第81話 エルメアーナの感想


 デザートまで、食べ終わり、最後にお茶を飲んで口を潤していると、エルメアーナが、ソワソワし始めた。


 使用人のモナリムは、下げた食器をワゴンに乗せて、部屋を出て行ったので、部屋には3人だけになっていた。


 フィルランカは、ソワソワしているエルメアーナが、何か仕出かすのでは無いかと、心配しつつ、エルメアーナの様子を伺っていた。


 その様子を、モカリナも分かったのだろう、お茶が終わるまで、エルメアーナを引き止めようとして、話しかけてくれた。


「ねえ、エルメアーナ。 この屋敷が、随分、気になるみたいね」


「うん。 こんな、お城のような家は初めて見るんだ。 全てが興味深い」


 エルメアーナは、話しかけられると、すぐに、嬉しそうに答えた。


 もし、モカリナが、話し掛けるタイミングが、もう少し遅かったら、エルメアーナは、痺れを切らせて、部屋の中を彷徨い歩いていただろうが、モカリナが話しかけたことで、エルメアーナは、堰を切ったように話し始めた。


「そうだ。 さっきの料理も美味しかったが、私は、料理を、のせた皿の方に、興味を注がれた。 あんな、見事な、細工の皿は初めてみた。 とても綺麗だった」


 モカリナにしてみたら、いつもの皿なので、気にもとめなかったが、エルメアーナに言われて、そうなのかと思ったようだ。


「何なんだろう、あの皿の縁取りとか、縁の部分に描かれた絵だとか、とても素敵だった。 そうだ。 あれが、料理を引き立てて、さらに美味しく見せているようだった」


 エルメアーナは、食べた料理を思い出して、至福の表情を浮かべていた。


 だが、フィルランカは、そのエルメアーナの発言に、微妙な表情を浮かべていた。


「あの皿は、きっと、料理に合わせて、選んでいるのだろうな。 全部、違う柄なのだが、全く違うんじゃなく、何かを表していたようだ。 あれは、きっと、料理に合わせて、皿を選んでいたのだろう。 その柄も、きっと、料理が変わるたびに、少しずつ代わっていた。 料理が主役なのに、その主役を引き立てるために、皿があったようだった」


 ニヤニヤとしているエルメアーナなのだが、隣のフィルランカの様子が、徐々に曇っていく。


 モカリナには、何で2人が対照的な表情をしているのか、不思議に思ったようだが、エルメアーナの話は、自分が誉められているみたいで、気分がいいいので、もっと聞いていたいと思っているようだ。


 だが、フィルランカが、なんで、エルメアーナの話を聞いて、表情が曇っていくのか、気になったようだ。


 その2人の姿をモカリナは、面白そうに見ていた。


「そうだ。 あの料理の皿は、剣の鞘に似ている。 剣は、魔物を倒すために使うものだが、鞘は、その剣をおさめているだけなのだが、鞘に入って初めて剣なのだ。 皿も食べられる訳ではないが、あれも立派な料理の一部なのだと実感させられた。 美味しさを引き立てるために、一役買っているのだと実感させられた」


 エルメアーナは、1人で納得していた。


 自分の論理が、自分の中で完結したのだろう、快感に満ちたような表情をしている。


「ああ、フィルランカ。 私は、幸せだ。 世の中に、食べるだけではなく、料理を引き立てるために、周りの食器が一役買ってくれているのだと教えてもらえたのだ。 こんな、素敵な、……」


 エルメアーナは、モカリナに応えるように話していたのだが、隣のフィルランカに顔を向けたのだが、そのフィルランカは、顔を引き攣らせるようにしていたので、エルメアーナは、言葉が止まってしまった。


