第72話 お迎え
フィルランカとエルメアーナは、着替え終わると、リビングで、迎えを待つことにした。
ナキツ家は、侯爵家ということもあり、皇城の手前の貴族街ということもあり、第1区画から貴族街へ入る際に、フィルランカとエルメアーナの2人では、入れてもらえないかもしれないので、モカリナが、家の馬車を用意してくれたので、家まで迎えにきてくれるようになっていた。
第1区画の北には、貴族街とその奥に皇帝陛下と皇族の住む皇城がある。
その皇城を守るように貴族街が並んでいるのだ。
ツ・バール国建国後、北の王国の勢力が弱まった時、ツ・バール国は、侵略を許してしまっていた。
ただ、その際は、何とか撃退して、国土を減らすことはなかったが、東の森に近いこともあり、侵略と魔物に対する対策が施されているので、各区画ごとに塀も堀もある。
区画整理が進んでも、内部の塀と堀は、残されており、万一に備えているのだ。
その為、帝都を落とそうとすると、一番、近距離の南門から皇城まで行くには、現在、区画整理中の第9区画を除けば、第2区画の南門、第2区画と第1区画を結ぶ南門、第1区画から貴族街へ行く南門、そして、皇城へ入る門となる。
これが、第9区画が完成したら、さらにもう1門が追加される。
どの門も強固な石造りの門で、門の扉も大きな扉になっている。
その扉も、柱のような厚い木材を金属の枠で固定して、何本もの、金属の板が、横に張り巡らせてある。
人の力では動かせるのか疑問なのだが、内部で大きな歯車によって、動かせるようになっていた。
第1区画から、現在開発中の第9区画は、特に事件でもない限り、身分証明証を見せれば通ることができるのだが、貴族街に入るには、貴族と皇族以外は、許可制となっているのだ。
帝国臣民でも、商人などは、手形を持っており、手形を見せれば、直ぐに入れるが、何も持たない帝国臣民は、貴族街には入れない。
モカリナが、フィルランカ達を家に招待したからと言って、その門を簡単に潜れるような場所ではないのだ。
そのため、モカリナの家の馬車で迎えに行き、ナキツ家が2人を保証することで、貴族街へ入ることが可能となるのだ。
以前は、かなり、ラフな対応だったのだが、現皇帝であるツ・リンクン・エイクオンになってから、不正を行う貴族の粛清が相次ぎ、その際に、貴族街へ入る際の審査が厳しくなっていたのだ。
そのため、フィルランカ達は、モカリナの家の馬車で、送り迎えをしてもらうことになっていた。
フィルランカとエルメアーナは、準備が整うと、モカリナの馬車をリビングで待っていた。
「フィルランカ。 ちょっといいか。 ああ、エルメアーナも一緒にきてくれ」
カインクムが、2人を呼ぶのだが、エルメアーナは、不満気味だった。
「父。 私は、ついでみたいだな」
そのエルメアーナの言葉を聞いて、カインクムは、なんでなのかといった様子でエルメアーナを見る。
「今日のお前は、ついでに呼ばれただけだろう。 モカリナ様は、フィルランカだけ呼んでは悪いと思って、お前も呼んだだけだ。 まあ、今日は、フィルランカの付き人みたいなものだな」
「そうなのか?」
エルメアーナは、フィルランカに聞くのだが、フィルランカは、困ったような表情をする。
フィルランカとしたら、その通りだろうと思ったのだが、流石に、エルメアーナにその事を言えなかったのだ。
「え、ええーっと、どうなのでしょう」
エルメアーナは、フィルランカの様子をを見て、カインクムの言った通りなのかと思った様子で、考える仕草をする。
「エルメアーナ、オマケであろうが、お前も、モカリナ様に呼ばれているんだ。 いいから、2人とも、ちょっと来い」
カインクムは、2人を店の方に呼ぶのだった。
店には、包丁のセットと、大きめの鍋が用意されていた。
「これを持って行け。 手ぶらでご飯を食べさせてもらうわけにはいかないだろう。 厨房で使う道具なら、売り物が有るから、これをお土産にするんだ」
カインクムは、2人にお土産を持たせた。
「カインクムさん、ありがとうございます」
「かまわないさ。 俺も、フィルランカが、貴族令嬢と付き合いがあると思ったら、鼻が高い。 かまわないから持ってきなさい。 ああ、エルメアーナに持たせた方が、様になるかもしれないな」
そう言って、カインクムは、ニヤリとする。
「うー、父、少しひどいぞ。 本当の事かもしれないが、面と向かって言われると、少し傷付くぞ」
