第5話 約束


 フィルランカを、引き取ってもらう話が決まった事で、シスターは、カインクムにお礼をしてから、頭を上げた。


 そして、シスターは、カインクムに、少し申し訳なさそうな顔をした。


 フィルランカを引き取ってもらうことで、一人分の経費が浮く事になったのだが、それでも、孤児院の運営は火の車なのだ。


 できれば、カインクムに、もう少し協力をお願いしたいのだが、1人引き取ってもらったのに、厚かましいとも思っているのだ。


 だが、現状を考えれば、シスターは、話をしなければならないと思ったようだ。


「あのー、カインクムさん」


「何か?」


 シスターは言いにくそうな様子をしている。


「実は、孤児院には、多くの子供達がいます。 その子供達に、私達は、わずかばかりの事しかできておりません」


 カインクムは、シスターの話を聞くと困った顔をした。


(おい、このシスター、俺に、もう何人か、子供を引き取らそうとしているのか? 好条件をフィルランカに用意したから、もう1人2人引き取らせようって事じゃないのか? 流石に、それは無理だ。 第一、フィルランカは、面識があったが、他の子供とは、挨拶を交わす程度なんだぞ)


 そんなカインクムの様子を見つつ、シスターは話を続けた。


「できましたら、孤児院のために、寄付を、お願いしたいのですけど、……」


 それを聞いて、カインクムはホッとした。


「ああ、それは、用意してきた」


 そう言って、懐から、革袋の財布を出すと、それをテーブルの上に置いた。


「大した額じゃないが、孤児院の運営の足しにしてくれ」


「ありがとうございます。 神の祝福が在らんことを」


 シスターは、そう言って、祈りをカインクムに捧げると立ち上がった。


「それでは、フィルランカを呼んでまいります」


 カインクムに一礼して、応接室を出て行くと、直ぐに、フィルランカを連れて、戻ってきた。




 応接室に入ってきたフィルランカは、少し恥ずかしそうにしていた。


 そのフィルランカにシスターは、笑顔を向けた。


「お隣のカインクムさんが、あなたを養女にしてくださるのよ」


 フィルランカは、カインクムを上目遣いで見てから、その視線をシスターに向けた。


「ねえ、養女って、何?」


「あなたをカインクムさんの子供にしてくれるのよ。 よかったわね」


 そう言って、シスターは、フィルランカに笑顔を向けているが、フィルランカは、面白くなさそうな顔をしていた。


「いや!」


「えっ!」


 シスターは、フィルランカの答えに驚いて、思わず声を上げてしまった。


「養女は、いや!」


 フィルランカを見ていたカインクムも、その答えには驚いた。


「ねえ、なんで、嫌なの? カインクムさんの家には、お友達のエルメアーナも居るのよ。 それに、エルメアーナと一緒に暮らしたいって、前に言ってたじゃない」


 シスターは、慌てて、フィルランカに聞き返した。


「だって、私がカインクムさんの子供になったら、カインクムさんは、私のお父さんになるのよ。 お父さんと子供は、結婚できないのよ。 私は、カインクムさんのお嫁さんになりたいの。 だから、子供はイヤ!」


 そのフィルランカの発言に、シスターもカインクムも驚いた。


 とても10歳の少女の発言とは思えなかったのだが、小さい女の子が、お父さんを大好きで、大きくなったらお嫁さんになると言う事は良くあることなので、2人は、その類の話だろうと思ったようだ。


 シスターとカインクムは、フィルランカの話を聞いて笑い始めた。


「なんで笑うのよ」


 そう言って、フィルランカは、頬を膨らませた。


 シスターとカインクムは、子供の戯言だと思ったのだ。


「ああ、笑ってすまなかった。 じゃあ、こうしよう」


 笑いを堪えながら、カインクムは、フィルランカに提案をする事にした。


「フィルランカ。 おじさんは、今年で34歳だが、お前は、何歳だ?」


「10歳」


「じゃあ、おじさんと結婚するには、お前の歳は、低すぎるな」


 カインクムに言われて、フィルランカは、その事に気がついたようだ。


 カインクムは、フィルランカの表情を見て、年齢的に結婚はできないだろうと思ったと判断すると話を続けた。


「こうしようじゃないか。 フィルランカは、俺のところで住み込みで働きながら学校に通う。 もし、10年経って、今と同じ考えでいたら、おじさんが、フィルランカを、お嫁さんにもらってあげよう」


「本当?」


 フィルランカは、笑顔を向けた。


「ああ、それで構わないなら、おじさんの家で、エルメアーナと一緒に暮らそうじゃないか」


 カインクムは、子供の戯言なのだから、10年経ったら、今の話を忘れて、若い男に目が行くと思ったのだ。


「10年間、同じ気持ちでいたら、お嫁さんにもらってあげるよ」


 カインクムは、反故になる約束だと思って、フィルランカに言った。


 シスターもカインクムの意図が分かったので、笑顔をフィルランカに向けていた。


 フィルランカは、嬉しそうにシスターの顔を見上げた。


「私、カインクムさんのお嫁さんにしてもらえる。 だから、カインクムさんの家に行きます」


 シスターは、ホッとした様子でフィルランカを見た。


 それは、24歳も年上の人を10年も好きでいるわけがないと思ったからなのだ。


 そして、良い方向で孤児を1人減らせた事に喜んでもいたのだ。


「良かったわね。 フィルランカ。 それと、この話は、3人だけの秘密よ」


 シスターの話に、フィルランカは不思議そうな顔をした。


「10年先の約束を成就、あ、そうね、約束を守らせるためには、その事を、誰にも言ってはいけないのよ。 人に話すと、その約束がダメになると言うのよ」


 フィルランカは、シスターの話を真剣に聞いていた。


「だから、誰にも、今の話はしてはいけないのよ」


 フィルランカは、シスターの話を聞いて納得した表情をした。


「はい、シスター。 今の約束の話は、誰にも言いません」


 フィルランカは、笑顔で答えた。


 シスターは、カインクムに気を使って、明日から、フィルランカが、カインクムの嫁になるとは、言わせないように釘を刺し、時が過ぎてフィルランカの気持ちがカインクムから離れた時の事を考えて、その時の布石としたのだ。


 シスターもカインクムも、フィルランカが、10年先までカインクムを思い続ける事はないと思ってもいたので、年頃になったフィルランカに、変な黒歴史を残したくはないと考えたのだ。


 だが、それは12年後にとんでもない形で現実のものとなるのだった。

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