第34話 フィルランカの成績と進学


 カインクムは、フィルランカの進学について、校長が何でそんな事を言い出したのか気になった。


 学校には、一般的には、5年ほど在籍して、読み書きがある程度できて、数字が読めるようになり、足し算引き算ができる程度になると、学校を退学していく。


 公立の学校が存在するわけでもなく、義務教育でもないのなら、その程度のことが理解できれば良いと親は考えてしまうものなのだ。


 卒業の15歳になるまで在籍させる親は、帝都には、そうはいない。


 カインクムのような商売を行なっている家か、貴族の家程度なのだ。


 帝国の一般臣民の子供が、15歳まで学校に在籍する事は稀なことで、それぞれ、ある程度の年齢になると、どこかの店や工房に、丁稚奉公のように入っていくのだ。


 帝都の親達にしてみれば、学校に長く在籍して、学費を払うより、丁稚奉公に入って、お金を稼いでもらいたいのだ。


 よって、カインクムのような考え方をする人の方が、むしろ珍しい。




 中には、成績優秀でも、家庭の都合で、卒業前に退学していく生徒も、少なくない中、フィルランカは、卒業まで在籍できるであろう、数少ない生徒の1人なのだ。


 そのフィルランカを、校長は、高等学校に入学させてほしいと言ってきたのだ。


 カインクムは、その申し出をしてきた校長よりも、フィルランカが、どう考えるかだと思ったようだ。


(校長が、何を言っても、当人が、行きたいかどうかだけだろう。 今のところ、フィルランカの学費に困るような事もないから、進学するかどうかは、フィルランカ次第だな)


 カインクムは、自分の考えがまとまると、隣に座っているフィルランカを見る。


 フィルランカは、さっきから、ほとんど動いてなかった。


 校長の話に、かなり驚いたようだ。




 カインクムとフィルランカが黙っているので、それに校長は耐えられなくなったようだ。


「あのー、カインクムさん。 いかがでしょうか?」


 校長は、カインクムに話を振ってくるので、カインクムは、仕方なく答える。


「すまないが、校長」


 校長は、カインクムのすまないを聞いて、がっかりした表情をするのだが、カインクムは、構わず話を続けた。


「上の学校に通わせるには、費用は、どのくらいかかるのだろうか? ここの2倍程度なら問題ないが、それ以上だと、ちょっと心配なんだ」


 校長は、話を最後まで聞いて安心した。


「学費は、ここの2倍もかかりません。 ですから、ご安心ください」


 カインクムは、学費の問題はクリアーできたので、あとは、フィルランカ次第かと思ったようだ。


 カインクムは、隣に座っているフィルランカに話しかける。


「フィルランカ、お前は、どうしたいんだ?」


「……」


 フィルランカは、いまだに驚いているようだ。


「フィルランカ?」


 カインクムは、また、フィルランカを呼んだ。


「えぇ、あぁ、はい」


 フィルランカは、慌てて、カインクムに返事をする。


「フィルランカ、進学するかどうか聞いているんだが、どうなんだ?」


「ええ、私は、ここの学校を卒業したら、カインクムさんのお店の店番と食事の世話をするつもりです」


 カインクムは、フィルランカも自分と同じ考えだったのだと思ったので、フィルランカが、そう言うなら、それでいいと思った。


「そうか。 じゃあ、それでいいだろう」


 カインクムが、結論づけたのだが、1人だけ、その答えに困る人がいた。


「お待ちください、カインクムさん。 フィルランカさんには、類い稀な才能がありました。 学内の成績は常にトップでした。 それにクラスの子供達の面倒も見てくれました。 だから、フィルランカさんの才能をここで終わらせないでいただきたい」


 カインクムは、その校長の話に、なんとも言えない顔をしていた。


 カインクムが黙って校長を見ているので、フィルランカも言葉を発する事なく、カインクムと校長を交互に見ていた。


 カインクムは、不思議そうな顔で校長を見ているが、校長は、カインクムに向かって、テーブルに手をついて頭を下げていた。


 フィルランカには不思議な光景に見えていた。


 ただ、校長には、その沈黙に困っていた。


 このまま、フィルランカに進学を諦めさせるわけにはいかない理由があるのだ。


「なあ、校長、フィルランカの編入の時、試験の結果から、一つ学年を下げた方がいいと言ったのを覚えているかな」


 それを聞いて校長は、頭を上げられなくなった。


 一つ上の学年でも問題ない学力を持っていたフィルランカだったのだが、学校の都合で、一つ下の学年にして編入させたのだ。


 その事は校長も覚えているので、自分の焦った表情をカインクムに見せられないと思い、顔を上げられなくなってしまったのだ。


「フィルランカは、優秀じゃなかったから、一つ下の学年に入ったんだろ。 今は、それなりに勉強ができていたかもしれないが、上の学校に入ったら、落ちこぼれてしまうんじゃないのか?」


 カインクムの言葉を聞いて、校長は、さらに顔を上げられなくなった。


「いえ、フィルランカさんの成績は、とても優秀です。 授業をしっかり受けてもらえたので、勉強も良くできるようになりました。 これから1年で、もっと、良い成績になると、私は確信しております」


 カインクムは、なんで、校長が頭を上げないで、話をするのかわからないでいる。


(意外だな。 フィルランカは、ちゃんと授業を受けてくれたから、上の学校にも行けると、学校側も判断してくれたのか。 まあ、フィルランカさえ良ければ、上の学校へ行かせても構わないか)


 フィルランカは、カインクムと校長を見つつ、自分は上の学校に行く事はないと思っているのか、特に気にする気配もなく、2人の話がどうなるのかと思って聞いているようだ。


 そんなところに、カインクムがフィルランカに聞いてきた。


「フィルランカ、お前は、どうする?」


 フィルランカは、カインクムが、自分に判断を聞いてくるとは思わなかったので驚いた様子をする。


「エッ、私?」


 フィルランカは、さっき、卒業したら、カインクムの店の店番と食事の世話をすると言ったので、自分の意見を聞かれるとは思っていなかったのだ。


「私は、卒業したら家に入ります」


 その言葉に、校長は、さらに焦り出した。

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