第73話 移動の馬車の中で
フィルランカ達を乗せた、地竜の馬車は、軽快に走り、カインクムの店の第3区画から、第5区画に抜けて、第1区画に入る。
第5区画から東に馬車を走らせると、第1区画から続く東西の通りを進むと、帝都を皇城から南門へ、南北に走る大通りにでる。
この大通りは、皇城の入り口となる門から、帝都の南門まで、真っ直ぐに作られており、その通路の中央には、運河が流れている。
運河は、門の幅より広く作られており、運河と並行して、左右に大通りが連なっていた。
門の前に真っ直ぐ道を作らないのは、攻撃を受けた際、門を正面にして攻城兵器を使わせないように配慮されている。
平時における便利さより、有事の際の事を考えて、門への攻撃されないような作りになっている。
ただ、道路と運河が単純に造られているわけではなく、運河と道路の境目などは、優雅に造られていた。
それは、とても、戦闘を意識したようには思えない構造になっていた。
帝国としては、帝都の防衛戦を考えて作ってはあるのだが、それを、意識させないように、細部については、機能的であり、なおかつ、芸術的な要素を入れて、防衛戦を視野に入れてある造りになっていることを、隠すように、要所要所に、そのように施してあった。
そんな道路を、ナキツ家の馬車が走っている。
馬車の中では、エルメアーナは、ずーっと外を見ていた。
今まで、外に出ることがほとんど無かったエルメアーナにとって、馬車からの景色は、新鮮に思えたのだ。
そんなエルメアーナを見て、フィルランカは少し恥ずかしそうにしている。
「ごめんね。 モカリナ」
「ううん。 いいのよ」
モカリナは、笑顔で答える。
「だって、エルメアーナは、今まで、ほとんど、外に出た事がないでしょ。 馬車だって、乗ったこともなかったんじゃないの? むしろ、私は、フィルランカが、そうやって、私に向いて話している方が、ちょっと、不思議に思えるわ」
フィルランカは、恥ずかしそうに聞いていた。
「でも、むしろ、私には、あなたが、エルメアーナのようにならないことの方が気になったわ。 あなたも同じようになるかと思ってたのだけど、エルメアーナを見て恥ずかしそうにしていることが、ちょっと意外だわ」
フィルランカは、エルメアーナの様子を恥ずかしそうにしていたが、モカリナには、そのフィルランカの大人の対応が意外に思えたようだ。
「あのー、私は、学校まで、馬車を使っているのよ。 もう、慣れたわよ」
「あら、そうだったの」
モカリナは、意外そうな顔をする。
「入学した頃は、歩いていたのですけど、そうしたら、カインクムさんとエルメアーナが、また、食べたり、食べなかったりになってしまったから、それで、私が怒ったら、通学に馬車を使わせてもらているんです」
「ああ、フィルランカは、馬車に乗ったことがあったのね」
(モナリムに調べさせた後なのかしら、フィルランカは、歩いて通ってたはずなのに、いつの間にか、馬車を使ってたのね。 てっきり、フィルランカも喜んでくれるかと思ったけど、通学に馬車を使っていたのね)
モカリナは、フィルランカもエルメアーナのように喜んでもらえると思ったのだが、情報と違っていたので、少しがっかりしているようっだ。
「でも、まあ、いいわ。 フィルランカの目的は、食べることだものね」
「ええ、楽しみにしてます。 私は、お店の料理を食べることしかできなかったので、モカリナに、誘っていただいて、とても幸せです」
フィルランカは、昼食に誘ってもらえて、とても嬉しそうだった。
「私は、カインクムさんの家に住んでますけど、あの区画からだと、モカリナの家に行くには、大きく迂回して、第1区画を回っていくことになるのよ。 家に帰るたびに、遠くに見える、城壁を見て、あの城壁の向こう側の人たちがどんな食事をしているのかなぁって、いつも思っていたのよ」
フィルランカは、自分の入れなかった所に住む人たちが、どんな食事をしているのか、気になっていたことをモカリナに話す。
