第83話 フィルランカの思いと過去
泣いていたと思っていたフィルランカは、泣き止んでいて、今度は、顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
モカリナは、そんなフィルランカを不思議そうに思い、声をかけると、おかしな声を上げた。
モカリナは、このフィルランカの変わりようが何なのか理解できずにいるが、泣き止んだことにホッとしていた。
(よかった。 とりあえず、泣き止んでくれたわ)
エルメアーナもホッとしていた。
(でも、何なの? 何で、あんなに、真っ赤な顔をしているのかしら? とても恥ずかしそうだわ)
モカリナは、ホッとしていたのだが、フィルランカの表情というより、何を考えているのか不思議に思ったようだ。
フィルランカは、自分の料理の食器の事は、忘れてしまっていた。
それよりも、2人の話が気になって仕方がなかったのだ。
(えっ! カインクムさんは、私の料理を、いつも楽しみにしてくれてたの? それも、作り始めてから、ずーっとって事なの。 えっ、えっ、えっ、そうだったの。 エルメアーナが、嘘をつく事は無いし、きっと、本当のことなのよね。 えっ、えへ、えへへ)
フィルランカは、涙の流れた後を気にすることもなく、嬉しそうな表情をする。
(それに、カインクムさんは、私のことを可愛いと思っているって、今、モカリナが言ってたわね。 えっ! 周りから見ても、カインクムさんは、私のことを可愛いと思えるように見えているのかしら。 そうよね。 今、モカリナが、カインクムさんは、私のことを可愛いと思っているって言ったわ)
フィルランカは、カインクムに可愛いと思われていると思うと、顔が綻んでしまっていた。
ただ、周りは、泣いた後に涙も拭わず、今度は、顔が緩んでしまっていたので、どうなっているのか不思議に思い出していた。
だが、モカリナもエルメアーナも、そんなフィルランカに声をかけられずにいる。
その様子を伺っていたモナリムは、頃合いだと思ったのか、入室してきた。
ワゴンに、次のお茶を用意してきたのだが、入ろうと思った時に、フィルランカの事があったので、しばらく様子を伺っていたが、落ち着いたと思ったので、入ってきたのだ。
モナリムは、ワゴンをテーブルの脇に置くと、フィルランカの横に行く。
そして、しゃがみ込む。
「フィルランカ様、お顔ををこちらに向けていただけますか」
(でも、なんで、涙の後も拭わずに、にやけているのかしら。 何だか、自分の世界に入り込んでいるみたいだわ)
にやにやとしていたフィルランカは、そんな、モナリムの声が全く聞こえてない様子でいた。
その様子を見て、モナリムは、自分の声が聞こえてないと思うと、仕方がないと思った様子で、ポケットからハンカチを取り出す。
「フィルランカ様、失礼致します」
そう言って、フィルランカの頬を伝わった涙を拭き始めた。
流石に、フィルランカも頬に突然、心地よい肌触りの布が当たるので、気がついたが、それで自分の頬を、モナリムが、ハンカチで拭いていることに気がついた。
「あっ、えっ、ええ」
フィルランカは、モナリムが何で自分の頬にハンカチで拭っているのか分からずに、変な声をあげる。
フィルランカとしたら、カインクムの事を考えていたので、周りがどうなっているのか、全く頭に入ってなかったのだが、自分の頬をハンカチで拭われて、初めて周りの状況を確認し始めた。
「あの、涙を拭ってました」
モナリムの言葉に、自分が家で使っていた食器のことで、涙を流したことに気がついたのだ。
そして、モカリナとエルメアーナの話から、自分が可愛いとカインクムに思われていると思ったら、嬉しくてニヤけていたのだ。
そのことを思い出していた。
(えっ! カインクムさんのこと、顔に出ていたのかしら)
フィルランカは、慌てていたのか、周りの反応がよくわかってなかったのか、びっくりして、立ち上がってしまった。
「あ、あの、私」
フィルランカは、その後の言葉が出てこない。
周りに悪いことをしてしまったということと、自分の思っていたことが、周りに知られてないか気になって、どうしようかと、焦ったような表情でいるのだ。
