第61話 モカリナとカインクムの家族
モカリナに引っ張られるようにして、フィルランカは、校舎を出ていく。
「ねえ、フィルランカ。 あなたのご家族は、どちらにいるの?」
言われて、フィルランカは、周りを探す。
モカリナとしては、歩く程度の速度でフィルランカを引っ張ってきたのだが、フィルランカにしては、大急ぎで引っ張られてしまったのだ。
そのため、フィルランカは、周りを見ることもなく、ただ、引っ張るモカリナを見つつ、必死に付いてきたのだ。
「ねえ、あそこにあなたと色違いの衣装を着ている人がいますけど、あなたの知り合いかしら?」
モカリナに言われて、その方向を見ると、エンジ色のフィルランカと同じデザインの服を着たエルメアーナがいた。
そして、その横には、カインクムが立っていた。
「ねえ、あの2人なの? でも、何だか、少し変よ」
フィルランカは、2人の様子を確認する。
エルメアーナは、ムッとした様子で、カインクムから顔を背けるような表情で立っており、それを困った様子で見るカインクムが居た。
「ねえ、あの娘は?」
「ああ、エルメアーナ。 私と同じ歳の、カインクムさんの娘よ。 でも、エルメアーナったら、何だか、怒っているみたい」
「そうね、それを、あの男の人が宥めているみたいね」
「あら、よくわかったわね」
(おい、あの位、誰が見ても分かるわよ。 フィルランカったら。 勉強は出来るけど、周りの気配とか、人の心を読むとかは、苦手なタイプなのかしら。 いえ、これは、絶対に天然なのね。 これから先、何か変なことをしないといいけど)
モカリナは、困ったような表情をフィルランカを見ていた。
しかし、フィルランカは、2人の方を、ジーッと見ていた。
(もう、カインクムさんたら、エルメアーナに、声をかけようとしているのに、どう言う言葉をかけるか、悩んでいるわ。 あの不器用そうなところも、ちょっと、素敵です)
フィルランカは、カインクムの、あたふたした様子を見て、和んでいたので、モカリナに見られているとは思わなかった。
ただ、その様子を見ていたモカリナは、そのフィルランカの表情が、なんでなのか、よくわからなかったようだ。
「ねえ、フィルランカ、どうしたの?」
それを聞いて、フィルランカは我にかえる。
「えっ! あっ! はい、何でもありません」
(えーっ! 何? モカリナ様ったら、何で私の顔を見ているの? えっ! 何? 私、カインクムさんを見ていたのよ)
フィルランカは、顔が赤くなってしまった。
「ねえ、あの女の子は、誰なの? ここに通う生徒なの?」
(何なの? 変なフィルランカだわ。 まるで、恋人を見ていたのを見透かされたような表情だわ。 変なの)
モカリナは、フィルランカが、エルメアーナを見ていたのだと思ったようだが、フィルランカの表情が、何でそんなに変わるのか、不思議に思ったようだ。
「ねえ、早く、紹介してください」
そう言って、モカリナは、フィルランカの手を取って、カインクムとエルメアーナの方に歩き出した。
カインクムは、入学式の際に、エルメアーナに登校拒否に絡んだ話をしてしまい、エルメアーナの機嫌を損ねてしまったのを、どうやって、宥めようかと困った様子でいた。
時々、エルメアーナに声を掛けようかと思い、何かを考えては、話そうとするのだが、いまいち、言葉にできずにいた。
すると、突然、横から声がした。
「こんにちは、カインクム様」
その声の方向に顔を向けると、カインクムの知らない少女に連れられたフィルランカがいた。
フィルランカは、少し赤い顔をして、恥じらうような表情をしていた。
カインクムには、フィルランカの手を引いてくる少女に見覚えがないので、一瞬戸惑った様子を見せる。
「あ、ああ、こんにちは。 えーっと、どちら様でしょうか?」
カインクムは、記憶に無いが、少女は、自分の名前を言ったので、何処かで顔を合わせているのかと思ったようだ。
「これは、失礼いたしました。 私は、ナキツ侯爵家の四女、ナキツ・リルシェミ・モカリナと申します。 フィルランカさんのクラスメイトです」
モカリナは、正式な挨拶をする。
「え、あ、はい。 それは、どうも、……。 ん? ナキツ侯爵家!」
カインクムの表情が変わる。
慌てて、カインクムは、足を引いて、腰を下げて、慌てて、正式な挨拶をする。
「し、失礼いたしました。 私は、帝都の第3区画で鍛冶屋を営む、カラン・レンリン・カインクムと申す、一帝国臣民でございます」
そして、カインクムは、頭を更に低くする。
「この度は、フィルランカが、どの様な、ご迷惑をおかけしたのでしょうか? フィルランカの掛けたご迷惑は、親代わりである、小生が、全身全霊を持って、お詫び申し上げますので、何卒、ご容赦いただきますよう」
「お待ちください、カインクム様。 何か、勘違いをなされているようですわ」
カインクムが、突然、お詫びを言い出したので、モカリナが、カインクムの言葉を止める。
「私も、最初に申し上げればよかったのでしょう。 この度は、フィルランカさんとお友達にさせていただきましたので、そのご挨拶に、伺っただけです」
それを聞いて、カインクムは、呆気に取られたような表情で、モカリナを見る。
「は?」
それを横で聞いていたエルメアーナが、モカリナに声をかける。
「おお、フィルランカに、友達ができたのか。 よかったな、フィルランカ」
(何で、上から目線?)
