商人の感性

第87話 ジュエルイアンの訪問


 フィルランカの学校生活は、1年を過ぎようとする頃、学校は、入試のために、しばらく休みになった。


 フィルランカは、学校が休みになったので、昼間は、店番をするか、食材の買い物に出ていた。


 店番をするにしても、常にお客がいる訳ではないので、1人だけの時は、学校での授業の復習を行なっていた。


 フィルランカは、いつも通り店番をしていると、男女1人ずつの客が入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 フィルランカは、お客の顔を見て、挨拶をするのだが、入ってきたお客は、長身の身なりの良い紳士風の男と、その後を付き従うように、耳の長い、切長の目をもつ、一目で美人とわかるエルフの女性を連れていた。


 その女性も紳士ほどではないが、長身の男性と同じ位の長身だった。


 そのエルフの女性は、ドレスではないが、清楚なスカートとスーツを着ていた。


 エルフの女性には珍しい、商人風の衣装を着ていたのだ。


 フィルランカは、そんな2人のお客を不思議そうにみる。


(あら、珍しい。 商人さんみたい)


 最近は、ギルドが、大ツ・バール帝国にもできる事になって、その先触れのように、帝都にもギルドの出張所ができて、支部の設立を行なっている。


 その出張所を利用する冒険者が、先行して入ってきているので、最近は、軍の注文以外にも冒険者から、剣の注文も増えてきていた。


 冒険者が帝国に入ってきたことで、カインクムもフィルランカも、武器や防具の受注も増えていたので、フィルランカが休みなので、店番をしてもらっているのだ。


 今は、工房での作業が多いので、フィルランカが休みの時は、積極的に店番をしてくれるフィルランカの厚意に甘えて、鍛治に営んでいる。




 そんな中、商人風の2人が店に入って来るのは珍しいのだが、珍しいのは、それだけでは無かった。


 2人の着ている服は、帝国風の服ではなかった。


「やあ、ここは、カインクムの鍛冶屋だったと思ったんだが、……。 ああ、あんたは、娘のエルメアーナか。 随分と大きくなったんだな」


 フィルランカは、エルメアーナと間違えられて、驚いている。


「ああ、そうか。 俺が帝国に来て直ぐの頃、おお、そうか、9年前に会っただけだから、顔は覚えてないか」


 その男は、分かったような表情で、話を続けていたが、後ろのエルフの女性は、微妙な表情をしていた。


「ジュエルイアン。 その子、エルメアーナちゃんじゃないわよ」


「ん? そうなのか? カインクムには一人娘が居たはずだが、……」


 後ろのエルフの女性に言われて、ジュエルイアンと言われた男は、フィルランカを見る。


「ああ、すみません。 私は、フィルランカと言います。 カインクムさんとエルメアーナは、今、工房で仕事をしてます」


「そうなのか、……。 あ、ああ、すまなかった、フィルランカさん。 すまないが、カインクムを呼んでくれないか」


「はい、かしこまりました」


 フィルランカは、そう言って、丁寧な挨拶をすると、店の奥に入っていく。


 ジュエルイアンとエルフの女性は、商談用のテーブルに移動して椅子に座って、フィルランカを待つことにしたのだ。


「おい、ヒュェルリーン。 お前、よく、あれが、エルメアーナじゃないってわかったな」


 それを聞いて、フュェルリーンは、軽く噴き出すように笑った。


「もう、ジュエルイアンったら、本当に、仕方がないのね」


「分かるか。 9年前の子供の顔なんて、特に女の子は、すぐに感じが変わるから、てっきり、エルメアーナだと思うだろう」


 ジュエルイアンは、少し膨れた様子で答えた。


「はい、はい。 でも、彼女の会釈は、この第3区画の女の子とは思えなかったわね」


「ああ、そうだな。 あれなら、貴族の子供と言っても通りそうな振る舞いだったな。 カインクムのやつ、そんな所に、伝手があったのか」


 ジュエルイアンは、感心した様子で答えた。




 すると、フィルランカが戻ってくる。


「大変失礼しました。 ただいま、カインクムに、お客様のご来店を伝えてきました。 作業中でしたので、もう少しお待ちください」


 そう言うと、丁寧にお辞儀をすると、ジュエルイアン達にお茶を淹れる。


 ジュエルイアンは、そのフィルランカの仕草を気にしていた。


(カインクムのやつ、なんで、こんな礼儀を知っている娘を、店番に使っているんだ)


 ジュエルイアンの前にフィルランカは、ティーカップを差し出す。


 そして、ヒュェルリーンの前にも、ティーカップを差し出す。


 2人は、フィルランカのお茶の淹れ方も、ティーカップの出し方も、全てを確認するように見ていた。


 それをフィルランカは、2人の視線に晒されて、少し恥ずかしそうにしていた。


「おお、ジュエルイアン。 久しぶりだなぁ。 それと、フュェルリーンだったか。 そっちは、いつまで経っても美人のままだな」


 フュェルリーンは、少し恥ずかしそうにするが、ジュエルイアンは、それより、フィルランカを気になっていた。


「おい、ジュエルイアン。 お前、南の王国に戻ったって聞いていたが、帝国には、なんで来たんだ」


「何って、去年のツカラでのツノネズミリスの発生で、あそこの穀倉地帯が使い物にならなくなったからな。 ツカ辺境伯領の開発の状況確認と、それから、帝都の第9区画の開発で、親父殿からギルドとの橋渡しを任されているんだ。 俺の所も親父殿から仕事を任されているからな。 これからは、開発の佳境になるから、しばらくは、帝都に滞在するつもりだ」


「ああ、イスカミューレン商会か。 お前さんも忙しいんだな」


 カインクムも、今、帝都の南側に過去最大の開発規模となる、第9区画の開発を、帝国最大の商会であるイスカミューレン商会が引き受けて、それを下請けに出しているのだが、今回の規模もあるが、5年後に予定されている、ギルド支部の設立もあるので、南の王国のジュエルイアンにも仕事の依頼が入った。


 ただ、ジュエルイアンは、大学の卒業後にイスカミューレン商会に雇われていたので、スツ・メンヲン・イスカミューレンとも、面識があったこともあり、直ぐに開発に引き込まれていたのだ。


「それでなぁ、俺の開発区域に出てくれる店を探しているんだ。 お前も、考えておいてほしいんだ」


「……」


 カインクムは、ジュエルイアンの申し入れを聞いて、少し悩むような表情をしていたので、すぐに、ジュエルイアンは、話を続ける。


「まあ、お前も、色々あるだろうから、考えておいてくれ」


「ああ」


 カインクムは、気のない返事をした。

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