「貴族と言っても、そんなに、いいものを食べているとは限らないわよ。 フィルランカが、第1区画で食べ歩いている料理の方が、美味しいかもしれないわよ」
「えーっ、そうなのですか?」
フィルランカが、モカリナの話を聞いて、少し残念そうにする。
「貴族といっても、ピンからキリまでだから、それに、毎日、美味しいものを食べているとは限らないわよ。 時には、とても安そうな料理を食べることだってあるわ。 私の家だって、料理長とは言っているけど、料理だけをしているだけではないわよ。 手が空いたときは、他のメイドを手伝ったりしているのよ」
フィルランカは、モカリナの話を食い入るように聞いていた。
「以前は、贅沢な暮らしをしていた貴族が多かったみたいだけど、今の、ツ・リンクン・エイクオン陛下になってから、貴族の粛清が進んだでしょ。 エイクオン陛下は、外交政策も積極的に婚姻を結ぶことで、近隣諸国と友好関係を結んでいるけど、国内の有力貴族とも婚姻関係を結んでいるわ。 でも、その一方で、貴族が不正を働いたり、自分の領地で悪政を敷いていたりしたら、その貴族は、粛清されたり、貴族位を剥奪されたりしていたわ」
モカリナは、少し怖い顔をしたのだが、フィルランカは、そんな、モカリナの表情は気にすることなく、話の続きを聞くため、モカリナを見ている。
「きっと、エイクオン陛下は、自分の娘達を嫁がせるにあたって、その貴族を徹底して調べたみたいなのよ。 きっと、エイクオン陛下は、全ての子ども達に幸せになって欲しかったのでしょうね。 きっと、娘達が嫁いだ後に、嫁ぎ先の貴族の家に不祥事があったら、自分の娘達にも影響が及ぶと思ったのでしょうね。 国内の嫁ぎ先だって、西の一大穀倉地帯のツカ辺境伯の息子さんにも嫁がせているでしょ。 西のカナメとなる場所だから、戦略的に重要な拠点だと、エイクオン陛下は、理解なされているのよ」
国内で、最大規模の領地と、帝国で一番の穀物生産地であるツカ辺境伯領の話は、フィルランカも知っている。
そして、ツカ辺境伯は、領地に独自の駐留軍を持っている。
国内では、稀な例であるが、西の王国など、接している近隣諸国への睨みもあり、そして、西の各国への街道のカナメになっている。
穀物の一大生産地であり、西の各国への穀物の輸出によって、大きく潤っている。
そんなツカ辺境伯領にも、皇帝の側室に生ませた娘を、政略結婚させているのだ。
「ほら、2年前だけど、ツカラで、魔物が大量発生したってあったでしょ。 あれによって、ツカ辺境伯領の穀物生産量の1割が失われたでしょ。 あの時は、辺境伯が動くより早く、エイクオン陛下が、指示を出して、軍本部から、帝都防衛を任されている第1軍が、動けるように手配していたから、被害も最小限に抑えられたらしいのだけど、エイクオン陛下は、貴族も知らない、何らかの情報入手ルートを持っているようなのよ」
フィルランカは、自分が貴族でもない、帝国臣民なのに、そんな話を聞いてもいいのか、疑問に思ったようだが、黙って、モカリナの話を聞いている。
「だから、隠れて悪いことをしても、エイクオン陛下に見つかってしまうと、お祖父様とお父様が、時々、話をしていたわ。 それに、7年前にアツ侯爵家が、密輸に関与していた事で、家がお取りつぶしになったけど、その時も、エイクオン陛下は、詳しい話を知っていたみたいだったと言っていたわね。 きっと、エイクオン陛下は、私達、貴族も知らない情報ルートを持っている証拠だって、お父様は言っていたわ」
フィルランカは、モカリナの話が、今日の食事の話から、大きく外れてしまったと思ったようだ。
ただ、フィルランカとしたら、モカリナの今の話を、自分の目的である料理の話に戻すだけの話術は無いので、ただ、モカリナの話を聞いているだけだった。
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