第35話 進学を断るフィルランカ
フィルランカの、今の学校を卒業したら家に入ると言ったので、校長は、困っていた。
カインクムとしては、フィルランカの意志に任せるだけだと思ったので、フィルランカが、そう言うなら、それで終わりだと思ったのだ。
「そこをなんとか、高等学校に行くと言ってくれないか、いや、言って下さい」
それを聞いて、カインクムは、校長が、そこまでフィルランカの進学にこだわるのか気になった。
フィルランカは、校長が口調まで変えてきたので、驚いている。
「校長、なんで、フィルランカが、進学しなければならないのか、学校に何か理由があるんじゃないのか?」
カインクムの言葉に校長は、ギクリと、肩を動かした。
その動きを見て、カインクムは、なんらかの理由があると確信した。
「校長、うちは、経済的に、フィルランカ1人を、高等学校に進学させたとしても、帝都内の学校に通わせるだけなら問題はない。 校長が、そこまでして、フィルランカを高等学校に進学させたい理由を話してもらえないだろうか」
「カインクムさん、ありがとうございます」
カインクムの言葉に校長は、お礼を言うと、理由を話だした。
「実は、行政府から連絡がありまして、ここ5年ほど、当校から高等学校に入る生徒が出てない事を指摘されているんです」
校長の話は、学校として教育の質が悪いから、上に上がる生徒が居ないのではないかと指摘を受けていたのだ。
もし、このまま、高等学校に進学できないのであれば、学校を閉鎖することになると、通達されたという。
今年は、有力な学生もいたのだが、試験を受ける直前に親の事業の失敗で、退学してしまったので、結局頼みの綱の学生が、進学できずに、結局、今年も進学者無しとなってしまった。
その結果、5年間の高等学校進学ゼロとなってしまったという。
(フィルランカが、編入した翌年あたりから、高等学校に入学してないのか)
カインクムは、校長の言っている事を聞いて、随分と長い期間、高等学校に入れないのだなと思ったようだ。
「基本的には、経済的な理由なのです。 ここは第3区画です。 第1区画は、貴族や帝国の施設であり、第2区画は、商業を中心とした商人が多く入っております。 しかし、ここ第3区画は、大河の北側の農具を中心に発達してきた土地だったが、ここの西側の第8区画の開発が途中で中止されて、南の第9区画の開発が優先されたことで、一気に第3区画から、第5区画と第2区画の南へ、人が移動してしまわれたんです」
第9区画は、急きょ開発が始まった。
その理由は、一般臣民には伝わっていなかったのだ。
それまでは、第3区画の西の第8区画の開発を行なっていたのだが、途中で中止されたので、第8区画は、大した区画整備もされれず、半分程度の完成で、残り半分が放置されたような状態になってしまっていた。
今まで第8区画の整備を見越して、大工や内装屋など、さまざまな人が見越して第3区画に移動してきていたのだが、突然の第9区画の開発となり、しかも今までの区画の開発レベルではなく、面積にして、通常の3倍の面積の開発となり、帝国随一のイスカミューレン商会だけでなく、国外から融資を受けて、最大の開発になった。
そのお陰で、第8区画の職人だけでなく、帝都中から職人が引き抜かれてしまっていたのだ。
結果として、生徒数の減少と、経済的に高等学校へ子供を入れられる家庭が、転居してしまい、特に、一番北に位置する皇城の西の第3区画と、皇城の東の第4区画の、中堅どころの職人の移動が多く、その影響を大きく受けてしまったと、校長は話してくれた。
「なるほど、確かに、ここ数年は、家族ごと、移動していった職人が多かったな」
カインクムは、納得した様子を示したので、校長は、少しホッとしたような表情をする。
ただ、フィルランカは、1人、何の反応もする事なく、話を聞いていた。
(やっと、一日中、カインクムさんと一緒にいられる可能性があるって言うのに、何で、また、わざわざ、学校に行かなきゃいけないのよ)
フィルランカの思惑は、別にあったので、校長の提案する、高等学校への進学は、面白くないのだ。
校長は、話の流れから、フィルランカも年度末に進学のために動いてくれると思って、フィルランカに、向く。
「フィルランカさん、年度末にある、高等学校の入学試験に向かって、1年間、がんばろうね」
それを聞いて、フィルランカは答えた。
「私、高等学校には行かない」
校長としたら、カインクムを説得すれば問題は解決と思っていたのだが、フィルランカは行かないと、言い切ってしまったので、校長は、また、青い顔をしていた。
「どうして?」
校長は、驚いた様子で、気持ちの入らない表情のまま、フィルランカに聞いた。
「だって、学校は、ここを卒業できれば、もういいでしょ」
「いや、フィルランカさんの成績なら、高等学校だけじゃなくて、帝国大学だって夢じゃないと思う。 ここで、自分の未来を止めてしまわなくてもいいだろう。 新たな未来を掴み取るために上の学校に行くんだよ」
校長は、何とかフィルランカを説得しようとする。
「校長先生、私は、いいお嫁さんになるために努力したいんです。 だから、学校は、ここを卒業したら終わりです。 あとは、美味しいお料理を食べたり、作ったりすることと、お裁縫を覚えて、旦那様の服を作れるようにと思ってます」
校長は、フィルランカの女の子らしい夢だと思うのだが、ここで、何とか、フィルランカに進学すると言って欲しいのだ。
「カインクムさんは、高等学校の学費を出してもいいと言ってくれているんだ。 こんなチャンスを、あなたは、逃すのですか。 良いお嫁さんになるまでには、まだ、時間もあるでしょう。 学校で、色々な人と出会えば、もっと、良いお嫁さんになれると思うよ。 人と出会った数だけ人は成長する。 そして、優しくなれるんだよ。 だから、良いお嫁さんになるなら、もっと見聞を広げるために、高等学校に行ったほうが、もっと、良いお嫁さんになれると思うよ」
校長は、必死だったので、話がまとまることもなく、ただ、ひたすらフィルランカを説得することとなった。
何としても今年度には、高等学校への進学をする生徒を出したいのだ。
「でもぉ」
フィルランカの答えは、校長の望んだものではなかった。
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