第24話 第1区画の飲食店
フィルランカは、エルメアーナに手伝ってもらって、ミルミヨルの店の下着とドレスを着込み、カンクヲンの店の靴を履いて、髪の毛をブラッシングして家を出た。
フィルランカの颯爽と歩く姿に、知り合いから声をかけられると、ミルミヨルの店の服と、カンクヲンの店の靴を宣伝する。
それに、女性からは、髪の毛が綺麗になっている事を指摘されるので、ティナミムの美容院でカットしてもらった事を伝えた。
フィルランカの目的は、第1区画のお店の料理を食べる事なのだが、家を出て歩いていると、何度も止められて、いろいろ聞かれるので、その都度説明をしていた。
特に、女性からは、細かく聞かれたり、靴やドレスを見せて欲しいと言われたり、髪の毛をジロジロと見られ、時々、触られたりしていた。
流石に、知り合いの男性達は、それを眺めている程度で、フィルランカを羨ましそうに見る女性達を揶揄っていた。
そんな事もあり、フィルランカは、なかなか進めず、第1区画に着く頃には、昼を過ぎてしまった。
昼を過ぎていたので、飲食店のほとんどが、午後の休憩に入っている店がほとんどだったので、店の入り口には、準備中の札が付いていた。
飲食店は、この時間を利用して、従業員の食事と、夜の為の仕込みを行うのだ。
そんな店を、何軒も見て、歩いていると、1軒だけ、開店中の看板がある店を見つける。
フィルランカは、その店に入ってみようと、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
若い店員が、迎えてくれたのだが、11歳のフィルランカ1人だと分かると、困ったような表情をした。
「お客様、今日は、どのような御用ですか?」
少女が1人で入るようなことが、無いので、店員は、思わず、フィルランカに聞いてしまったのだ。
「はい、お食事をさせてもらおうと思って、伺いました」
今日の為に、第5区画のお店が、全て用意してくれたので、その若い店員は、門前払いにする様子は示さないが、少女1人で食事と言われて驚いたようだ。
若い店員は、フィルランカを店に招き入れても良いのか、悩んだ様子だ。
「失礼ですが、今日は、どのような食事を、ご予定しているのですか?」
「いえ、特に決めておりません。 私が、食べられそうな範囲で、このお店の料理を食べようと思ってました」
「そうですか」
若い店員は、営業スマイルをフィルランカに向けて、考え込んでしまった。
「失礼ですが、ご予算は、如何程でしょうか?」
「はい、中銅貨3枚までなら出せます」
フィルランカは、自分の持ち金の中で、一番大きい金額だけを伝えた。
それ以下の銅貨も何枚か持っているのだが、それだけの金額を言えば、入れてもらえるかと思ったのだ。
だが、その若い店員は、悩んでいる。
(何で、こんな少女が、そんな大金を持っているのだ? 着ている物は、良いものを着ているが、どう見ても、一般臣民だよな。 泥棒のようには見えないが、何で、うちの店に来たのだ?)
若い店員は、フィルランカを店に入れても良いのか、フィルランカを入れて、店の品位が落ちないかを考えていたのだ。
すると、奥から、その若い店員を呼ぶ声がした。
若い店員は、慌てて、その声の主の方を向く。
「あっ、副支配人」
奥から現れた人は、髪の毛に白い物も入り、鼻の下に口髭を生やしているのだが、その口髭にも、白い物が入っていた。
目の細い、その人は、若い店員と同じ服を着ているのだが、どこか、威厳が見え隠れしていた。
フィルランカは、その副支配人と言われた、初老の男性を、声につられて見のだが、フィルランカは、副支配人を見入ってしまった。
「綺麗」
フィルランカは、その副支配人と呼ばれた人の、立ち居振る舞いを見て、思わず、口にしてしまったのだ。
そのフィルランカの言葉に、若い店員も、副支配人も驚いていた。
2人は、フィルランカを凝視した。
「ごめんなさい。 あの、とても歩く姿が、とても、素敵だったので、思わす言葉に出てしまいました。 本当に、ごめんなさい」
そう言って、フィルランカは、お詫びをするように頭を下げた。
それを聞いて、若い店員は、フィルランカへの警戒心を解いてしまった様子で、表情から、緊張感が無くなった。
「ホッ、ホッ、ホッ、ホッ。 そうでしたか、いや、失礼しました。 私も、この仕事を長くやっていますが、あなたのような人から、綺麗なんて言われたのは、初めてです。 そうですか、私の立ち居振る舞いのことでしたか」
そう言うと、副支配人は、一度、姿勢を正す。
「ありがとうございます。 お嬢様。 あなたに褒めていただき、こちらこそ感謝いたします」
そう言って、頭を下げた。
すると、副支配人は、若い店員に視線を向ける。
若い店員は、副支配人の横に行くと、耳打ちするように事情を説明した。
「なるほど、そうでしたか。 ところで、お嬢様は、何でうちの店の料理を食べたかったのですか?」
「はい、私は、孤児だったのですけど、今、ある家に引き取られたのです。 その家で私が、2人の食事を作っているんです。 でも、2人は、食事が不規則で、食べたり食べなかったりなんです。 それで、私が美味しい食事を用意しようと思ったので、いろいろなお店で美味しい物を食べていたんです」
それだけでは、説明にならないと、副支配人は思った。
「それだと、美味しい物を食べるのは、お嬢様だけになってしまいますね」
「ああ、美味しい料理を作るには、美味しい料理を食べなければ、作る事はできないと言われたんです。 美味しい味を知っているから、美味しい料理の味に近づけようと努力する事が出来るけど、美味しい味を知らなければ、美味しいのかどうかも分からないって言われたんです。 それで、いつもは、第3区画のお店を回ってたのですけど、それ以上にこちらの区画のお店の料理が美味しいと聞いたので、今日は、こっちに来たのです」
「ホッ、ホォーォ、なるほど、そういう事でしたか」
副支配人は、自分の記憶を辿っていた。
(確か、第3区画に、食べ歩きをしている少女が居ると聞いた。 ひょっとして、これが、その娘なのか。 だが、第3区画の少女なら、こんな高級そうな服は着ていないだろう。 それに、靴は、革製の靴だ)
「ところで、お嬢様、今日は、とても素敵なドレスですね。 それと、その靴もとても似合っている」
副支配人は、褒めるふりをして、何で、そんな高級そうな姿なのかを探ってみた。
「はい、このお洋服は、ミルミヨルさんのお店で買いました。 それと、この靴は、お隣のカンクヲンさんのお店で買った物です。 第1区画のお店に行くなら、これが良いと、お店の人が選んでくれたんです。 ああ、それと、髪の毛は、ティナミムさんのお店で、カットしてもらいました」
フィルランカは、言われた通りに宣伝をする。
(ほおー、この娘は、そこまでして、この辺りの店に入ろうとしたのか。 噂通りの少女なのかもしれないな)
副支配人は、納得したようだ。
「かしこまりました。 お客様、それでは、お席にご案内いたします」
副支配人は、フィルランカを店内に導いてくれた。
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