第37話 2人の未来展望


 フィルランカが、進学を決意したのは、よかったのだが、高等学校を優秀な成績で、卒業して、大学を目指すと言い出した事を、カインクムは、さすがに驚いた。


 ただ、エルメアーナでは、店で商品を売るのは、難しそうだと思っていたので、フィルランカが、勉強して、売り場だけでなく、店の経営者として、店を見てくれるなら、高等学校だろうと、帝国大学だろうと、いってくれれば、もっと、視野は広がるだろうと、カインクムは考えた。


 すると、フィルランカは、教室に戻って帰る準備をしてくると言ったので、応接室から、一旦、退室していった。


 テーブルの上の、お茶を飲みつつ、校長が、ホッとして、声をかけた。


「カインクムさん。 今日は、本当にありがとうございます」


「いえ、上の学校に行くのは、フィルランカですから、それに、まだ、入試も受けてませんから、喜ぶのは、受かってからにしましょう」


「そうですね。 でも、フィルランカさんの成績なら、受かると思います。 それに、入学した後も、きっと、上位をキープすると思います。 もし、そのまま、帝国大学も受かってくれたら、私も鼻が高いです。 まだ、うちの学校の卒業生で、帝国大学に入った生徒はいません。 きっと、フィルランカさんが、最初になるでしょう」


 編入の話をしにきた時の事を考えると、カインクムは、この数年で、校長の態度も大きく変わったと感じていた。


「そうですか。 店番をしているフィルランカは、覚えも早いと思っていたが、それほどでしたか」


「ええ、担任からも、各学科の先生からも、評判も良かったですよ」


 カインクムは、嬉しそうな表情をする。


 自分の娘ではないが、養女として、エルメアーナの姉妹のように思っているので、校長から良い評価を聞くのは嬉しいものなのだ。


「それより、帝国大学となったら、どの位の費用が必要になるのでしょうか?」


 カインクムは、校長に、突然、現実的な話をした。


「はい。 フィルランカさんの場合、商学部か経済学部を狙うことになるでしょうから、費用は、医学部や薬学部のような、高額にはならないでしょう。 そうですね、初年度は、中銀貨1枚と少しですかね。 2年目以降は、銀貨6枚程度になると思います。 ああ、金額は、年間の費用です。 支払いについては、大学の事務局と、お話しできると思います。 3年後、入学が決まったら、具体的な話をすると良いでしょう」


 カインクムは、おおよその費用を、頭の中で算出していた。


(問題は、最初の年か。 まあ、これから、少しずつ、貯めておくことにするか)


「ありがとう、校長。 参考になったよ。 3年かけて、貯めておくことにするよ」


 校長は、笑顔で答えた。


(これで、我が校の卒業生から、帝国大学に入る生徒が、現れそうだ。 補助金の打ち切りに怯えることも無くなりそうだ)


 校長もホッとした様子で、ぬるくなったお茶に口をつけていた。




 すると、思い出したように校長が、カインクムに話し出した。


「カインクムさん。 フィルランカさんが、もし、帝国大学を出たら、きっと、帝国中の商人から声がかかりますよ」


「ほーっ、それは、どうしてですか?」


 カインクムは、何でなのだろうと思った。


「帝国大学へ進む女生徒は、貴族か商人です。 フィルランカさんは、優秀ですから、このまま、成績を順調に伸ばせば、嫁に欲しいと、卒業後に、話がたくさん舞い込みますよ」


 カインクムは、少し微妙な表情を浮かべる。


「校長。 それは、商人の家の、三男とか四男とかから、婿に入りたいとかも、あるだろうか?」


「婿ですか」


 校長は、なんで婿なのかと思ったのだ。


 エルメアーナが、居るのだから、鍛冶屋を継ぐのは、エルメアーナになるのではないかと思ったのだ。


「まあ、そういう話もあると思いますけど、その時は、カインクムさんの店を、もう少し大きくしておく必要があるかもしれませんよ」


 校長に言われて、カインクムは、納得した。


(それもそうだな。 あんな小さな店じゃ、婿に来るというのは、嫌がるか)


