第89話 フィルランカとカインクムの約束


 エルメアーナの乱入(?)のため、話が中断したが、ジュエルイアンには、丁度よかったようだ。


 フィルランカが、何者なのなのか確認ができるので、このカインクムと、2人だけの状況はありがたいと思ったようだ。


「なあ、何で、フィルランカを家に入れたんだ。 それに彼女は、住まわせてもらっていると言ったぞ。 養女じゃ無いのか?」


「ああ、フィルランカは、養女になってない。 今は、下宿人として家に置いている」


 ジュエルイアンは、聞いて不思議そうな表情をする。


「なあ、なんで、そんな事をしたんだ。 彼女にしても、養女にして、エルメアーナと姉妹になった方が、これから先に市民権の関係もあるだろうし、就職するにしても、その方が都合がいいだろう」


 ジュエルイアンの考える、一般的な孤児とは、少し違う感覚を持っているように思ったようだ。


 ただ、それを聞かれて、カインクムは、困った様子で黙っていた。


「ん? どうした。 お前、その理由が何なのか、聞いているのか?」


 そう聞かれると、カインクムは、顔を赤くする。


 その様子を見て、ジュエルイアンは、一瞬、何か考えるような表情をしたが、少し意地悪そうな表情をした。


「おい、言ってみろよ。 何かあったんだろ」


「あ、ああ」


 カインクムは、言おうか、どうしようかと考えたようだが、話をすることにしたようだ。


「あれは、7年前か。 フィルランカとエルメアーナが、10歳の時にだが、エルメアーナが、学校に行かなくなってな。 フィルランカが、遊びに来てエルメアーナの学校の授業の話を聞けなくなったと残念そうにしてたんだ。 エルメアーナの将来の事を考えたらな」


 カインクムは、少し顔を曇らせるが、話を続ける。


 それを、ジュエルイアンは、面倒臭そうな表情をした。


(10歳の時から、学校だと、4年分の学力差は埋められないだろう)


 ジュエルイアンは、余計な話を聞いてしまったように思ったようだが、商人のためなのか、僅かに表情に出すが、直ぐにカインクムに分からないように、表情を戻した。


「エルメアーナは、工房に入り浸って、学校にも行かないとなったら、鍛治は出来ても、商売はできるのか心配になったからな。 代わりにフィルランカに学校に行ってもらって、店番をしてもらいたいと思ったんだ。 2人は、随分、仲が良かったし、丁度良いと思って話をしたんだ」


「ほーっ。 それで、フィルランカを学校に行かせているってわけか。 でも、今、17歳なら、学校は終わりだろ、……? ん、お前、あの娘を高等学校に通わせているのか?」


 そう聞かれて、カインクムは、恥ずかしそうな様子をする。


「ああ、フィルランカは、大学に行って、商業か経営に関係する学問を習いたいと言っていた」


 その答えを聞いて、ジュエルイアンは、驚いた様子をする。


「おい、大学って、帝国大学だろ、高等学校に入れた程度じゃ、上に上がれないだろう。 本当に大学に入れるのか?」


「ああ、入学の時から、次席を維持している」


「ふーん。 ……。 って、おい、次席って、学年で2番目だぞ、入学してから、ズーッと次席なのか。 お前、とんでもない孤児を拾ったんだな」


 ジュエルイアンは、驚いていた。


(おい、孤児で、10歳から学校に入って、高等学校に行けただけでも珍しいってのに、大学へ行こうと言うのか? それに高等学校入学時から、次席をキープって、どれだけの秀才なんだ。 それなら、大学へ入れるだけの学力はあるのか)


 驚いているジュエルイアンを気にする事なく、カインクムは、話を続ける。


「ああ、俺も、フィルランカが、そんなに頭が良いとは思わなかったんだ。 まあ、遊びに来ていた時、店の商品についても、説明内容も金額も直ぐに覚えてしまったからな。 覚えは良いとは思っていたんだ。 それに、エルメアーナから、よく学校の授業内容を聞いていた。 それも、ほとんど毎日だったよ」


 その話の中から、ジュエルイアンには、一つの疑問が浮かんできた。


「なあ、それは分かった。 それに、お前、フィルランカを大学まで行かせるつもりなのか?」


「ああ、フィルランカが、行きたいと言ってたからな。 店番には、過剰品質かもしれないが、知っていて損はないだろう。 お前のような海千山千の商人とも対等に話をするなら、過剰品質って事も無いかもしれないしな。 大学に行かせて、損は無いと思っている。 それに、大学まで上がれば、嫁の貰い手というか、できれば、商人の家の四男坊か五男坊を婿に出来れば、店を任せてもいいと思ったんだ」


