第74話 モカリナの家


 馬車の中でフィルランカとモカリナが話をして、エルメアーナは、馬車から見える景色に見惚れていた。


 そんな馬車の中の3人を他所に、馬車は、目的のナキツ家に到着した。


 馬車が止まると、御者台と中をつなぐ小窓が開き、その小窓から声がした。


「モカリナ様、到着しました。 今、ドアを開けますので、もう少々お待ちください」


「ありがとう、モナリム。 お願いするわ」


「はい」


 短いやり取りが終わると、小窓は閉じる。


 しばらくすると、馬車の入り口のドアが開くと、モナリムが声をかけてきた。


「どうぞ、こちらへ」


 言われて、モカリナが席を立って馬車を降りる。


 その後を追って、フィルランカとエルメアーナが降りる。


 馬車を降りると、そこは、モカリナの家である、ナキツ家の玄関だった。


 その玄関は、馬車が2台横付けにできるほど広く、雨の日でも乗り降りの際に雨がかからないように、玄関の前全体が、屋根に覆われていた。


「まるで、お城みたい」


 その様子を見た、フィルランカが、感想を述べるのだが、エルメアーナは、外を見ながら馬車に乗っていたので、フィルランカ程、驚いてはいなかった。


「フィルランカ、私の家も、一応は、貴族なので、他の貴族の方を呼んだりしますから、それなりに作られてはいるのよ。 雨の日だからとか、天候の悪い日でも、お客様に迷惑がかからないようにしてあるのよ」


(なんて贅沢な玄関なのかしら。 貴族の家となったら、こんなところまで、豪華になっているのね)


