第39話 2人のための服


 フィルランカ、エルメアーナ、カインクムの3人が、食事を終わらせて、帰っていく。


 カインクム達の住む、第3区画と、第1区画は、直接、つながってはいないので、第1区画を西に向かっていき、第5区画へ入ってから、北へ向かうことになり、第5区画の北側、皇城の西側に位置する第3区画へ行く必要がある。


 第1区画の飲食店を出て、第5区画に入ると、カインクムは、2人に話しかける。


「今日は、これから、買い物に付き合ってもらう。 全部、お前達のためのものだから、嫌とは言わせないからな」


 特に、最後の言葉は、エルメアーナの顔を見て、カインクムは話した。


「なんだ、父。 なんで、私の顔を見る」


「いや、お前も、フィルランカの服を着ると、可愛いと思っただけだ」


 カインクムの、その、何気ない一言に、エルメアーナは、どんな表情をして良いのか、赤くなって、可愛いく振る舞った方が良いのか、それとも、珍しいことを言ったカインクムを、少し引き気味に見た方がいいのか、困ったようだ。


「父。 変な事を言うな。 私は、どうしたら良いのか、困ってしまう」


 エルメアーナは、自分の思ったことを、そのまま口にした。


 そして、両手で頬を押さえて、困っている。


 カインクムとフィルランカは、いつものエルメアーナの、あっさりした態度ではなく、対応に困った表情を見て、2人も驚いていた。


 そして、カインクムとフィルランカは、お互いに顔を見ると、吹き出して、笑い出した。


 その2人の態度を見て、エルメアーナは、少し膨れる。


「2人とも、何がおかしいんだ。 人の顔を見て、2人で笑い出すなんて、少し、失礼だぞ」


 エルメアーナの言葉に、フィルランカが答える。


「ごめん、エルメアーナ。 だって、いつもは、そんな表情をしないから、なんだか、可愛かったからなのよ」


「ああ、いつも、鍛治をしている姿しか見てなかったからな。 エルメアーナの、今の表情は、とても新鮮だったよ。 俺は、良い娘を持ったと思ったんだ」


 それを聞いて、エルメアーナは、顔を赤くする。


「父! 父こそ、珍しい事を言うんじゃない。 こっちも、その対応方法を探すのに困ってしまう」


 そんなエルメアーナの対応に、2人は笑いが止まらないようだ。


「ああ、エルメアーナ、笑ってすまなかった。 だが、今日は、2人のために、服とか靴とかを買おうと思ったんだ。 フィルランカには、学校に通うための服と、エルメアーナには、外に遊びに行くための服を、買ってあげたいと思ったんだ。 だから、今日は、家から、ほとんど、外に出ない、お前にもと思っていたのだよ」


 カインクムは、フィルランカのために服を用意しようと思っていたのだが、フィルランカにだけ、買ってあげるわけにはいかないと思っていたのだ。


 時々、フィルランカが、自分で買った服を、エルメアーナに、時々、使わせていたのを知っていた。


 エルメアーナは、何も言わなかったが、とても嬉しそうにしていたのを、カインクムは見ていたので、エルメアーナに似合いそうな服を用意してあげる機会を窺っていたのだ。


 フィルランカの通学用の服を買うのと一緒に、エルメアーナにも、買ってあげようと思ったのだ。


 引きこもり気味のエルメアーナが、フィルランカの合格祝いだと言ったら、外に出る気になってくれたのだ、カインクムとしたら、この気を逃すわけにはいかないのだ。


 一気に畳み掛けるよに、エルメアーナに、女の子らしい姿にさせてあげようと思ったのだ。


「父、ずるい。 そんな事を言われたら、断れないじゃないか」


 エルメアーナは、恥ずかしそうに答えた。


 その素直な返事にフィルランカもホッとしていた。




 カインクムは、第5区画を進むと、ミルミヨルの店に入る。


 フィルランカは、なんで、ミルミヨルの店にカインクムが入っていくのかと思ったようだが、エルメアーナと一緒に、後を追って入っていく。


「「「いらっしゃいませ」」」


 店に居た、3名の店員が、早速、挨拶をしてくれた。


 カインクムの後ろに、いつものフィルランカが、居たので、店員の1人が、フィルランカに声をかけると、奥へ入っていった。


 直ぐに、その店員に呼ばれて、ミルミヨルが、店に顔を出す。


「いらっしゃいませ」


 カインクムに挨拶をする。


(この男の人って、フィルランカちゃんと一緒ってことは、鍛冶屋のカインクムさんだよね。 突然、フィルランカちゃんを連れてきたのって、……。 まさっ、まさか、勝手に宣伝に使ってしまったから、怒って、乗り込んできたの!)


 ミルミヨルは、カインクムを見て、変な妄想を抱いたのか、少し青い顔をしている。


「あなたが、ミルミヨルさんですか」


「はっ、はい」


 ミルミヨルは、いつもより高い声で答えた。


「今まで、フィルランカが、お世話になり、誠にありがとうございました」


 びびっていたミルミヨルだったが、カインクムが、突然、お礼を言って、頭を下げてきたので、言葉を失っていた。


「今日は、フィルランカの合格祝いと、来年度から入学する学校に着ていく服を買いに来ました。 それと、一緒にいるのは、娘のエルメアーナですけど、この娘は、着る物とかに無頓着なので、できれば、娘にも似合う服を用意してもらおうと思って伺いました」


 ミルミヨルは、話を聞いてホッとしたようだ。


 ミルミヨルとしたら、フィルランカに自分の店の宣伝をしてもらったことで、今では、使用人を3人も雇うほどになっていたのだ。


 自分の作った服をフィルランカが着て、宣伝してくれたことで、提供した服以上の成果を得ていたので、その後ろめたさがあったようだ。


「あ、ああ、そうでしたか。 それは、ありがとうございます」


(とりあえず、文句を言われに来たのじゃなくて、助かったわ)


 ミルミヨルは、気をとりなおすと、カインクムに向く。


 その表情は、商人らしい顔つきになっていた。


「いえ、カインクムさん。 そちらのフィルランカさんのお陰で、私の店も賑わうようになりました。 こうやって、従業人を雇って仕事をできるようになったのは、フィルランカさんのお陰です。 フィルランカさんが居たから、私もこうやって、店を続けることができました。 本来であれば、私の方からカインクムさんに、お礼をしに出向かなければいけなかったところです」


 そう言って、深々とお辞儀をする。


 その態度に、カインクムは、驚いてしまった。


「いやいや、こちらこそ、高価そうなドレスだったので、きっと、安くしてもらえたのだろうと思っていたので、お礼を言いにと思ってましたが、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」


 カインクムも恐縮して、答えた。


(おいおい、俺が、フィルランカに渡している金額で、この店の服なんて、幾つも買えるわけないだろう。 お礼を言わなければならなかったのは、こっちだろ)


 お互いに、フィルランカの服に対する思いは、色々、あったのだ。


「それで、今日は、2人の娘達に似合う服を買ってあげようと、親心を出したわけです。 申し訳ないが、2人に似合う服を用意してもらえませんか」


「かしこまりました。 最高のものを用意させてもらいます」


 ミルミヨルは、カインクムにお辞儀をすると、従業員たちに指示を出し始めた。


 カインクムには、テーブルの席を用意して、お茶を出すように指示すると、残り2人にフィルランカとエルメアーナに1人ずつつける。


 ミルミヨルは、入口の扉の外に、閉店の看板を出すと、2人にあう服を、2人の従業員に指示していく。


 カインクムは、2人の娘達が、何着も着替えさせられて、着飾っていくのを、出されたお茶の飲みながら眺めていた。

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