第62話 モカリナの専属使用人 モナリム


 モカリナが、フィルランカ達の事で笑っていると、横から声がかかった。


「モカリナ様。 こちらにいらしたのですか」


 明らかに貴族の家の使用人と分かる女性が、声をかけてきた。


 その声を聞いて、元に戻ったようにモカリナが、かけられた声の主に答えた。


「モナリム、呼びにきてくれたのね」


 モカリナが、モナリムを見ると、モナリムは、モカリナ以外の3人に興味がそそられていたので、それを察したモカリナが、フィルランカ達の話をする。


「こちらは、フィルランカさん。 さっき、お友達になりましたので、少し、ご家族の方とも、お話しさせていただいておりました」


 モナリムと呼ばれた女性は、フィルランカ達、3人を見ると、お辞儀をするが、直ぐに興味を無くした様子で、モカリナに声をかける。


「馬車の準備ができております」


 その女性は、モカリナに帰るように促した。


「わかりました。 直ぐに行きます」


 モカリナは、そう答えると、3人に向く。


「今日は、とても、楽しゅうございました」


 そう言ってから、モカリナは、3人から離れていった。




 モナリムは、カインクム達に、一度礼をすると、モカリナの後ろを付き従うように歩いていく。


「モカリナ様、今の方々は、帝国臣民の方ではございませんか?」


 付き従うモナリムが、モカリナに聞く。


 モナリムとしたら、身分の違いがあるので、丁寧な礼をする必要は無いと考え、モカリナに真意を尋ねた。


「彼女は、今年の次席なのよ。 私より上の成績で、入学しているのよ。 それにカインクムさんは、腕の良い鍛冶屋ですし、南の王国のジュエルイアン様とも交流があります」


「ジュエルイアン? あの、イスカミューレン商会とも繋がりのある、ジュエルイアン商会の会頭ですか」


「そうよ。 私も、聞いて驚いたわ。 カインクムさんとこんな所で面識が持てるとは思わなかった。 それに、フィルランカは、次席入学なのよ。 これから先の有望株と見ていいわ」


「そうでしたか」


 モナリムは納得したような表情をする。


(モカリナ様も、10位には入っていたはずだわ。 でも、何で次席? そういえば、首席は、男子だったかしら。 それなら、女子の次席の方が声をかけやすかったって、ところかしら。 でも、カインクムさんと出会えたのは? きっと、次席入学のフィルランカさんに話をしたら、その家族が、カインクムさんだったって事かしら。 幸運だったという事ね)


 モナリムが考えていると、モカリナは、さらに話を続ける。


「それに、帝国にもギルド設立の動きがあります。 そうなったら、カインクムさんの鍛冶屋は、武器や防具も扱ってますから、今後は、大きく伸びるはずです」


「確かにそうですね」


(ああ、この前の園遊会の時に仕入れた情報ね。 確か、ツ・リンケン・クンエイ殿下が、皇帝陛下に話をつけて、本格的に進む話になっていたわね。 帝都の第8区画の開発を先送りにして、南にかつてない広さの第9区画を建設しているわ。 ギルドを呼ぶためもあるでしょうけど、陛下も国の威信を重んじて大きな開発計画にしたのよ)


 モナリムは、モカリナに話を合わせるために、頭の中で、情報を整理していたのだ。


(ギルドの設立を許可したのは、陛下ですけど、今までの帝国の経緯を考えたら、ギルドの設立は、帝国が妥協して認めたみたいだけど、かつてない程の大規模な開発をおこなって、そこにギルドを誘致したなら、帝国の対面もたつわ。 まあ、魔物の活性化によって、帝国もその被害を食い止めるために帝国軍だけでなく、冒険者も使いたいということなのでしょうね)


 モナリムが黙って従っていると、モカリナが、その沈黙を嫌ったのか、モナリムに話しかけてきた。


「私は、貴族とは言っても、四女ですから、姉様達のように、どこかの貴族の家に嫁ぐ可能性は低いのですから、自分自身の才覚で身を立てなければなりません。 家を出たら貴族ではいられないでしょうから、私は、私の力だけで生きていくしかありません」