 フィルランカは、玄関の造りを見て驚いた。


「さあ、こちらよ」


 そんな、フィルランカとエルメアーナをモカリナが、家の中に入るように促す。


 御者をしていたモナリムは、使用人の男に馬車を渡すと、その使用人に何やら話をした。


 話が終わると、モナリムは、フィルランカとエルメアーナを連れて家に入るモカリナの後を追った。




 玄関に入ると、正面に大きな階段があり、中間で左右に別れるようになっていた。


 階段の途中の、その踊り場の先は、透明な窓となっていた。


 玄関を入った所から見ると、明かり取りのように大きな窓となっているのかと思える。


 2階まで吹き抜けのエントランスとなっており、その中央の天井には、大きなシャンデリアが下がっていた。


 壁も柱も彫刻が施されており、その豪華さにフィルランカとエルメアーナは、圧倒された。


「うちは、貴族同士の付き合いもあるので、そのために玄関も広くできているの。 大して使う事も無いのに、見栄っ張りな造りになっているのよ」


 モカリナは、家のことについては、2人に誇るような口調ではなく、仕方ないといった様子で説明してくれた。


 ただ、2人にしてみたら、初めて入る貴族の家なので、玄関だけでも驚いたようだ。


 すると、1人のメイドがモカリナによってくると耳元で何かを囁いた。


 その話を聞いて、モカリナは納得した様子を示すと、そのメイドは、一礼してその場から立ち去った。


 そのメイドが立ち去ると、モカリナは、2人に向く。


「お昼には、少し時間がありますから、私の部屋に行きましょう」


 そう言うと、フィルランカとエルメアーナを入り口から正面にある階段に促した。


 2人は、モカリナの後を追うように階段に向かう。


 その後ろをモナリムが付き従う。


 フィルランカとエルメアーナは、モカリナの後を追って階段を上がると、窓の向こう側に家の中庭が見えてきた。


 それは、ちょうど、この階段の踊り場から見る事を意識して造られており、その様子を見てフィルランカとエルメアーナは、中庭を見ると、歩みが止まってしまった。


「すごく綺麗だ。 フィルランカ、世の中には、こんな庭があるのか」


 フィルランカは、エルメアーナが、綺麗と言った事が意外に思ったようだ。


 エルメアーナは、学校に行かなくなると、カインクムの店の工房にいるか、食べる、寝るといった程度しか行わなかったのだ。


 外に出るようになったのも、フィルランカが、高等学校に合格した時が、久しぶりに外に出たのだ。


 そんなエルメアーナが、ナキツ家の中庭の美しさを声に出したので、フィルランカには、意外に思えたようだ。


「エルメアーナ。 私も、こんなに綺麗な庭があるなんて思わなかったわ」


 2人が、中庭を見入ってしまったので、モカリナもモナリムも歩みを止めていた。


「ここは、この家ができてから、ズーッと、庭師が手入れをしているの。 ここから見て一番綺麗に見えるようになっているのよ。 これも、お客様に見せるために作られているのよ。 まあ、おもてなし用に作られているだけなのよ」


 モカリナは、もてなし用に作られた中庭が、あまり気に入らない様子で答えた。


「でも、あなた方2人に、褒めてもらえると、何だか、少し、嬉しいような気もするわ」


「すごいわ、モカリナ。 こんな中庭を毎日見れるなんて、素敵だわ」


 フィルランカは、羨ましそうに答える。


「そ、そうかしら」


 フィルランカに褒められたら、モカリナもまんざらではないような表情をした。


「さ、さあ、2階の私の部屋に行きましょう」


 モカリナは、2人を2階へ促した。





 2階に上がると、長い廊下を歩くことになった。


 2人は、2階に上がっても、時々、中庭を見つつ、モカリナの後を追った。


 モカリナの家は、ロの字型となっており、中庭を覆うように家が建っていたのだ。


 その一角に、モカリナの部屋があった。


 ただ、モカリナは四女であっても、侯爵家なので、モカリナにも数部屋が個人で使えるようになっていた。


 その一室に迎えられると、窓際のテーブルに案内された。


 それ程大きくもない丸テーブルに4脚の椅子が用意されていた。


 テーブルも椅子も綺麗な装飾が施されており、フィルランカもエルメアーナも座るのが勿体無いと思ったようだが、モカリナは、気にすることなく席に座る。


「さあ、2人とも、遠慮なさらずに腰を下ろしてください」


 2人は遠慮気味にお互いの顔を見た。


 お互いに、座るのが勿体無いと思っていたので、座るのを躊躇していた。


「さあ、フィルランカ、その席に座って。 それとエルメアーナさんは、この席に座って」


 そう言って、2人に席に座るように示した。


 2人は、恐る恐る、モカリナに言われた席に座る。


「時間が少し早かったので、ここで少し待ってください」


 モカリナは、2人に伝えると、すぐに、モナリムが、ワゴンを押して、近づいてきた。


 そこには、お菓子とお茶のセットが乗っており、モナリムが、3人にお茶を出してくれた。


「ねえ、モカリナ。 あの中庭だけど、玄関から見た時の感じと、廊下から見た感じが全然違うのね」


「ええ、そうなのよ。 木のかげ、建物の影になる場所を使って、見る位置によって見え方が違うようになっているのよ」


「すごいわ。 何だか、不思議な感覚だったわ」


「うん。 フィルランカの言うとおりだった。 あの角度で見え方が違うというのは、とても魅力的だった。 鍛治で作った剣が、光の角度で、見え方が違って見えるのに似ていた」


 フィルランカの中庭の感想を聞いて、エルメアーナは、鍛治の事と何かつながるものがあったように話した。


「あの微妙な違いは、見事としか言いようがなかったな」


 フィルランカには、そのエルメアーナの言葉が新鮮に思えたようだ。


 今の服もだが、服に関しては、無頓着なのだが、モカリナのナキツ家の庭には、かなり興味を持ったエルメアーナを、フィルランカには無い感性だったので、そんな一面を見て新鮮に思ったのだ。


「すまないが、後で、中庭に行ってもいいだろうか? 遠目で見た感じでは、少し分からないところがあった。 近くで確認させてもらいたいのだが、構わないだろうか?」


「わかったわ。 じゃあ、昼食の後、中庭を案内しますわ」


「そうか。 よろしく頼む」


 エルメアーナは、食事以外にも楽しみが増えたと思いつつ、モナリムが出してくれたお茶を飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る