「ああ、すまなかった」
エルメアーナは、カインクムが、直ぐに謝ったので、それ以上は言わなかったが、何か言いたそうな表情で、カインクムが用意してくれたお土産を見ていた。
「それと、エルメアーナ。 お前、いつものように、好き勝手にするなよ」
「大丈夫だ。 今日は、静かにしている」
「本当に?」
「本当だ」
「そう言われてもなぁ、さっきのように、下着1枚で家の中を歩き回られると、心配だぞ」
エルメアーナは、少し顔を赤くする。
「あれは、フィルランカが、色々、言うから、それでだったんだ。 父が、居るとは思わなかったんだ」
「……。 うーん、まあ、いいか。 とにかく、今日は、おとなしくしているんだぞ。 それと、挨拶は、フィルランカを真似て、同じようにするんだぞ」
「わかっている。 父、ちょっと、くどい」
エルメアーナは、カインクムに、注意事項を、色々、言われて、少し面倒臭そうにしている。
すると、店の前に馬車が止まった。
カインクムの店の前に止まった馬車は、明らかにこの第3区画の界隈では場違いな馬車だった。
白を基調に装飾が施され、明らかに高価な馬車と分かった。
御者台には、明らかにメイドと思われる女性が、座っていたが、カインクムの店の前につけると、そのメイドが、直ぐに御者台から降りる。
すると、馬車の入り口に踏み台を置くと、馬車の扉を開けて、後ろに下がる。
御者が下がると、馬車の中から少女が降りてくる。
「ありがとう。 モナリム」
「滅相もございません。 モカリナ様」
馬車から降りてきたのは、ナキツ家の四女である、ナキツ・リルシェミ・モカリナであり、モカリナの専属メイドであるナキス・フィンナム・モナリムが御者を務めていた。
その様子をカインクムの店の隣にある孤児院の子供達が、孤児院の入り口から覗いていた。
この第3区画は、皇城をコの字型に覆われている貴族街と隣接しているのだが、城壁と堀で分断されている。
貴族街に入るには、第1区画から、入るしかないので、西の第3区画と東の第4区画は、共に、南の区画へ入ったのち、第1区画に入り貴族街への唯一の入り口である南門からになる。
そのため、カインクムの住む第3区画に貴族が来る事は、ほとんど無いのだ。
モカリナの乗ってきた馬車は、明らかに貴族の乗る馬車と分かるので、隣の孤児院の孤児たちが、珍しそうに見ていた。
モカリナは、そのまま、カインクムの店の中に入っていくが、モナリムは、そのまま、馬車の前に立ちモカリナを待ちつつ、馬車を守るように立っていた。
そして、孤児院から覗いている孤児達を、時々、チラ見していた。
そして、繋いでいる地竜の様子を見ていた。
通常、貴族は、馬車には、馬を使うのだが、貴族街から、第3区画への移動だったので、長時間、早く走ることができる地竜を使ったようだ。
ただ、直ぐにモカリナは、フィルランカと、エルメアーナを連れて、カインクムの店から出てきた。
そして、その後を追うようにカインクムも出てきた。
「それでは、カインクム様。 フィルランカさんとエルメアーナさんを、お借りします。 それと、良い物をいただき、ありがとうございます」
「いやあ、こちらこそ、うちの娘達を招待してくださりありがとうございます」
「いえいえ、うちの料理長の新作の試食ですから、お気になさらないでください」
そう言うと、モカリナは、モナリムを見る。
「モナリム、カインクム様から、色々、お土産をいただきました。 キッチン用品でしたので、戻ったら、料理長に使ってもらうようにしてください」
「かしこまりました」
すると、フィルランカとエルメアーナが持っているものを見ると、馬車の後ろにあるトランクケースを開けた。
「フィルランカ様、エルメアーナ様。 お荷物は、こちらに、お納めください」
フィルランカと、エルメアーナは、モナリムに促されて馬車の後ろのトランクケースに、カインクムに持たされたお土産を入れると、促されて馬車に乗せられる。
残ったモナリムは、カインクムに向く。
「それでは、カインクム様、お嬢様方をお借りします。 当家で用事が済みましたら、こちらまで、お送りさせていただきます」
そう言って、スカートを摘んで、片足を下げると、丁寧に頭を下げる。
モナリムは、礼をすると、御者台に乗り込み地竜の手綱を取ると、馬車を走らせるのだった。
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