 その話を聞いて、ジュエルイアンは、考えた。


 第三者として、今の話を精査すると、ジュエルイアンは、自分なりの結論を考えた。


「なあ、それなら、なおさら、フィルランカを養女にしておいた方が、都合が良かったんじゃないのか?」


 カインクムは、しまったと思ったようだ。


 カインクムとしたら、そのジュエルイアンの指摘は、黙っていたい内容だったのだ。


 カインクムは、黙っているが、ジュエルイアンは、その質問の答えを待っていた。


「おい、カインクム。 何かあったのか?」


「いや、まぁ、そのー」


 カインクムは、顔を赤くしていたのだが、ジュエルイアンは、カインクムの表情を気にする事なく、自分の考えをまとめていた。


「うーん。 フィルランカにしても、孤児という身分より、カインクムの養女の方が、都合がいいはずなんだが、……」


 ジュエルイアンが不思議そうに呟くと、カインクムは、さらに赤い顔をしている。


「おい、どうした。 様子が変だが?」


「い、いや、そのー、なんだ」


 カインクムの表情が、おかしいので、ジュエルイアンは、さらに、その理由が気になったようだ。


「おい、フィルランカを養女にしない理由には、何かあるのか? ……。 まさか、あの娘、どこかの貴族の落とし子? それとも、皇族の誰かの落とし子だったとかなのか?」


 ジュエルイアンは、変な方向に考え始めたので、カインクムも、それには焦ったようだ。


「いや、そんなんじゃない」


 カインクムは、否定するが、顔どころか、耳まで赤くしていた。


「じゃあ、何があったと言うんだ」


 カインクムは、隠しきれないと思ったのか、仕方なさそうな顔をする。


「フィルランカのやつ、養女にすると言ったら、……」


 カインクムは、言いにくそうにしている。


「養女にすると言ったら、何て?」


 カインクムは、赤い顔をする。


「嫁にしてほしいから、養女は嫌だと」


 カインクムは、小さな声で答えたのだが、その答えを聞いたジュエルイアンは、呆気に取られた顔をする。


「嫁に。 ……」


 ジュエルイアンは、一言言うと、もう一度話の内容を確認するように、考え直す仕草をすると、突然、大声で笑い出した。


 そして、腹を抱えて、笑っていた。


「おい、そこまで笑うことはないだろ。 フィルランカだって、10歳の時の少女の思いつき程度だろう。 それに、そろそろ、学校の男子とか、それに大学に行ったら、気になる男も出てくるだろう。 あと、5年もしたら、この人と結婚したいと言ってくるだろう。 多分」


 カインクムは、バツが悪そうに、不貞腐れた様子で答えた。


 そのカインクムの話を聞いて、ジュエルイアンは、徐々に、笑いが収まり始め、話ができるようにまでなると、少し苦しそうに答える。


「いや、いや、楽しませてもらった。 でも、未だに養女にして欲しいとは言われてないのだろう」


「ああ」


「その約束をしたのは、……。 7年前なのか」


「ああ」


「なあ、その約束の時に、嫁にすると答えたのか?」


「いや、10年後に嫁にして欲しいと思っていたら、嫁にしてやると言った。 ……。 あ、当たり前だ。 いくら俺でも、10歳の少女を嫁に持つなんて趣味は無い」


 そのカインクムの答えを聞いて、ジュエルイアンは、一瞬、唖然とするが、内容を吟味すると、意地悪そうな表情をする。


「おい、その約束は、反故になってないだろう。 今でも有効だと、フィルランカは思っているのかもしれないぞ」


 ジュエルイアンの話を聞いて、カインクムは、まさかと思った表情をする。


「おい、それは無いだろう。 子供の時の約束だぞ」


 その答えを聞いて、ジュエルイアンは、にやりとした。


「どうかな。 10歳当時の少女の感覚は、分からないぞ。 お前は、学校に自分の娘でもないのに入れてくれたんだ。 しかも、大学へも行かせようとしているんだ。 案外、今でも、嫁にしてもらえると、思い続けているかもしれないぞ」


「おい、よせよ。 まさか、そんな事になるわけないだろう」


「さあな。 何なら、本人に話を聞いてみたらどうだ」


 ジュエルイアンは、面白がって、カインクムに提案する。


「ば、馬鹿な事を言うな。 そ、そんな事できるわけないだろう」


 カインクムは、赤い顔をして答えると、そっぽを向いてしまった。


 そんなカインクムを、ジュエルイアンは、面白そうに見ていた。

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