モナリムは、そんなフィルランカに合わせて、立ち上がると、フィルランカに笑顔を向ける。
「大丈夫ですよ。 私は涙で濡れた、フィルランカ様の頬を綺麗にしているだけです」
そう言われて、フィルランカは、納得したような表情をした。
フィルランカが落ち着いたようなので、モナリムは、ホッとした様子で、また、フィルランカの頬をハンカチで拭い始める。
「何だか、思い出しますわ。 モカリナ様が、お兄様たちと剣やら格闘技やらと戦って、いつも負けて帰ってきて、こんな感じで涙を拭ってたのですよ。 お兄様たちとは体格も違うから、勝てるわけが無いのに、いつも挑戦して負けて帰ってきて、大泣きしていた時の事を思い出しますわ」
そう言って、モナリムは、フィルランカを落ち着かせようとするのだが、モカリナは、気に入らなかったようだ。
「モナリム。 余計な事は言わないで」
モカリナに言われて、モナリムも、余計な事を言ったと思ったようだ。
「失礼しました。 モカリナ様」
そう言うと、黙って、フィルランカの涙を拭って、綺麗にした。
フィルランカは、誰かに、ハンカチで涙を拭ってもらった経験が無かった。
赤ん坊の頃、親の顔も知らずに孤児院の玄関に置き去られたのだ。
そして、物心がついた頃には、周りに同じような境遇の子供と、自分達を育ててくれるシスターがいた。
シスターは、多くの子供の面倒を見ており、忙しくしていたので、一人一人に、このような優しさを向ける余裕が無かったのだ。
泣きたい事があったとしても、泣かないようにしていたが、それでも泣いてしまった時は、自分で涙を拭うしかなかったのだ。
こうやって、誰かに涙を拭ってもらえた事が、とても嬉しかった。
何だか、とても暖かさを感じていた。
「フィルランカ様、どうか致しましたか?」
表情が変わったフィルランカにモナリムが声をかけた。
「いえ、こんなに優しく涙を拭ってもらったことが、今まで無かったので、何だか、とても嬉しかったのです」
モナリムは、当たり前の事をしただけなのだが、フィルランカが喜んでくれたので、思わず力が抜けたように表情が緩んだ。
「そうでしたか。 この位なら、いつでも、私が致しますわ。 それに、あなたには、とても可愛い家族がいらっしゃるじゃ無いですか」
「えっ!」
フィランカは、モナリムの顔を見ると、その視線が、自分の後ろを見ているので、フィルランカは、モナリムの視線の方向を見る。
振り返ったそこには、エルメアーナが、フィルランカを恨めしそうに見ていた。
その手には、ハンカチを握っていた。
「私も、フィルランカの涙を拭こうと思ったのだ。 でも、フィルランカは、嬉しそうだったから、声をかけられなかった」
エルメアーナは、モナリムがフィルランカの涙を拭っているのを見て、自分も行わなければと思ったのだろうが、声をかけられずにいたのだ。
それが、エルメアーナには、少し悔しかったようだ。
姉妹と思っているフィルランカが泣いていたのに、大したことができなかったと思うと、出遅れた自分に悔しい思いをしていたのだ。
「ありがとう、エルメアーナ。 ちゃんと分かっているわ。 いつも私のことを思ってくれているのは、あなたですもの。 今度、こんな事になった時は、エルメアーナにお願いするわ」
「……。 うん」
エルメアーナは、少し間を置いてから答えた。
「それより、お茶を入れ替えましょう」
そのモナリムの話に、モカリナが、言葉を制した。
「いえ、お茶は、中庭に持っていってください。 これから、中庭に移動しますわ」
すると、エルメアーナに話しかける。
「エルメアーナ、中庭に行きましょう。 あれだけ、中庭を褒めてくれたのだから、近くで見てみませんか? きっと、新しい発見があると思いますよ」
すると、エルメアーナの表情がイキイキとしてきた。
「うん。 行こう。 中庭を見てみたい」
モカリナは、今度は、エルメアーナが拗ねそうだったので、興味のありそうな提案をしたのだ。
フィルランカは、モカリナに視線を向けると、その表情には、助かったと言っているように見えた。
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