第63話 フィルランカの噂話


 一方、モカリナ達が帰っていくと残された3人は、それぞれが、それぞれの思いに耽っていた。


「フィルランカ、お前、すごいな。 貴族の女の子と友達なんて、ちょっと、感動した。 フィルランカは、私のヒーローだ」


「ちょっと、エルメアーナ。 私は、男じゃないわよ。 ヒーローだなんて、私って、男っぽいのかしら?」


 フィルランカは、少しがっかりしたようにいうと、エルメアーナは、少し焦ったような表情になる。


「ん? 女子には、ヒーローとは言わないのか?」


「うん、 ヒーローは、男の人に使うけど、女の人には、使わない。 女の人には、ヒロインと言うな」


「そうか、そうなのか。 父」


「ああ、そうだな」


「フィルランカ、すまなかった。 フィルランカは、私のヒロインだ」


「ありがとう。 エルメアーナ」


 今までのやりとりがあるので、フィルランカは、素直に嬉しそうにはせず、少し引き攣った笑いを浮かべていた。


「なあ、フィルランカ。 お前、なんで、あのナキツ家のお嬢様となんか、面識がもてたんだ?」


 カインクムは、孤児のフィルランカが、なんで、侯爵家のお嬢様と面識がもてたのか、通常ではあり得ないことなので、不思議に思ったのだ。


 カインクムは、理由をフィルランカに聞いてきた。


「それが、私にもよくわからないのよ。 帰ろうかと思っていたら、突然、話しかけられたのよ。 それに、私が噂になっていることを教えてくれたのよ」


「フィルランカ、お前、噂になっていたのか。 さすがは、私の友達だ」


 エルメアーナは、嬉しそうにフィルランカに答える。


「ええ、なんでも、食べ歩きのフィルランカとか言われたわ。 なんだか、私は食いしん坊みたいに思われていたみたで、少し、ショックだったわ」


 少しガッカリ気味のフィルランカを見て、カインクムは、何か言わなければと思ったようだ。


「いや、フィルランカは、俺達の食事を作るために、色々、食べ歩いて、俺達の食卓を、良いものにしてくれたのだから、それは、俺たちのためだから、気にすることはないだろう」


「ええ、モカリナも、そんなことを言ってたわ。 でも、なんだか、私の行動が、周りに全部筒抜けみたいで、ちょっと怖いわ」


 フィルランカが引っかかっていた部分は、食べ歩きの部分だけではなく、自分のことが、周りに筒抜けになっていたことも、憂鬱だったようだ。


「まあ、そうかもしれないな。 人の噂話は、みんなの楽しみだからな。 あまりひどい話じゃなければ、気にすることはない」


 大した娯楽の無い帝都では、そんな噂話が、尾鰭が付いて、あちらこちらで話されている。


 ただ、周りも、その噂が正しいかどうかは、どうでもよく、面白い話として、時間を潰せたり、楽しめればそれで構わないのだ。


 噂話に尾鰭が付くことは、聞く側も弁えているので、面白ければ、それで、構わなかったのだ。


 だが、面白い話は、人の心に残る。


 モカリナ自身も、そんな人がいるのか程度の話で聞いていたのだろうが、まさか、そんな噂話の本人が、同じ学校で、さらに同じクラスに居るとは思わなかったのだ。


 モカリナとしても、思わず、本人の前で、驚いて、口に出してしまった程度なのだ。


 ただ、16歳のフィルランカには、自分の噂話が飛び交っていると言うことについて、少し、刺激が強すぎたようだ。


「そうだ。 フィルランカ、お前のおかげで、私もスパイスの効いた料理が食べられるようになったのだ。 最初に飲んだ、コーンスープは今でも思い出す」


「ああ、フィルランカのおかげで、うちの食卓は、とても豪華になったんだ。 俺にとって、これほど嬉しいことはないんだ」


 エルメアーナが、フォローを入れてくれたので、カインクムも、それに乗って、フィルランカのフォローをする。


ただ、今のカインクムの何気ない一言が、フィルランカに響いたようだ。


 不安気味な表情が、一気に晴れたように周りから見てとれた。


(えっ、えっ、ええーっ。 私が、色々なお店を食べ歩くのって、カインクムさんは、とても嬉しいことだったの。 食卓が豪華になるなら、食べ歩いて構わないってことなのね。 だったら、これからも、新しいお店やメニューに挑戦して、味を覚えて、しっかり、カインクムさんに、食べさせてあげないと)


 フィルランカの顔が、どんどん、赤くなっていき、そして体をモジモジとさせている。


「フィルランカ。 私も美味しいものが食べたい。 フィルランカの料理は最高だ」


(ああ、エルメアーナもいたわね)


 エルメアーナの言葉にフィルランカは、現実に戻ってきた様子で、真顔に戻ってきた。


「そうよね。 私たちの食卓が良くなるためですものね。 噂話なんて平気よね」


 フィルランカは、これからも色々な飲食店を回ろうと決意を固くしたのだ。


 そんなフィルランカの表情を見て、カインクムは、ホッとした様子になる。


「それじゃあ、俺達も帰ろうか」


 カインクムの言葉に、フィルランカとエルメアーナは、同意すると、3人は、学校を後にするのだった。




 カインクム達が、帰るには、第5区画を通って、第3区画の家に帰る必要がある。


 フィルランカの腕にエルメアーナが、抱くようにして歩くのを、カインクムが、その後ろを歩いている。


 そんな中、途中、フィルランカは、ミルミヨルの店の前を見ると、その前には、道路に並列駐車する馬車の列を見た。


(ああ、本当だ。 モカリナの言った通りだったわ)


 フィルランカが、モナリムに言われた通り、ミルミヨルの店に大勢のクラスの女子が、家族と共に押しかけると言っていたことを思い出した。


 カインクムは、フィルランカが向いた方が気になり、向いてみると、馬車が、ずらりと道端に並んでいた。


「あの馬車の大群は、すごいな。 個人の馬車なのか?」


 さすがにカインクムは、驚いて声に出してしまった。


 すると、フィルランカは立ち止まって、馬車を見つつ、カインクムに答える。


「さっき、モカリナが言ってたけど、あれ、うちのクラスの女子達らしいのよ。 親子で来ているから、一緒にミルミヨルさんの店に、買い物に行ったみたいなのよ」


「ふーん」


「そうなのか」


 カインクムは、納得したような表情をしていたが、エルメアーナは、何のことなのかと思ったようだ。


(フィルランカは、ミルミヨルさんの販売の方法について、理解できたのだろうか? お前が、これから学ぼうとしていることは、今、ミルミヨルさんが行っていること、そのものなのだが、理解できたのか?)


 カインクムは、心配そうにフィルランカの様子を見るが、自分の位置からはわずかにフィルランカの横顔が見える程度なのだ。


 カインクムは心配するが、僅かに見えるフィルランカの表情と、エルメアーナに、説明をしている様子から、自分の心配は、無用なのかもしれないと思ったように、ホッとした様子を見せた。 


(いや、5年も続けていたのだから、自分が宣伝する事で、ミルミヨルさん達が儲かっていることも理解できているだろう。 自分自身が、宣伝というものを実体験できたのだから、いい勉強になっただろう)


 カインクムは、フィルランカを見るが、その目は、自分の子供の成長を見るような目で見るのだが、すぐに、また、表情が変わる。


(これから、高等学校、帝国大学と進むなら、きっと、良い男と巡り会えるだろうな。 貴族とはいかなくても、商人の息子とかに見そめられ可能性もあるのか)


 カインクムは、少し寂しいような顔で、見ていた。

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