、さすがに、このままではいけないと思ったので、何か話題を探そうとしていた。


 ただ、自分の胸の中にいるエルメアーナの頭を抱えるようにしていたフュェルリーンは、エルメアーナの髪を手櫛ですいてみると、この辺りでは、珍しく、綺麗に整えられていることに気がついた。


「あら、エルメアーナったら、髪の毛の手入れも上手になったのね」


 そう言われると、エルメアーナは、ヒュェルリーンの胸から、顔を上げる。


「そうなんだ。 最近は、フィルランカと一緒に、ティナミムさんのお店で切ってもらっているんだ。 これは、一番最初の時に切ってもらった髪型なんだ。 とても気に入ったので、いつも、同じようにしてもらっているんだ」


 そう言って、エルメアーナは、ヒュェルリーンから離れると、後ろ髪が見えるように立つ。


 ただ、その髪の毛は、たたんで帽子の中に入れていたので、その形が残っていた。


「ああ、そうなのね。 でも、ちょっと、型崩れしているわね」


「うん、工房は、火花が飛ぶからな。 だから、髪の毛を覆う帽子をかぶっていたんだ。 ああ、そうだ。 だったら、ちょっと待ってほしい」


 エルメアーナは、そう言うと、リビングから、飛び出していった。


 その様子をヒュェルリーンとフィルランカが、目で追いかけていた。


 2人は、エルメアーナの行動に、呆気に取られて、お互いに視線を向けた。


「あー、すみません。 ヒェルさんでしたっけ」


「ヒュェルリーンよ。 ジュエルイアンと一緒に、昔、エルメアーナと会ったことがあったのよ。 その時から、なんだか懐かれちゃったのよ。 しばらく会ってなかったけど、昔と全く変わってないわね」


 その話を、フィルランカは、なんとも言えない表情で聞いていた。


「でも、エルメアーナったら、何をするつもりなのかしら」


「ああ、きっと、髪の毛のブラシを取りに行ったと思います」


 そんな事を言っていると、エルメアーナが、リビングに戻ってきた。


「フィルランカ。 私の髪を、ブラッシングしてくれ。 それで、ティナミムさんがしてくれたようにしてくれ」


 エルメアーナは、帽子の中に入れたことで、型がついてしまった髪の毛を、フィルランカに直してほしいと言い、そして、リビングの自分の椅子に座った。


「もう、仕方がないわね」


 そう言って、フィルランカは、エルメアーナの方に行こうとすると、ヒュェルリーンが声をかけた。


「ねえ、フィルランカさん。 エルメアーナの髪の毛だけど、私にやらせてもらないかしら。 小さな時に、一度、髪の毛を触っただけだったから、久しぶりに触ってみたいわ」


「はい」


 フィルランカは、少し驚いたが、ヒュェルリーンに任せることにした。


 ヒュェルリーンは、エルメアーナの後ろに行くと、ブラシを取る。


「ヒェル。 ヒェルが、私の髪をとかしてくれるのか」


「ええ、そうよ」


「ウゥーん」


 エルメアーナは、ヒュェルリーンが、髪の毛にブラシをかけてくれると聞いて、嬉しそうにする。


 まるで、猫か犬がブラシをかけてもらえると思い、嬉しそうにしている様子で、エルメアーナの顔は、綻んでいた。


 そんなエルメアーナを、フィルランカも椅子に座りつつ、眺めていた。


 フィルランカは、ヒュェルリーンから、料理を教わるつもりだったのだが、エルメアーナの面倒を見ているヒュェルリーンと、それを嬉しそうにしているエルメアーナを見ると、そんな事は言えないでいた。


 仕方がなさそうに、エルメアーナのブラッシングが終わるまで、待つことにしたようだ。


(なんだか、本当の親娘って感じだわ)


「ねえ、エルメアーナ。 なんで、こんなに、髪の毛を綺麗にしているの?」


 ヒュェルリーンは、エルメアーナに聞いた。


「昔は、外で大暴れして遊んでいたから、髪の毛に、時々、泥まであったわよ」


 ヒュェルリーンは、昔のことを思い出した事を声に出したが、エルメアーナは、気にする様子もない。


「ああ、今は、フィルランカと一緒に、外に食事に行くことがあるから、髪の毛も綺麗にしているんだ。 私が、汚い格好だと、店に入れてもらえないかもしれないからな」


「あら、そうだったの」


 エルメアーナの答えを聞いたヒュェルリーンは、興味深そうに答えた。


「うん。 フィルランカが、色々なお店に行くのに、私も一緒に行くから、それで、綺麗にしているんだ」


 その答えを聞いて、ヒュェルリーンは、フィルランカを見る。


(この子は、どういった子なのかしら。 店に入った時から気になっていたけど、どこかの貴族の子供なのかしら?)


