第76話 エルメアーナの感性とモカリナの誤解


 エルメアーナの様子がおかしい。


 頬を赤くして、ニヤニヤしつつ、心、ここに在らずといった様子でいる。


 時々、思い出し笑いのような笑みを浮かべているので、フィルランカとモカリナは気になっていた。


そのことを確認しようと思い、フィルランカは、エルメアーナに声をかける


「ねえ、エルメアーナ。 さっきから、どうかしたの? さっきから、変よ」


「うふふふ。 だって、あんな素敵なものを見させてもらえたので、何だか、興奮してしまって、笑いが止まらないのだ」


 そのエルメアーナの言葉を聞いて、モカリナは、ゾッとしていた。


(えっ! 何? 私の知らないところで、エルメアーナに、な、何を見せたというの)


 モカリナは、馬車から降りた後の事を思い出していたのだが、その時、馬車を受け取った使用人の事を思い出す。


 ただ、動揺していたので、記憶があやふやになっていたのか、ハッキリと思い出せずにいるので、記憶よりも自分の感情が優先してしまったようだ。


 そんなモカリナに対して、フィルランカは、冷静にエルメアーナの話を聞いて、何を見たのか不思議そうな様子で見ていた。


「ねえ、素敵なものって、何?」


「だって、動くたびに、見えるものが変わってくるんだ。 一つ一つ登っていくと、見えないものが見えてくる。 なんて、すばらしい景色なんだ。 思わず昇天して、後ろに倒れてしまいそうだった」


 その、エルメアーナの答えに、モカリナは、動揺していた。


(え、ええーっ! どういう事? 動く? 動くって、何? まさか、ピクピク動くの? え、エルメアーナったら、何を見たの?)


 モカリナは、エルメアーナの最初の一言が気になってしまって、気が動転しているのか、今のエルメアーナの言葉を、冷静に聞くことができてなかったようだ。


 モカリナは、エルメアーナの話を聞いて、顔を赤くしている。


「ああ、とても大きなものだったのだが、あそこで、頬を付けて、寝そべって、頬擦りしてみたい」


「大きなもの? 頬擦り?」


 フィルランカは、何のことなのだろうと不思議そうに言葉にするのだが、モカリナは、ドキドキして自分の表情を隠すことに必死になりつつ、自分なりにエルメアーナの話を考えているようだ。


(ちょっとぉ〜、なんなのよ。 大きなものって、何、男の人の大きなものって言ったら、あ、あれ、あれのことな、……、なの?)


 フィルランカは、何のことかと思い、不思議そうにしているが、モカリナは、恥ずかしそうにしている。


「ああ、とても素敵だった。 前から見た時と、徐々に横にずれていくと、見えてなかった部分が見えてくるんだ。 隠れていた部分が、徐々に見えてくる。 あそこを私は、しっかりと踏み締めてみたい。 できれば裸足で、足の裏にあれを感じてみたいと思ったくらいだ」


(えっ! ええーっ。 何を? 前から、横へ、そして、後ろから見るの? え、いや、何、なんなの?)


 モカリナは、顔を赤めて赤めている。


 そして、限界に来た様子で、モカリナが、エルメアーナに聞く。


「エルメアーナ。 ちょっと、それは誰の事を言っているのよ。 相手は誰なの?」


 赤い顔でエルメアーナに聞く。


「だれ?」


 エルメアーナは、不思議そうな顔をする。


「何を言っているんだ? 私は、ここの中庭の話をしていたつもりなのだが?」


 その一言で、モカリナの意識が戻ってきたようだ。


(ちょっと、何よ。 私とフィルランカが、他の話をしていた時も、エルメアーナは、中庭のことを1人で考えていたの? それを、私が誤解したって事なのかしら。 ……。 わ、私、何だか、とんでもない誤解をしていたのね)


 2人が、唖然としているのを、エルメアーナが覗き込む


「なあ、2人とも、どうしたんだ?」


 すると、フィルランカとモカリナは、お互いを見ると、また、エルメアーナを見る。


「あのー、エルメアーナ。 今まで、中庭の事を考えていたの?」


 エルメアーナは、釈然としない様子で、フィルランカに応える。


「ああ、あの、立つ位置によって、見え方が違う庭なんて見た事が無かったんだ。 あの角度によって見え方が違うという、あの技法が、剣にもできないものかと思ったんだ。 上から覗き込んだり、横から見たり、それと、柄の方から覗き込んだ時とか、見る角度で剣が変わって見えるようになったらと思ったら、それができないかと思ったんだ」


 それを聞いて、モカリナは、ガッカリしたように肩を落とす。


「なあ、あの中庭のようなことが、剣にもできたら、剣は、魔物を斬るためじゃなくて、美術品としての価値が出てくると思わないか。 使う事が勿体無いと言わせるような名刀を作るヒントが、あの中庭にあったと思えるんだ」


 エルメアーナは、力説する。


 フィルランカは、モカリナに言われて、エルメアーナにも春が来たと思ったのだが、エルメアーナは、工房の中で金槌を振るっている時と、変わらないのだと、実感したようだ。


「ん? どうした? 2人とも、なんで、そんなにガッカリしているんだ?」


 エルメアーナは、2人の様子を見る余裕が、やっとできたと思ったら、その事を、直ぐに聞いてきた。


「いえ、なんでもないわ。 いつものエルメアーナだって、よく分かったわ」


 フィルランカが答える。


 すると、モナリムが、新しいお菓子を乗せたワゴンを押してきた。


「さあ、こちらのお菓子も召し上がってください」


 それを見ると、エルメアーナは、今、直ぐにでも食べたそうにし、フィルランカは、それを抑えようと、いつでもエルメアーナを制することができるようにしていた。


 モカリナは、話の全貌が分かって、ガッカリしていたが、モナリムのお菓子で気を鎮めようと思ったようだ。


「ああ、何だか、変な気分だわ。 ねえ、2人とも、これを食べましょう」


 そう言って、持ってきてもらったお菓子に手をつける。


 それを見て、エルメアーナとフィルランカも手をつける。


 そんな中、エルメアーナだけは、とても美味しそうに食べていた。


(それにしても、このエルメアーナって、どんな子なのかしら。 ……。 まあ、いいわ。 フィルランカにしても、おかしなところがあるのだから、一緒に住んでいるエルメアーナも何かあると思ってた方がいいわね。 でも、これで、エルメアーナには、男の子よりも、鍛治仕事の方が大事なことは分かったわ)


 モカリナは、フィルランカの感性にも違和感を覚えていたのだが、それ以上にエルメアーナの感性にも、自分には無いものを感じた。


(ま、仕方ないわね。 これからは、エルメアーナが、どんな事に興味を持つのか、楽しませてもらうわ。 でも、しっかり、観察してないと、さっきみたいになってしまうわ)


 モカリナは、恥ずかしそうな顔をする。


(だけど、声に出さなくてよかったわ。 それに考えてみたら、あり得ない組み合わせなのよね。 でも、エルメアーナは、人よりも物に興味があるのね。 それと芸術性の高いものにも興味を示したというなら、これも2人を家に招くための口実になるかもだわ)


 モカリナは、お菓子を食べつつ、2人の様子を見ながら思いを巡らせるのだった。

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