第80話 初めてみる食材


 フィルランカは、その食材を凝視していた。


(これ、傘の部分は、黒っぽい? いえ、濃い茶色なのかしら? ……。 でも、裏と茎は白いのね)


 フィルランカは、そのキノコに興味津々で、覗き込んでいた。


「ああ、フィルランカ。 それね。 生でも美味しいらしいけど、こうやって、スープに使うなら、一度、天日干ししたほうが、味が出るらしいのよ。 でも、このキノコが取れる所は、ちょっと遠くの国だけらしいのよ。 兄が、昔そっちの国に留学していたので、伝手があるのよ」


 フィルランカは、キノコを見つつ、モカリナの話を聞いていた。


(このキノコは、市場には売ってないわ。 ああ、今、お兄さんが、留学していたって、言ってたわね。 帝国の食材ではないのか。 じゃあ、帝都では売ってないのか)


 フィルランカは、この乾燥したキノコについて思いを巡らせていたのだが、それが、周りには丸分かりの状況で、ジーッと見ていた。


「フィルランカたらぁ、本当に、食べ物について、妥協がないのね」


 モカリナは、仕方なさそうに言った。


「本当に、ブレないわね。 いいわ」


 そう言って、モカリナはモナリムに合図を送る。


「モナリム、そのキノコだけど、フィルランカにお土産用に渡してあげてください」


「はい、かしこまりました。 指示通り、予め準備しておりますので、お帰りの時に渡せるようにしておきます」


 モカリナは、モナリムを睨んだ。


(もう、黙ってなさい)


 モカリナは、予めフィルランカに渡すために準備をさせていたのだが、それをフィルランカに悟らせないようにと思っていたのだが、モナリムの発言で、バレてしまったと思ったようだ。


 ただ、フィルランカは、モカリナとモナリムのやり取りより、目の前に出された、乾燥されたキノコをジーッと眺めつつ、二つのスープの味を確認していた。


「ありがとうモカリナ。 大事に使わせてもらうわ」


 フィルランカは、半分、上の空で、モカリナに答えた。


 モカリナは、フィルランカに、今の話が知られたように思えなかったことにホッとする。




 フィルランカは、じっくり、味の違いを味わいながら、微妙な違いを感じつつ、二つのスープを飲み干した。


「すごいわ、モカリナ。 こんなに味が変わってくるとは思わなかったわ」


 フィルランカは、感動したように言った。


「ん? フィルランカ、私は、最初のスープの方が美味しいとは思ったが、だけど、味に大きな違いは無かったぞ」


「エルメアーナも、味の違いが分かったのね」


「ああ、でも、こうやって、2種類のスープを置いてもらえたら分かるけど、何も言われなかったら、見逃してしまうような違いだぞ」


 フィルランカとエルメアーナは、お互いに2種類の味の違いを理解していたが、その感じ方は、ただ、食べるだけのエルメアーナと、料理の腕を高めたいと考えるフィルランカでは、大きな隔たりがあった。


 しかし、エルメアーナとしても、父であるカインクムから、鍛治を教わり、その腕も、父と同等に近い程度までレベルが上がっている。


 そして、カインクムと一緒にフィルランカから、様々な料理を食べさせられており、エルメアーナの味覚も、かなり、高いものだった。


「本当、この違いに気がついたのは、フィルランカが初めてね。 貴族でも、この微妙な違いに気がつく人は居なかったわ。 2人とも、とても舌が肥えているのね」


 モナリムは、モカリナ達のスープ皿を下げると、次の料理を配膳していく。




 次に出されたものは、魚料理だった。


 フィルランカは、出された料理について、最初に前菜が抜けていることに気がついた。


 少し変な顔をしているのを、配膳していたモナリムが気がついたようだ。


「ごめんなさいね。 あなたなら、料理の出てくる順番を知っているわよね」


「ええ」


「今日は、あなたに、このスープを飲ませたかったので、一番最初にスープをお出ししたのです」


 フィルランカは、特に考えることもなく、モナリムの言葉に納得していた。


「モナリム、余計な事は言わないで」


「失礼しました」


 モナリムは、モカリナに詫びを入れると、黙って、配膳していった。


 モカリナとしては、なるべく、自然な形でフィルランカに伝えたかったことと、フィルランカを招待するにあたり、モナリムや使用人達に細かな指示を与えていたのだ。


 それを、悟らせまいとしていたのだが、時々、モナリムが、バラすような発言をするので、気が気ではないようだ。


 そんな、モカリナをモナリムは、可愛いと思ったのか、一瞬、モカリナを見て、僅かに表情を和ませていた。




 その後は、口直し、肉料理とつづいた。


 出された料理は、上品な味付けで、美味しいものではあったが、キノコで出汁をとったスープのように、フィルランカの舌で味付けの分からないものは無かったようだ。


 ただ、味付け加減が上手に行われていたり、下処理が丁寧だったりするところは、フィルランカも驚いていた。


 フィルランカは、3人分の料理を自分1人で行っているので、手抜きとは言わないが、処理を簡単に済ませてしまっていたりするが、ここに出てきた料理は、丁寧に時間を惜しむことなく行っている事がわかったのだ。


(私が、これと同じものを作ろうとしたら、……。 1日掛かってしまうかもしれないわね。 モカリナの家は、貴族だから、料理人も居るだろうし、お給料をもらって作っているなら、しっかりと、手順通りに作られているのね。 それに、見た目も綺麗だったわ。 メイン料理の脇に置かれた付け足しとかも、手を抜いてないって、主張しているようだったわ)


 フィルランカは、今日の料理を思い出しつつ、表情を緩めていた。


 そんな満足そうなフィルランカを、モカリナは嬉しそうに見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る