モカリナが、少し驚いた様子をする。
「私は、エルメアーナだ。 フィルランカとは、小さな時から友達だった。 今は、一緒に暮らしている。 私もフィルランカとは、とても仲が良いのだぞ」
「おい、エルメアーナ。 何だ、その言葉遣いは、モカリナ様に失礼だぞ」
「ん?」
エルメアーナは、不思議そうにカインクムを見る。
「ああ、お構いなく。 私は侯爵家といっても、四女ですから、家を継ぐこともありませんし、貴族の家に嫁ぐ予定もありません。 成人後は、家を出ることになるでしょうから、貴族でいられるかどうかも怪しいものです。 ですので、言葉遣いなどは、お気になさらないでください」
「だってさ、父!」
エルメアーナが、モカリナの言葉を受けて、カインクムに声をかけた。
「バカタレ!」
そう言って、エルメアーナの頭を押さえて、挨拶をさせた。
「こら、父! 私の髪は、ティナミムさんにやってもらったんだ。 勝手に触るんじゃない」
そう言って、カインクムの手を退ける。
「すみません、モカリナ様。 娘のエルメアーナは、私と一緒に工房に入って鍛治仕事をしていたので、挨拶も、ろくにできない、言葉遣いも、ままならない。 これから、フィルランカと2人で、少しずつ教えていきますから、今日のところは、ご容赦ください」
「いえ、先ほども申した通り、私は、貴族から外れる事になると思いますから、エルメアーナさんのような話し方にも慣れておく必要がありますので、お気になさらずにいてください」
モカリナが、フォローする。
「ほらー」
エルメアーナが、言うと同時にカインクムは、エルメアーナの口を押さえた。
「お前は、少し黙っていろ」
流石に、ゲンコツをくれる勇気は、カインクムは無かったようだ。
「ごめんなさい、モカリナ。 エルメアーナは、いつもこんな感じなの」
「ああ、大丈夫よ。 初めてで、少し驚いたけど、直ぐになれるようにするから」
((ああ、やっぱり、気にしてたんだ))
カインクムとフィルランカは、困ったような表情をした。
「いてー!」
突然、カインクムが、悲鳴を上げた。
「ふん。 父が悪い」
エルメアーナは、口を押さえられたその手を噛んだのだ。
それを見ていたモカリナが、声を上げて笑い出した。
「ごめんなさい、モカリナ。 大丈夫?」
フィルランカが、モカリナを気遣うが、直ぐには、モカリナの笑いは止まらない。
「だい、じょう、ぶ」
モカリナは、答えるが、笑いは止まる様子はない。
「こんな、素敵な、家族と、フィルランカは、一緒に、暮らして、いる、の、ね」
途中、笑いが入りつつだったので、モカリナは、言葉が途切れ途切れになっていた。
その様子を、3人はどうしたら良いのかと思った様子で、モカリナを見る。
しばらくして、笑いが収まると、モカリナが話し出した。
「久しぶりだわ。 こんなに笑ったのは。 やっぱり、私の目に狂いは無かったわ」
そう言うと、フィルランカを見る。
「うん。 私は、あなたのような人と、お友達になりたかったのよ。 貴族は、腹の探り合いのような付き合いだけど、あなたとなら、そんなことをせずに話もできるわ」
すると、カインクムとエルメアーナに向く。
「カインクム様、そして、エルメアーナ様、私は、どうしても、フィルランカさんとお友達になりたいと思いました。 ですので、お二人にも、これから、お付き合いさせてもらう事になると思います。 よろしくお願いいたします」
「あ、はい」
「おお、私も友達になって欲しい」
カインクムは、恐縮していたのだが、エルメアーナは、いつもの調子で答えた。
カインクムは、エルメアーナを睨むのだが、口を押さえた時に噛みつかれたので、今度は、睨むだけだった。
「ええ、お願いしますわ」
「そうだ。 今度、3人で、お茶を飲みに出かけよう」
エルメアーナが、調子にのって、出かける約束をする。
「ええ、是非。 色々と、お話をしましょう」
カインクムと、フィルランカは、エルメアーナの様子を見て、どう対処したらよいかわからなそうにしている。
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