第85話 モカリナとフィルランカ


 エルメアーナとベンガークが、中庭の休憩場から移動すると、その姿をモカリナとフィルランカが見送る。


「ごめんね、モカリナ。 気を使わせてしまって」


「構わないわ」


 フィルランカが、申し訳なさそうにモカリナに言うが、モカリナは、あまり気にしてなかったようだ。


「私としては、フィルランカが居てくれたから、一緒に上級生の補習授業を受けられているわ。 私だって、もし1人だったら、上級生に混ざって授業を受けるなんてできなかったわ。 きっと、心細くなって、1度受けたら、2度目は、受けられなかったかもしれないわ。 だから、そのお礼も兼ねて招待したのよ」


 モカリナは、上級生と一緒に受ける授業を、フィルランカと一緒に受けられたことで、何とか続いていたようだが、フィルランカも言われて、その話を考えてから、納得したような表情をした。


「そうね。 私も、ちょっと、上級生達の補習授業に、1人だったら入れなかったかもしれないわ」


「あら、私達、2人だったから、上級生達の補習授業に入れたみたいね」


 2人ともお互いに同じような思いをしていたのだと、言われて初めて気がついたようだ。


「ええ、モカリナと一緒だったから、続けられたのよ」


「あら、私たち、お互いに似た者同士だったのね」


 2人は、お互いの事を確認するように話し続けていた。


 お互いに必要としていたと思うことで、安心したような表情を浮かべると、お互いにお茶を一口飲む。




 そして、エルメアーナの様子を伺っていた。


 エルメアーナは、ベンガークと話をしているようだったが、時々、身振り手振りで説明していた。


「ベンガークが、あんなに真剣に説明しているのは初めて見たわ。 何だか、とても楽しそうね」


「ああ、そういえば、子供の頃、エルメアーナに勉強を教わってた時だけど、エルメアーナも、とても、楽しそうにしていたわ。 きっと、教える事って面白いのかもしれないわね」


「あら、そうかしら。 学校の先生達は、教えていても面白そうじゃないわ」


 そう言われて、フィルランカは、少し考えていた。


「そうね。 学校の先生方は、あまり、楽しそうではないわね」


 フィルランカは、学校での授業について考えていると、何かに思い当たった様子で、話を続ける。


「カインクムさんと、エルメアーナも、時々、あんな感じだったかもしれないわ。 ……。 ああ、きっと、それは、教わる側が、興味を持っているからかも。 興味を持っている人に教える事と、そうでない人に教える事は、教える側も、教え方が違うのかもしれないわね」


 フィルランカは、エルメアーナとカインクムの事を思い出していた。


「そうね。 でも、教える側が、興味をそそるように教えられたら、教えられる側も興味を持つのじゃないの」


 モカリナは、フィルランカとは、若干違う考えを持っているようだ。




 フィルランカは、カインクムのお陰で、学校に通うことができ、そして、カインクム達のために料理を覚えることにしたので、引き取られた頃に、孤児院のシスターの元で、料理を覚えていた。


 その後は、新たな料理を覚えるため、毎週、まわった飲食店では、店の店主と使用人達の関係を見ていたこともある。


 そんな関係の中から、なんとなくではあるが、師匠と弟子、先生と生徒について、考えているようだ。


「そうね。 教える側も、教わる側も、どちらも、その姿勢が大事なのかもしれないわね」


 そう言うと、エルメアーナ達の方を見た。


「エルメアーナは、庭師になろうと思ってはいないけど、この庭を見て、自分の鍛治仕事に結びつけられそうだと思ったようね。 だから、あれだけ必死に聞いているのでしょうけど、庭師のベンガークさんは、そのエルメアーナが、真剣に聞いてくる事がとても嬉しそうだわ。 だから、お互いの気持ちが大事なのかもしれないわね」


 フィルランカの話を聞いて、モカリナも納得したような表情を見せた。


「そうね。 私たちの教室は、それなりだけど、補習授業を受けている3年生達の中には、もう、単位を落としたくないと思う人と、イヤイヤ、仕方なく受けている人と、もう、半分諦めている人に分かれているわね。 先生方も、私達や必死になっている3年生達と、他の生徒達とは、接し方が違うわね」


「そうでしょ。 言葉使いだって、言葉の内容だって、違うのよ」


「そうね。 教える側も教えられる側も、お互いが真剣に取り組んでいたら、授業も話の内容も深くなっていくのよ。 教える側は、自分の知っている事を話せて楽しいと思うだろうし、教えられる側は、新しい知識が得られるので楽しいと思えるのよ」


「お互いに楽しいと思えるから、話が深くなっていくのよ」


「そうよね。 全く分からない事が、理解できる瞬間って、とても、嬉しいのよね。 何だか、とてもワクワクしてくるのよ。 それが、ずーっと頭を悩ませていた事だと、感動と言っていい程なのよ」


 モカリナは、何かを思い出したように、顔を上に少し上げて目を瞑って、その時の状況を思い出しているようだ。


「そうよね。 新しい事を覚えるって、とても楽しいわ。 歴史にしても、今までは、過去にこんな出来事がありましただけだったけど、今は、その出来事が、何で起きたのかとか、その前後の出来事に繋がりがあったとかを教えてもらえるから、とても、楽しいわ」


「そうでしょ。 フィルランカも、そう思うでしょ」


「あ、ええ、そうね」


 モカリナに同調したフィルランカに、モカリナが、体を乗り出すようにしてきたので、フィルランカは、少し驚いた様子で答えていた。


「私達も、授業を受ける側として、真剣に取り組まなければね」


 それを聞いて、モカリナは、少し冷めた様子で、椅子に座り直した。


「やっぱり、フィルランカは、まじめよね」


「あら、そうかしら」


「そうよ。 まあ、そんなフィルランカだから、私も付き合っているのだけど。 ……。 でも、そのおかげで、成績も上がったわね」


 それを聞いて、フィルランカは、キョトンとした様子で答える。


「あら、モカリナったら、成績を上げたのね。 私は、入学した時と一緒。 上がりも下りもしてないわ」


 フィルランカが、少しがっかりした様子で答えるのだが、モカリナは、どうしたら良いのか、少し困っていた。


(そりゃそうでしょ。 フィルランカは、入試は次席だったのだから、その上には、1人しかいないのよ。 私は、まだ、7位よ。 9位から7位に上がっただけなのよ。 あなたとの間には、まだ、4人いるのよ)


 モカリナは、若干、悔しそうにしていたが、すぐに表情が戻る。


「そうね。 これからも、もっと、頑張らないといけないのね」


「そうね。 お互い、頑張りましょう」


 フィルランカは、モカリナに笑顔を向けるのだが、モカリナには、その笑顔が、少し眩しく写ったようだ。

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