第26話 フィルランカの食事を見る周りの目


 フィルランカは、副支配人が用意してくれたコース料理を堪能している。


 それは、今まで口にした事のない味だった。


 特にスパイスを使う料理は、そのスパイスの希少性から、帝国の一般臣民が購入できる様なものでは無かった事もあり、フィルランカは、初めて味わうスパイスが、これ程料理の味を良くしてくれるのかと驚かされていた。


 美味しい料理を堪能しているのだが、時々、副支配人が、マナーについて、注意をしてくれていた。


 ただ、フィルランカが通された席は、窓際で、外からも良く見えるところだったこともあり、歩いている人が、窓越しにフィルランカの食事の様子を眺めつつ、歩いていた。


 フィルランカの入った、その飲食店は、第1区画でも有名な店だったのだが、フィルランカは、そんなことは知らずに入っていたのだ。


 そのような店で、窓際に座っている少女が1人で、食事を堪能しているのを、道行く人は、珍しそうに眺めていたのだ。




 そんな中に、第1区画に届け物の用事に行ったカインクムも、フィルランカを見てしまった。


 ただ、そんなフィルランカに声を掛けようかと思ったのだが、第5区画での衣装から髪の毛のセットまでして、この区画の店に入ろうとしたフィルランカの事を思ったら、何も言わずに、その時は、そのまま、通過して行ったのだ。




 ただ、第3区画の住人は、カインクムだけでは無かった。


 窓際の中が良く見える場所にフィルランカを座らせているのだから、通りを歩く人の中には、何人も第3区画の人が居る。


 その中には、フィルランカを知る人も居たのだ。


 娯楽に乏しい、この世界なのだから、第3区画で、花嫁修行の為に食べ歩いていたフィルランカが、第1区画の店で食事をしていたのだ。


 その噂は、瞬く間に伝わってしまう事になる。


 その噂には、必ず、尾鰭がついて伝わる事になるので、フィルランカの意中の人は、貴族の御曹司だとか、どこそこの商人の御曹司だとか、意中の人ではなく、誰かの許嫁だとか、噂が勝手に独り歩きしているのだ。


 だが、噂というのは、誰も、その当人に真相を聞くことはない。


 もし、聞いてしまった内容が、自分達の噂とはかけ離れた、他愛のない内容だと分かってしまって、がっかりするより、話に尾鰭が付いた方が娯楽として楽しめるのだ。


 そのため、誰も、本人に真相を追及する者は居ない。




 カインクムは、フィルランカの使っていた飲食店を知っていた。


 最初は、いい店で食事をしていると思ったのだが、その店の敷居の高さを考えたら、孤児院出身のフィルランカが、おいそれと入れる店ではない事に気がついたのだ。


 カインクムは、慌てて、引き返す事にするのだが、自分がフィルランカに見つかることを気にして、通りの反対側に移動して、戻っていった。




 帝都でも、上位にランクされる飲食店で、カインクムも付き合いで数回使った事がある。


 そんな店にフィルランカが、よく入れたと思ったようだが、隣に立っていた人を見て、驚いていた。


 その人は、貴族や皇族にもテーブルマナーを教えることもあると言われている人で、かなりの堅物だと聞いている人だったのだ。


 カインクムも、その店を利用した時に、目にした事はあったが、話をした事はなく、一緒に食事をした人に、その人の話を聞いた程度だったのだ。


 そんな人が、フィルランカの横に立って、給仕をしている事に驚いていた。


(なんで、フィルランカが、あんな所で、しかも、あの人は、ここの副支配人のはずだ。 支配人は、店の事を全て、副支配人に任せていると言われているから、店に顔を出すことはないから、あの人が、実質、この店を取り仕切っている)


 カインクムは、用事を済ませた後だったこともあり、店の外をウロウロしながら、フィルランカの様子を、遠巻きに見ていた。


 流石に、カインクムも、店の脇から窓越しにフィルランカを除く勇気は無かったのか、通りの向こう側を行ったり来たりして、フィルランカの様子を眺めていた。


(フィルランカのやつ、あの人の事を、……。 あいつが知るわけ無いな)


 カインクムは、遠くから、フィルランカと副支配人の様子を眺めていた。


 万一、フィルランカが、つまみ出されそうになった場合は、駆けつけて、お詫びを入れるつもりでいたのだろう。


 だが、フィルランカと副支配人は、時々、笑顔で話をしていた。


 次々と料理が運ばれてくると、運ばれてきた料理ごとに、副支配人がフィルランカに話しかけていた。


 その話を聞きながら、料理の方を見ながら、フィルランカは、頷いていたのだ。


 様子から、テーブルマナーについてのレクチャーを、副支配人からされているのだろうと、カインクムは思ったようだが、相手が相手なだけに、フィルランカが何か粗相をするのではないかと、気が気では無いといった様子で、カインクムは、遠目にフィルランカの様子を見ていた。


 だが、デザートが出てきても、フィルランカを追い出す様な様子は全く無く、フィルランカと副支配人は、楽しそうに談笑しながら、フィルランカは、食事を楽しんでいた。


 最後に、お茶を飲み終わると、フィルランカは、嬉しそうに、副支配人に話しかけていた。


 それを、副支配人は、笑顔で何か答えてから、丁寧なお辞儀をフィルランカにしていたのだ。


 フィルランカが、席を立つと、副支配人がエスコートして、入り口まで案内して、フィルランカを見送っていた。


 カインクムは、それを見てホッとする。


 もし、フィルランカに、何か失態があれば、すぐに駆けつけるつもりでいたのだが、最後まで、そのような事にならずに済んで、副支配人に見送られていたのを見て、ホッとするのだった。


(フィルランカのやつ、なんで、あの店の副支配人と、あんなに親身に話していたのだろう。 あいつ、テーブルマナーなんて知らないはずだ。 あそこの店に入るには、そういったことも知らないと入れないはずなんだがな)


 カインクムは、疑問が湧いてきた。


(あいつが、いつも出入りしていた、第3区画じゃあ、テーブルマナーなんて、必要ない店ばかりだから、ここは、フィルランカが入れる店じゃないはずなんだ)


 カインクムが、考えていると、フィルランカは、もう、通りを抜けてしまって、見えなくなっていた。


 カインクムも、仕方がないので、家に戻る事にした。

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