 ヒュェルリーンは、不思議そうにフィルランカを見た。


 その視線をフィルランカも感じたのか、ヒュェルリーンを見た。


 視線が合うと、ヒュェルリーンが話しかけた。


「ああ、ねえ、フィルランカさんは、何処か、良い家の生まれなの?」


 それを聞いて、フィルランカは、驚いた。


「えっ! いえ、私は、隣の孤児院に捨てられていたんです。 エルメアーナと仲が良かったから、カインクムさんが、この家に置いてくれたんです」


 それを聞いて、ヒュェルリーンは、意外そうな表情を浮かべた。


「あら、そうだったの。 私は、てっきり、どこかの貴族の娘さんかと思ったわ」


 その答えにフィルランカも驚いた。


「いえ、めっそうもありません。 私が、貴族の子供だなんて、そんなことはありません」


 フィルランカは、恥ずかしそうに答えた。


「それにしては、仕草から何まで、ちゃんとした淑女だったわよ」


 それを聞いて、フィルランカは、両頬を隠すように手を当てた。


「店に入った時から、ずーっと見てたけど、どこに出しても恥ずかしくない感じだったわ」


「あのーっ! これは、第1区画のお店に食べに行った時に、教わりました」


 フィルランカは、最初、ヒュェルリーンの言葉を遮るようにしたので、声が大きかったが、最後の方は、聞き取れるかどうかという大きさになってしまった。


(いやーん。 なんだか、とても恥ずかしい。 こんな美人のエルフの人に、褒められたことなんて、初めてだわ。 あ、そもそもエルフの人に会うこと自体初めてなのよ)


 フィルランカは、恥ずかしそうに下を向いてしまった。


「ああ、ごめんなさいね。 別に責めているわけじゃなのよ。 とても素敵だと思ったのよ」


 ヒュェルリーンは、エルメアーナの髪をブラッシングしつつ答えた。


「あのね。 人の仕草は、その人の心が乗るのよ。 あなたの仕草には、優しい心が見えたわ。 もてなそうと思ったことが、仕草に出たのよ。 きっと、私達が、カインクムさんと知り合いなのだと分かったところから、とても丁寧に、もてなしてもらえたわ。 ありがとう」


 それを聞いて、フィルランカは、驚いたようだ。


「あのー。 人の心なんて分かるのですか?」


「ああ、心の中の声を聞くことはできないけど、人はね、思っていることが、態度や仕草に出るものなのよ。 私は、99歳だけど、あなたは?」


「17歳です」


「きっと、長く人を見ると、ほんの僅かな仕草で、相手が、何を考えているのか、分かるようになったのかもね。 ほら、この人、私のこと好きそうだとか、嫌っているとか、それに、長い間、一緒にいると、相手の嘘の癖とかも、見つけてしまうものなのよ。 それが、沢山の人と話したりして接していると、初対面でも、簡単な心の中の感情は分かるわよ」


 フィルランカは、その話を食い入るように聞いていた。


「そうね。 誰が誰かを好きだとかなんて、案外、簡単に分かってしまうわよ。 特に、あなた位の歳の女の子の好きな男の子とかね」


 ヒュェルリーンは、年頃の女の子の話題として、有効な話をして、興味を示させて、フィルランカと仲良くなろうと思っただけなのだが、フィルランカは、それを聞いて真っ赤になってしまった。


(えっ! 私の好きな人も、この人には、分かってしまっている。 えっ! ええーっ! どうしよう。 カインクムさんが好きだとバレたら、私は、どうしたらいいの?)


 フィルランカは、真っ赤な顔をして下を向いてしまった。


 すると、店の方から、ジュエルイアンの大きな笑い声が聞こえてきた。


 その笑い声を聞いて、ヒュェルリーンは、イラッとした表情を浮かべた。


「あら、あの人が、こんなに大きな声で笑うなんて、珍しいわね。 それにしても、少し下品な笑い方だわ」


 ヒュェルリーンは、ジュエルイアンの笑い方が気に入らなかったようだ。

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