「……」


 モナリムは、無言でモカリナの話を聞いている。


「私には、専属となった、あなたを養う義務がありますから、なりふり構っていられないのです。 それにあの方達なら、こちらが騙されるようなことはないわ」


 モナリムは、モカリナが、自分自身の事だけでなく、モナリム自身の身も案じてくれている事に感謝するような表情をする。


(一応、裏は取っておく必要はありそうね。 家の者に頼む必要があるわね。 でも、今の様子だと、何かが出てくるというより、確認する程度になるかもしれないわ)


「かしこまりました。 今後は、フィルランカ様と、カインクム様については、他の貴族の方々と同等の対応をさせていただきます」


(しかし、困ったわ。 モカリナ様と2人の時は構いませんけど、そこに、他の貴族の方が居た場合の事を考えておかないといけないわね)


 モナリムは、答えるのだが、今後、モカリナが、他の貴族と一緒の時にフィルランカを、どう扱うのかを考えていたので、モカリナ程、楽観視は出来てないようだ。


(でも、モカリナ様のことを考えたら、さっきの、フィルランカさんは、いいわね。 貴族でもなく、それに、カインクムさんに挨拶に行った時のことを考えたなら、一緒に何かを始めても、モカリナ様が、イニシアチブを持てるでしょう。 これからのモカリナ様には、都合の良いクラスメイトなのかもしれなわね)


 後ろから付き従うように歩くモナリムは、馬車の前に来ると、馬車の御者が、踏み台を用意して、扉を開けてくれた。


 モカリナは、そのまま、馬車に入ると、モナリムは、御者に指示を出す。


「今日は、このまま、お屋敷に戻ります」


「かしこまりました」


 御者が答えると、モナリムも、馬車の中に入る。




 馬車の中では、モカリナが後ろの席に座って、足を伸ばして、首を背もたれに乗せるようにして上を向き、両手は、椅子に広がるように座っていた。


「モカリナ様、格好が、はしたないですわ」


「うーん。 いいじゃない。 モナリムと2人だけの時は、好きにさせて! それ以外は、ちゃんとするからぁ」


 モカリナは、さっきまでの態度とは、全く違う様子になっていた。


(もう、困った人だわ。 まあ、人前でこんな態度はしないから、構わないけど)


 モナリムは、扉を閉めると、前の席に座ろうとすると、モカリナが声をかけてきた。


「ねえ、ひ・ざ・ま・く・ら」


 モカリナは、モナリムに甘えるようにモナリムを自分の横に座るように、椅子を叩く。


 モナリムは、仕方なさそうに指示された椅子に座ると、モカリナは、モナリムの太ももの上に顔を乗せる。


「ウゥーん」


 モカリナは、気持ちよさそうにモナリムの太ももの上に顔を置く。


(あーっ! また、こうなるのかしら)


 モナリムは、仕方なさそうにモカリナの頭を太ももの上に置かせて、その髪の毛を軽く撫でる。


「モナリムは、いつも私を甘やかせてくれる。 この時間が、私の唯一の安らぎの時間なの」


 侯爵家の四女ともなると、さすがに、上の兄や姉のように手をかけられるわけではなかった。


 全体から見ても美人の部類に入るとしても、貴族社会では、普通か、下の方から数えた方が早かったりする。


 さすがに、誰もが羨むような美人なら、たとえ、四女といえど、侯爵家ならば嫁の貰い手もあるだろうが、貴族にしては普通以下だと、見向きもされない。


 そんな家庭に育ったモカリナは、小さい頃から、自分が生きるためにどうしたら良いか考えており、いつも、専属使用人であるモナリムに相談していた。


 そんな時に、ツ・レイオイ・リズディア殿下の話を聞き、自分もリズディア殿下に倣うように、必死に勉強をするようになったのだ。


 貴族の家のしきたりに従って振る舞い、そして、家庭教師による学習と、必死に自分の家の対面を守っていたのだが、そんな張り詰めた中、モナリムだけが、唯一、モカリナの心を知る人だったのだ。


 歳上のモナリムが、モカリナを甘やかせてくれたので、モナリムは、モカリナにとって、姉のようであり、または、母のようでもあるのだ。


 モナリムの前だけ、モカリナは、張り詰めた心を癒すのだ。


 それは、家族にも見せる事はなかった。

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