「カインクムさん。 フィルランカさんを嫁に欲しいという、若い男達は、きっと多いと思います。 それに、帝国大学に進んだら、その生徒の中から、婿を選ばせれば良いのですよ」


 カインクムは、なるほどと思ったようだ。


「だが、進学させることで、フィルランカには、婿になれそうな相手を見つけたり、嫁ぎ先の候補が増えるということなのか」


「ええ、大学に入れる程の才女で、それに加えて、器量も良い。 きっと、高等学校でも帝国大学でも、候補となる家は、いくらでもあると思います。 黙っていても、向こうから話が来ると思いますから、待っていれば、良い縁に出会えるでしょう」


「なるほど、そういうものか」


 カインクムは、フィルランカの未来についても希望が持てると思ったようだ。


(その場合、俺の望む相手にならない可能性もあるが、フィルランカの将来のためなら、選択肢を増やしてやるのは、良いことだな)


 そんな事を考えていると、フィルランカが、用意を済ませて戻ってきた。


 カインクムは、校長に挨拶をすると、フィルランカと一緒に家に帰っていく。




 久しぶりに、カインクムとフィルランカは、一緒に歩いて学校を出た。


 フィルランカは、少し顔を綻ばせて、カインクムの横を歩いている。


(カインクムさんと2人で歩くなんて、久しぶりだわ。 ちょっと嬉しい。 でも、いつから? ああ、学校に試験を受けた時以来だわ。 ふふふ)


 そんな事を思いつつ、時々、カインクムに肩を触れさせながら、歩いていた。


「どうした? フィルランカ、なんだか、嬉しそうだな」


「ええ、こうやって、カインクムさんと一緒に歩くのは、久しぶりだなと思ってたの」


 カインクムは、そんなものなのかと思いつつ、フィルランカの話を聞いていた。


「ねえ、カインクムさん。 私達が、2人で一緒に歩いたのって、前は、いつだったか覚えてますか?」


 カインクムは、フィルランカに聞かれて、最近は、一緒に歩いた覚えが無かった。


 こうやって、2人で歩いた思い出が無いと思ったようだ。


「そういえば、2人で歩いたことは、無かったのか」


 カインクムは、ボソリと言うと、フィルランカは、少し拗ねたような表情をする。


「いいえ、ありますよ。 ほら、学校に入るための試験の時、あの時は、行きも帰りも、2人一緒でした。 それに、帰りは、手を繋いでくれたんですよ」


 カインクムは、フィルランカに言われて、思い出した。


「そうだったのか。 ふーん」


 カインクムは、覚えてないような答え方をした。


(ああ、そうだった。 帰りは、手を繋いで帰ったんだ。 まだ、フィルランカも10歳だったから、甘えたい年頃かと思って、そのままにしてたんだったな。 あれは、少し恥ずかしかったんだ)


 フィルランカは、カインクムの答えに少し寂しそうにすると、カインクムの手を握る。


 それに驚いたカインクムは、慌てて、フィルランカの手を離した。


「こら、フィルランカ、若い娘が、人前で手を握るものじゃない。 前は、10歳だったから、仕方なかったけど、今のお前は、15歳なんだ。 少しは、周りを気にしなさい」


 そう言うと、少し前に出るように歩き出した。


 フィルランカは、カインクムの言葉に呆気に取られるような表情をした。


(さっきは、覚えてないようなことを言ったけど、しっかり覚えていてくれたのね)


 今度は、嬉しそうな表情をすると、フィルランカは、カインクムから一歩下がったところを歩いている。


(今は、私の場所は、ここでいいのよ)


 そう言って、カインクムの横を見る。


 その場所に立てる日を、待ち望むように、フィルランカは見ていた。

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