第7話 フィルランカの試験
カインクムが、家に戻ると、フィルランカは、エルメアーナの脇で、鍛治仕事を眺めていた。
「今、帰った」
「お帰りなさい」
フィルランカが、カインクムに挨拶を返すと、エルメアーナもカインクムが帰ってきた事に気がついた。
エルメアーナは、作業を止めて振り返った。
「おかえり、父。 学校の方は、どうだった?」
エルメアーナは、学校に、いい思い出が無いので、表情は硬かった。
だが、フィルランカの事を考えたら、そんな自分を殺して、カインクムに尋ねた。
「ああ、条件は出された。 その条件さえクリアーしたら、学校に入れる」
そう言って、カインクムは、店の入り口から、奥へ向かう。
その後を、エルメアーナが追うので、慌てて、フィルランカも後を追う。
リビングでは、カインクムがテーブルの自分の席に腰を下ろす所だった。
「父。 フィルランカは、どうなるんだ」
「ああ」
カインクムは、はっきりと話をしない。
エルメアーナの後ろにいるフィルランカは、不安そうにカインクムとエルメアーナを見比べている。
「フィルランカ、こっちにきて座りなさい。 エルメアーナ、お前も聞くか?」
「うん」
エルメアーナが、いつもの席に着くと、リビングの入り口に立ったままのフィルランカに声をかける。
「フィルランカも座れ」
エルメアーナに促されて、新たに用意した椅子にフィルランカは座る。
2人が座るのを、カインクムは、確認すると、ため息をついた。
「学校で、校長と話してきた。 フィルランカは、10歳だからな。 学校に通ってないなら、一番下の学年からになるが、それだと周りとバランスが取れない。 同じ歳の学年だと、授業についていけないだろうという事だった」
学校側としたら、孤児だった子供に勉強を教えるのは面倒だからと、体裁良く断る方向でいたのだ。
カインクムは、校長の意図が分かっていたのだ。
ただ、それをこの2人に伝えるわけにはいかないと思ったのだろう、その事は伏せて話をした。
「父、だったら、フィルランカは、どうなるのだ。 フィルランカは、学校に行けないのか?」
「いや、そうじゃない」
「だったら、どうだというのだ」
エルメアーナは、カインクムに詰め寄る。
「ああ、校長からは、フィルランカに試験を受けさせる様に言われた。 その試験を受けて、成績が良ければ、学校に通える」
それを聞いて、エルメアーナは安心する。
「だったら、大丈夫だ。 フィルランカは、毎日、私から授業の内容を聞いていた。 試験なら、それで大丈夫だ」
エルメアーナの太鼓判を聞いても、カインクムには、不安があった。
学校では、試験を行うと言われたのだが、どんな試験をするかまでは、聞いてこなかったのだ。
フィルランカは、エルメアーナから、学校の授業内容を毎日聞いていたのは、カインクムも知っている。
だが、子供の事なので、どれだけの事が覚えられたのか、疑問がある。
「フィルランカ。 明日、お前にどれだけの学力があるか、試験をする事になったんだ」
カインクムの言葉を聞いて、フィルランカは、どうしようかと悩んでいるようだ。
「フィルランカなら、大丈夫だ。 読み書きも算術も、私を、直ぐに、追い越していたんだ。 試験だって、問題ない」
エルメアーナは、黙ってるフィルランカを励ますと、フィルランカ自身もその気になったようだ。
「うん。 受けてみる」
「そうか。 試験を受けてくれるか」
カインクムは、胸の支えが取れたようだ。
ホッとすると、もう冷めているポットのお茶をカップに注ぐと、一息に飲んだ。
「じゃあ、明日、学校に行って、試験を受けような」
「うん」
カインクムに促されて、フィルランカは、返事をした。
翌日、フィルランカを連れて、カインクムは、学校に行く。
試験は、1人の教師が、対面式で行う事になっていた。
フィルランカは、空いている教室に連れて行かれて、その教師から試験を受けた。
カインクムは、応接室で待たされる事になった。
通された時に、案内してくれた事務員に校長に面会を要請しておいた。
応接室で、少し待つ事になったが、校長がカインクムの元に顔を出した。
「カインクムさん。 何か御用でしょうか」
校長の声は、普通に話してはいたが、呼び出された事が面白くなかったのか、挨拶もそこそこで、カインクムと対面する様に、椅子に腰掛けた。
「いや、フィルランカの試験をしてもらったことに対して、お礼をと思っただけだ」
そう言うと、テーブルの上に革の袋を置く。
「これは、学校に対しての寄付金だ。 大した額じゃないが、試験の費用だと思って、受け取ってもらえないか」
カインクムが出した革の袋の中を、校長は確認すると、態度が変わった。
「そうですか、これは、助かります。 学校とは言っても授業料だけだと、経営も大変なのですよ。 建物や備品は、使っていると、傷ついたり、壊れたりしますから、これは、そういった設備に当てさせてもらいます」
「そうですか。 昨日、久しぶりに学校に来た時に、少し気になったので、今日は、お持ちしました」
「ありがとうございます。 さすがは、名の知れた鍛冶屋を営んでいる、カインククムさんですね。 一眼で、古くなってしまったところを見抜かれていたのですね。 お恥ずかしい」
寄付金を見て、校長は、態度を一変した。
「生徒達が壊してしまった備品や、傷付けてしまった壁を修理するにも、費用がかかりますので、ご配慮いただいて、本当に助かります」
「そうですか。 それはよかった。 子供達の為に、その金は使ってください」
カインクムは、その子供の中にフィルランカも入っていると、言いたそうに話した。
お互いに、腹の探り合いのような会話をする。
「カインクムさん。 今日は、ありがとうございます。 私は、仕事がありますので、これで失礼します」
「いや、こちらこそ、お仕事中に呼びつけてしまって、すまなかった」
挨拶を済ますと、校長は、カインクムの寄付金を持って、応接室を出て行った。
その後、直ぐに、新しいお茶とお茶菓子が運ばれてきた。
どちらも高級なものだと、一目で分かるものだった。
カインクムは、ありがたく、お茶とお茶菓子を頂戴した。
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