第79話 野菜スープの違い


 3人に出された最初の料理は、スープだった。


 フィルランカは、直ぐに手はつけずに、そのスープの匂いを堪能していた。


 エルメアーナは、全てフィルランカの真似をするように、家で食べているように、ガツガツと食べないようにとカインクムから厳命されていたので、直ぐに食べようとはせずに、出されたスープを見つめていた。


「どうぞ、召し上がってください」


 モカリナが、料理をすすめると、自分のスプーンを取って、自分のスープを飲み始める。


 ただ、フィルランカは、スープの匂いを堪能してからスプーンを手に取った。


 一般的な野菜スープなのだが、フィルランカは、何か違和感を覚えた様子でスプーンを手に取っていた。


 そのスープを一口飲むと、それを見ていたエルメアーナも飲み始めた。


 しかし、フィルランカは、スープを一口、口に含むと、考えるような表情をする。


「ねえ、このスープ、ただ、野菜だけで作ってないわね。 すごく微妙なんだけど、匂いの中にも、味にも野菜スープとは違う何かがあるわ」


 フィルランカは、自分の知らない何かを感じていた。


「フィルランカは、本当に、料理が好きなのね」


 モカリナは、フィルランカが、何年も、様々な店を食べ歩いていることを知っている。


 そして、自分のテーブルマナーの先生から、フィルランカの話は聞いており、モナリムに調べさせた結果からも、フィルランカの話は知っているのだ。


「それ、この辺りでは取れない食材なのよ。 だけど、僅かな風味と味しかしないのに、よく分かったわね」


「ええ、だって、微妙に違うから、……。 でも、意識してないと分からないかもしれないわ」


 モカリナは、ニヤリとする。


「でも、フィルランカは、わかったわ」


 満足そうにするモカリナは、そのまま、スープを飲み続けている。


「じゃあ、ちょっと待ってね」


 そう言うと、モカリナは、モナリムに合図を送る。


 モナリムは、合図を受けて、部屋を退出して、直ぐに、ワゴンを押してテーブルに来た。


「モナリム、お願い」


「かしこまりました」


 モナリムは、3人のスープ皿の隣にもう一つのスープを置いた。


 そのスープも同じ色をしているが、先に出されたものと僅かに匂いの違いがある程度だった。


「さあ、飲み比べてみて」


 モカリナは、2人に後から出したスープを、最初のスープと飲み比べるように言ってきた。


 すると、早速、エルメアーナは、二つのスープを飲み比べていたが、フィルランカは、一旦、コップの水を口に含むようにして飲んだ。


「うん、後からのスープは、いつも飲んでいるスープと同じように思える。 最初のスープの方が美味しいと思うぞ」


 エルメアーナが、直ぐに飲んで感想を述べるが、フィルランカは、両方のスープの匂いを確認していた。


 エルメアーナなら、美味しい方がどっちで済むのだが、フィルランカとしたら、この美味しさの秘密を知りたいと思っているのだ。


 フィルランカは、一通り匂いの違いを確認すると、後から出てきたスープを確認するように、口に含むと、軽く息をした。


 そして、ゆっくりと飲み込む。


 喉をすぎる時の匂いも確認しつつ、また、コップの水を口に含むようにして、ゆっくりと飲み込んだ。


 その後は、最初に出されたスープをもう一度、口に含んで、同じように飲んでいた。


「うん。 確かに全然違うけど、でも、これ、作り方は一緒よね。 きっと、入っている野菜も一緒なのだと思うけど、一つだけ、何かを追加してあるって感じかしら」


 そのフィルランカの感想を聞いて、モカリナは満足そうにしているが、モカリナの後ろに立っていたモナリムは、ほんの僅かな違いなのに、それをフィルランカが見抜いた事に、驚いた様子をしていた。


「さすがだわ、フィルランカ。 でも、その追加されたものは、分からなかったみたいね」


「ええ、これは、何の味なのか、分からなかったわ」


 モカリナは、満足そうにしている。


 モカリナとしたら、フィルランカの知らないものを教える機会を得たのだ。


 恩に着せるつもりは無いが、親友として付き合いたいと思うフィルランカに、知らないものを教える機会を得られたのは、とても、喜ばしい事なのだ。


 モカリナは、自分の家の貴族の力を使えば、そんなこともできるので、使えるうちに使ってしまおうと思ったのだ。


 それによって、フィルランカに新たな食材の紹介ができれば、モカリナは、それが自分の事のように嬉しいのだ。


「モカリナ、このスープに使っている食材は何なの?」


 モカリナは、ニコリとすると、後ろに控えているモナリムに合図を送ると、ワゴンの中段からお皿を取り出してテーブルに置いた。


 そのお皿の上には、乾燥したキノコが置いてあった。


 ただ、フィルランカは、初めて見る形のキノコを不思議そうにみていた。


「キノコって、ジメジメした所に、ヒョロヒョロと生えてくる、あのキノコなの?」


「うーん。 当たらずも遠からずってところかしら」


 フィルランカもキノコに関しては、市場で見ることも無いので、詳しくはない。


 子供の頃に遊んでいて、日陰で見たキノコの事をイメージしたようだった。


「キノコって、たくさんの種類があるのよ。 そんな中には毒キノコも存在するわ」


「えっ! 毒なのか」


 エルメアーナが毒と聞いて反応した。


「ええ、中には、毒キノコも有るけど、食べられるキノコも有るのよ。 これは、食べられる方よ」


「そうなのか、安心した」


 エルメアーナは、ホッとした様子で、胸を撫で下ろす。


 そんな話を聞きつつもフィルランカは、テーブルの上に出されたキノコを凝視していた。


「ねえ、モカリナ。 このキノコは、なんで乾燥しているの?」


「ええ、それは、日持ちをさせるためなのよ。 野菜と一緒だから、時間が経てば、ダメになってしまうから、そのキノコは、収穫した後に、太陽の下で乾燥させてから送られてくるのよ」


「だから、こんなにカチカチなのね」


「そうなのよ。 それを水で戻すのよ。 それから、ヘタを取ってから、野菜と一緒に煮込むのよ」


「そうなのね。 そのキノコの匂いと味が、この野菜スープの違いなのね。 とても参考になったわ」


 フィルランカは、ジーッとテーブルの上にある、乾燥したキノコをみていた。


 フィルランカには、このキノコを自分で使ってみたら、どんな料理ができるのかと考えているのだった。


(このキノコという食材は、面白いわ。 何なのかしら、食べたことがなかったけど、……。 でも、食べられない、毒のキノコも有るなら、ちょっと、怖いわね。 無闇に使わない方が良さそうだけど、流通しているいるなら、……。 でも、市場で見たことがないわ。 これって、どこから手に入れるのかしら)


 フィルランカとしてみれば、カインクムに食べさせる料理のレパートリーが増えるならと思い、このキノコについて、もっと詳しく知りたいと思っているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る