「フィ、フィル、ランカ」


 エルメアーナは、小さな頃からフィルランカと遊んでいて、10歳の時には、一緒に住むようになって、しばらくは、一緒のベットで寝ていた中なのだ。


 決して多くはないが、今まで、数回は、2人で喧嘩をした事もある。


 エルメアーナには、フィルランカの表情から、喜怒哀楽程度の心の動きなら、手に取るように分かる。


 そして、今のフィルランカは、激怒に近い表情だと、すぐに理解したのだ。


「あ、あの、あのなぁ、フィルランカ。 何か、あったの、か」


 フィルランカは、エルメアーナに聞かれると、ゆっくりと、エルメアーナの方に顔を向けようとするが、完全には向けてない。


 ギリギリで片目の視線を合わせられる程度に、エルメアーナに顔を向ける。


「ごめんね、エルメアーナ」


 フィルランカは、どすの利いた声で答えた。


 その声を聞いて、エルメアーナは、顔から血の気がひいた。


「私、料理の事しか考えてなかったわ。 そうよね。 私の料理は、こんな素敵な食器を使えなかったわ」


「あ、いや、その」


 エルメアーナは、自分が、料理の食器を褒めすぎたのだと、理解したようだ。


 料理は、フィルランカがとても上手なので、美味しいと思っていたのだが、家で使う食器は、安物の食器なので、見栄えは悪いのだ。


 フィルランカ自身も、第1区画の飲食店を食べ歩いていたので、見劣りすることは、理解していた。


 ただ、こうまでハッキリとエルメアーナに言われてしまうと、気に食わなかったのだ。


「フィルランカ、ごめん。 家の食器が見劣りすると言ったつもりはないのだ。 ここの皿が、とても素敵だとモカリナに伝えたかっただけなのだ」


 エルメアーナは、慌てて言い訳をする。


「そう、見劣りがするのね。 私の使う食器は」


「い、いや、ま、まて、フィルランカ。 落ち着こう。 そ、それは、言葉の綾と言うものだ。 だから、その〜。 ごめん、許してほしい」


 そう言って、エルメアーナは、フィルランカに頭を下げる。


 そして、エルメアーナは、フィルランカが、無言のままなので、頭を上げられずにた。


 エルメアーナは、フィルランカに怒鳴られると思って、目を瞑っていたのだが、その後、何も起こらないので、心配になって、目を開けて、視線だけフィルランカの方に向けた。


 そして、椅子に座って、腰の上で握りしめていたフィルランカの手の上に、雫が落ちているのを見る。


 それは、ポタポタと落ちていた。


(フィルランカのやつ、コップでも倒したのか?)


 エルメアーナは、視線を上に上げ、テーブルの上を見るが、特に何も無かった。


 そして、更に視線を上に上げると、そこには、大粒の涙を流し、その涙が、顔をつたって、顎から雫のように垂れていた。


 エルメアーナは、それをみて慌てる。


「フィルランカ。 どうした。 お前が、なんで泣く」


 エルメアーナは、驚いて聞いてしまった。


「でゃって、エルメアーナが。 ヒック」


 フィルランカの顔は、グチャグチャになって、涙でビショビショになっている。


「わでゃしの、づゅかう、ヒック、食器ぎゃ、ひどい、ヒック、みたいだって、ヒック、いうんだもん」


 エルメアーナは、慌ててしまった。


 ここ数年、フィルランカが、こんな勢いで泣いてしまうことなど無かったのだ。


 小さな頃ならあったかもしれないが、16歳にもなって、人の家で、こんなことになるとは思わなかった。


「違う。 フィルランカの料理は、いつも最高だ。 フィルランカの料理は、ここの食器じゃなくても、美味しいんだ。 だから、葉っぱで出来た食器だったとしても、私は美味しいと思う。 お前の料理は、食器なんて選ばないんだ」


 フィルランカの涙を見て、エルメアーナは、慌てたが、正面で一部始終を見ていたモカリナは、自分が声を掛けるタイミングを、完全に外してしまったので、ただ、見ているしかなかった。


 そして、片付けをして、大広間に戻ろうとしていたモナリムは、部屋の中に入れずに扉のノブに手をかけたまま、部屋の中の様子を伺うしかなかった。

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